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歪なれど我らはそれを愛と呼ぶーシエスとヘルメティア①ー

エメラルデラと旅を始めて数日目、シエスとヘルメティアと二人きりであった時と比較すれば、旅路は随分と(にぎ)やかになった。

ヒポグリフの鳴き声、エメラルデラに絡むシエスと、主を止めるヘルメティアの笑いを含む(あき)れた声。

賊に襲われることはあったが、思った以上に腕の立つエメラルデラのお陰でシエスに危険が迫ることはなかったし、ヘルメティアが人以上の力を振るうこともなかった。


それでも、夜になれば危険は付き(まと)う。夜営の時は三人が順繰(じゅんぐ)りに夜の見張りを務めることとなっていた。


太陽はとうの昔に森の木立(こだち)の影へと呑まれ、変わりに空の天幕を占めるのは、後(いく)ばくかで満ちようという月の銀色。

その月光は木々の黒々とした葉を縁取り、白銀のごとくに輝かせる。肌寒さを感じさせる夜気(やき)、赤々(あかあか)と熱を持つ焚き火に溶かされ、火を囲むシエスとヘルメティアの元には届かずにいた。

二人の影と対面するように、座って眠るオダライアの腹部に上半身を預けて、穏やかな寝息を漏らすエメラルデラの姿があった。


眠っていると精悍(せいかん)さよりも柔らかな頬の輪郭と、陰の絡む睫毛の長さが際立って見える。

深夜の火の番を勤めるシエスは、抱えた膝の上に顎を乗せながら、エメラルデラのその姿をつくづくと眺めていた。そんなシエスの肩に、小さな重みが掛けられる。


視線を向ければ、そこには最愛の(つが)いであるヘルメティアの小さな頭があった。さらさらと、絹糸が崩れる柔らかな音を立てそうな彼女の前髪の合間から、丸みを帯びた艶やかな額が覗く。長い睫毛の合間からこちらを見詰めるのは、早咲きの瑞々しさを失わない、菫の瞳。シエスは自分の声が甘く(とろ)ける事を自覚した。


「起きてしまいましたか、ヘルメティア」


「違うわ。もうすぐあたしの時間だし、少しシエスと話したかったのよ…最近、時間取れなかったでしょ?」


彼女の声が聞こえるだけで、途端にシエスの中から愛しさが沸き上がる。

今すぐ抱き締めて口付け、愛を囁きたくなってしまえば、本能的に腕が彼女の肩を抱き寄せた。隠された竜の胆力など読み取れない程に華奢(きゃしゃ)な肩が、シエスの胸の内に収まった。

焚き火の乾いた木がはぜる音だけが、静かに響く中でヘルメティアがぽつり、と問い掛ける。


「なんであの子を選んだの?」


「……何で、と申しますと?もしかして妬いて下さってます?」


真剣なヘルメティアの問い掛けに、冗談や揶揄(やゆ)ではなく嬉々として問い掛けるシエスの頬を、容赦(ようしゃ)なくヘルメティアは引っ張り、歪ませる。途端に情けなくハの字を描く、シエスの細く神経質な眉。


「ううっ…、…いひゃいですぅ…」


「馬鹿な冗談言うからよ。あなたがあたし以外、見るはずないでしょ?」


シエスは情けない声で訴えると、ヘルメティアは手を離しながら当然のように言ってのける。

注がれる愛を迷いなく受け取ってくれる彼女に、何度救われたことであろうか。数多いた従兄弟や兄弟、皇妃達の暗躍、策謀、暗殺で幾重(いくえ)にも覆い隠された帝室の中、嘘のない彼女の態度が(かろ)うじてシエスの正気を支えていた。


「ヘルメティア、愛してます…貴方は私の太陽であり月であり、輝ける星です」


思わず愛しさの儘に囁き掛けようとするシエスの唇を、ヘルメティアの両手が覆うようにして止める。


「静かになさい、起こしちゃうでしょ」


ヘルメティアが声を低めると共に、視線が走った。

火粉を爆ぜさせる焚き火の向こう側には、身動ぐエメラルデラの姿が目に入る。

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