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竜の番い

赤くなって痺れる指を、一度、二度と動かしているうちに、エメラルデラは最初の驚きが収まっていくのを感じた。

そして再び、今の状況に思い至る。

見渡す限り物陰はなく、誰が来るかも分からないような平原の真ん中で、エメラルデラは一糸纏わぬ姿で佇んでいた。

まるで秘密を守る術がないエメラルデラは、慌てて周囲を見渡す。

するとオダライアは、ついてこい、とばかりに一鳴きして、エメラルデラの前を歩き出す。


「どうしたんだ、オダライア」


エメラルデラは尋ねながら、泉から上がっていこうとするオダライアの後を追い掛けていく。

オダライアの行く先に視線を向けると、泉の(ほとり)に置かれた着衣が、エメラルデラの目に飛び込んだ。

エメラルデラは下腿(かたい)を濡らす深さの泉を、周囲を警戒しながら素早く進み、泉の縁に足を掛けて上がる。

途端に、エメラルデラは強烈な違和感を覚えた。


泉から上がったというのに、不思議な程に肌寒さを感じないのだ。

いや、濡れた感触さえもない。

それになぜ、さっきは水の中で呼吸ができていたのか。

冷静になってくれば、次々と沸き上がる疑問がエメラルデラの頭を埋め尽くす。


────ここは、どこなのか

────なぜ、助かったのか

────誰に身体を見られたのか


エメラルデラは頭を左右に揺すって、自分を捉えようとした疑問を振り払った。

一刻も早く服を身につける必要があるメラルデラに、立ち止まって考える暇などない。


エメラルデラは草地に立つと、先に上がっていたオダライアが嘴に咥えて渡してくれる服を受け取って、急いで着衣を身につけていく。


黒くゆったりとした下衣に足をと押すと、布地はとても柔らかく、肌に吸い付くような滑らかさがあった。

たっぷりとした布地は足首で絞られているお陰で絡むこともなく、動きやすい。

白い詰襟の上衣は、細やかな銀糸で蔦が刺繍され、袖口や襟を縁取っている。

銀の丸釦を止めていくと、ようやく秘密が守られる安心感に、エメラルデラの唇から安堵の吐息が漏れた。


エメラルデラは身形を整え終わると、地面に横たわっているオラトリオの元へ、歩み寄る。

一度見たら忘れられなくなるような、オラトリオの端正過ぎる顔を上から覗き込むと、いまだに目蓋は閉じられていた。

やや赤く腫れている頬が、何とも憐れみを誘う。


エメラルデラは、オラトリオの顔を見下ろしながら、彼を起こせずにいた。

裸を見られたことも、治療のためだったのならば不可抗力なのだから、助けてくれた礼をしなければならない。いきなり殴ったことへの謝罪も必要だ。

理性では分かっているエメラルデラであったが、どうしても戸惑いが拭えないのだ。


自分の秘密を知ったオラトリオへ関わることへの躊躇(ちゅうちょ)と恐れ、理不尽な怒りを混ぜ合わせた羞恥心が、エメラルデラの前に立ちはだかる。

エメラルデラの脳裏に、一瞬だけオラトリオを置いていきたいという欲望が、頭を擡げた。


エメラルデラは起きる気配のないオラトリオを目の前にしてしばらく逡巡してから、結局オラトリオの背中と膝の裏に腕を差し込むと、抱き上げる。


エメラルデラは、ある程度の重さが腕に掛かるのを覚悟していた。

しかし、オラトリオの長躯はさしたる苦労もなく、エメラルデラの腕によって抱えられてしまった。


一瞬だけ驚きに動きを止めたエメラルデラは、現実を確かめるように小さく声を洩らした。


「竜と(つが)いになった人間は、その力を共有する…か」


言葉にすると、エメラルデラは自分の身に起こったことを急激な変化に、目眩を覚える。  

何もかも変わってしまった現実に溜め息を一つ漏らすと、エメラルデラはオダライアの背中にオラトリオを乗せて、ゆっくりと歩き出した。


────結局、今は何を考えても解決はしないのだ。だったら、周囲の状況を把握したほうが余程良い。


問題の先延ばしでしかないが、目の前にあるやるべきことに集中している方が、今のエメラルデラにとっては建設的に思えたのだった。

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