王宮で探る 19
ジュリアンさんからとれた大きめの種がふたつ。
みんながとめるのも無視して、さっと水につけて洗うと、やはり、種にうきでた黒い紋様が、ものすごく、うごめいている。
「やっぱり、とれたてだね。しかも、イザベルさんからとれた種より、こっちのほうが大きいから、紋様の動きが激しい。うん、いきがいい!」
「いや、ちょっと、ライラちゃん!? いきがいいって、新鮮なワードで表すようなもんじゃないよ? ものすごく気持ち悪いし、怖いからね、それ……。自分の耳にそれがはりついていたかと思うと、鳥肌たつんだけど……」
と、ぶるっと震えたジュリアンさん。
「ううん、ジュリアンさんの耳にはりついていたのは邪気であって、これは種だから大丈夫だよ」
「うん、そう聞いても、全く大丈夫な気がしないよね」
怯えた顔で種を見るジュリアンさん。
「ライラ。そのジュリアンの耳にはりついた邪気はいきなり現れたのか?」
訝し気にアルが聞いて来た。
「うん。襟元くらいから、突然でてきたんだよね。イザベルさんからとれた邪気と一緒だから、さっき、廊下で会ったときに服にひっついたのかも……」
それに、なんだか、邪気が意思を持っているような気がしてしょうがない。
ジュリアンさんの様子がいつもと違って、心細そうな顔になったときに現れたから、もしかしたら、本人が弱った瞬間をついて大きくなったのかもしれない。
でも、ジュリアンさん、あの時のことに触れられるのは嫌かもしれないから、今、口にだすのもなあ……と黙っていたら、アルが口をひらいた。
「なるほどな……。ジュリアンが過去にとらわれて、一瞬、弱っていたからか。とりついた者の状態をみて、隙を逃さないとは、やはり邪気自体に意思があるのか、それとも遠隔で操作しているのか……。とにかく、ジュリアンより邪気のほうが上手だったってことだな」
「え!? ちょっと、アル!? そんなズバッと言わなくても……」
心配になって、あわてて、ジュリアンさんを見る。
私の気持ちを察したジュリアンさんが微笑んだ。
「大丈夫だよ、ライラちゃん。気を使ってくれて、ありがとうね。ほんと、優しくて、天使みたいだよね、ライラちゃんは……。それにひきかえ、アルはこんな感じで、デリカシーのかけらもない男だからね。俺さ、うすうすわかっちゃったと思うけど、こうみえて、繊細なところがあって。特に少年時代は、見た目も、ガラス細工の美しい人形みたいだったけど、中身も傷つきやすかったんだよね。で、まあ、無口な父親とは『このやろう! ふざけんな』みたいなことが、色々あって……。その時のことが、たまに、ふっと浮き上がってくるんだけどね。アルは、そんな俺にも優しくなくて、全く気を使ってくれないの。あーあ、こんな気の利かない男に心優しい癒しの天使ライラちゃんはもったいなさすぎるー!」
叫ぶジュリアンさん。
が、アルはジュリアンさんをまるっと無視したまま、私に言った。
「ライラ、自分のことを、ガラス細工の美しい人形とかいう奴を本気で心配しなくていいからな。その気持ちがもったいない」
「おい、アル! もったいないって、使い方がおかしいんだけど? というか、ライラちゃん、どんどん俺を気にしてくれていいからね。うん、心配されるのっていいな」
「ライラじゃなくても、いくらでも心配してくれる女がいるだろ? イザベルとかでもいいんじゃないか?」
「いいわけないだろ? 俺を邪気まみれにする気か!?」
わいわいと言い合うふたり。
ジュリアンさんをよくよく観察してみても、黒い邪気は今のところ見えない。
もう大丈夫だね。
ほっとした私は意識を種に戻す。
そして、種を見ながら、さっきからの一連の流れを思い返しはじめた。
というのも、何かが、もやもやとひっかかってしょうがないから。
ちゃんと頭の中を整理したい……。
「……ライラ……。ライラ、大丈夫か!?」
アルが呼ぶ声で、はっとした私。
コリーヌ様とジュリアンさんも心配そうに私を見ている。
「あ、ごめんなさい……。ちょっと、ひっかかることがあって、色々考えていたら、すっかり集中してしまってました」
「ライラ。何が気になったんだ?」
と、アルが私の顔をのぞきこむように聞いてきた。
「うーん、それが……邪気がついた時の反応みたいなものが気になって……」
「反応……? それは、どういうことだ?」
「それが、もやもやするんだけど、自分でもよくわからなくて……。上手く説明できるかわからないけど……」
「ああ。ゆっくりでいいから、教えてくれ。俺たちも一緒に考えるから」
と、アル。
ジュリアンさんもコリーヌ様もアルに同意するようにうなずいた。
やっぱり、みんながいると心強いな……。
私は、頭の中のもやもやを、思いついたまま、ぽつぽつと言葉にしはじめた。