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建国神話

人垣以外に隔てるもののない聖地と外界の境に、フードを目深に被ったエメラルデラの瞳は好奇心を隠せずに周囲を見渡す。


「本当に砦も城門もないんだな」


「ああ、確かに…初めて見ると驚きますよねぇ。私もびっくりしましたよ、余りにも無防備で」


「あらそう?あたしは生まれた時がここだから、あんまり違和感がないんだけど」


エメラルデラにとっては初めての地であるが、シエスとヘルメティアにとっては二度目、ヘルメティアにとっては生まれ故郷となる場所だ。三者三様の感想を交わしながら、進む気配の無い聖地を目指す群衆越しに、エメラルデラは竜が居るであろう神樹へ視線を差し向ける。


「無防備過ぎて不安になるな。本当に大丈夫なのか?」


「ああ、そこは問題ないんじゃないですかね」


事も無げに告げるシエスの言葉に、エメラルデラが(いぶか)しむように紫色の瞳を向けて、続きを促す。それを受けて、シエスは続けて口を開いた。


「建国神話の創世戦記はご存知ですよね?」


「ああ、小さい頃によく父から聞かされていた」


建国神話は、この世界に生まれた者ならば最初に聞かされる物語の一つだ。

内容は、神に反逆した旧人類(ふるきひとびと)と聖地の争いを描く創世戦記(そうせいせんき)から始まり、現存する人類と帝国、神国の成り立ちを記したものだ。

子供たちにとっては竜に憧憬を抱く夢物語として、大人には自らの国の誇りとして、各々の国にとっては支配の礎と道理として…どの立場、どの世代のものにも語り継がれ、知られている。

それは流民のエメラルデラも例外ではない。記憶を辿りながら、エメラルデラは口を開いた。


「帝国と神国が建国される以前、聖地を滅ぼそうという争いが起こった。その時に殆ほとんどの人類が亡くなった…という話だったな。この話、子供の頃に夢物語として聞かされていたが、本当なのか?」


「文献は散逸(さんいつ)していますが、実際に高度な文明が存在した証拠も、戦争の痕跡もありますよ。それでも聖地が残っているのですから、高い防衛機能が備わっていると考えてよろしいのはないでしょうか?それに、今となっては聖地に戦争を仕掛けよう、なんて帝国も神国も考えていないでしょうし」


シエスの言葉に耳を傾けていたエメラルデラと、オダライアとじゃれあいながら聞いていたヘルメティアの二人が、顔を見合わせた。


なぜ戦争が仕掛けられないのか。


その答えを持ち合わせていないことが、お互いの視線で分かる。

エメラルデラとヘルメティアは解答を求めてシエスを見上げた。視線を受けると、彼は楽しそうに声に笑み含ませて問い掛ける。


「創世戦記の最後を、覚えておりますか?」


「確か…争いの(のち)に、神は新人類(あたらしきひとびと)を創り給うた。彼等には神の祝福として竜を遣わされた、と。そして、竜孕む聖地を守護せよ…と初代皇帝と神国の天子(てんし)に告げた…だったか?」


「その通りです。建国神話を知っている人間ならば、神との約束を違えることはないでしょう。神話が事実である可能性が高ければ、尚更なおさらです」


エメラルデラの答えに、シエスの紅玉の眸が正解だと告げるよう、細められる。

ヘルメティアを見る時以外は大抵(たいてい)、奥底に凍えるような酷薄さを宿して他者を睥睨(へいげい)している眸が、エメラルデラを見下ろす時はこうやって教え子を眺めるような、優しい温度を含ませることがある。

エメラルデラは最初こそシエスの眼差しを怪しみ、疑念を覚えて警戒していた。

だが、いずれ別れるであろう気安さと、長い時間が、二人の関係を随分ずいぶんと心安いもの変えていた。


「お前は私を子供だと思っている節がないか?まったく」


エメラルデラは砕けた調子で、シエスの胸を片手で軽く小突いて返す。

いつもなら誤魔化すようなシエスが笑うか、ヘルメティアが話に加わってくる頃合いだが、この時は違った。

ヘルメティアとシエス、二人が同時に背後を振り返った。

その刹那。


「きゃああああああああああ────っ、っ」


空を引き裂き、心臓を怯えさせるような女の悲鳴が、響き渡った。

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