王宮で探る 18
そして、もうひとつ、黒いものが、ジュリアンさんの襟元から姿をあらわした。
ふたつの黒いものは、鳥の羽のような形になり、ジュリアンさんの首をなぞりながら、ゆっくりとあがっていく。
そして、両耳ををふさぐように、ぴたりとはりついた。
邪気……!
私は急いでたちあがった。
「どうした、ライラ?」
すぐにアルが聞いてきた。
「ジュリアンさんに変な邪気があらわれたわ! 鳥の羽みたいな形で両耳にはりついた」
と声にだす。
「大丈夫、ジュリアン?」
コリーヌ様が驚いたように声をかけたけれど、ジュリアンさんはとまどったような顔をして、私たちを見るだけ。
「ジュリアン。声が聞こえていないみたい……!」
コリーヌ様が緊迫した声をだした。
アルはジュリアンさんの耳を指でさして、「きこえるか?」と、大きく口をあけて、ジュリアンさんにたずねる。
ジュリアンさんはアルの口の動きを読んだよう。
「まったく聞こえない」
と、答えた。
私も、ジュリアンさんにむかって、大きく口を動かして伝える。
「耳に邪気がついてる。すぐにとるから」
ジュリアンさんはとまどったような顔のまま、うなずいた。
「気をつけろ、ライラ」
「うん」
私は、椅子にすわったジュリアンさんの後ろにたち、私の手のひらをジュリアンさんの両耳に近づけようとしたとたん、威嚇するように、黒い羽が大きくゆれた。
「うっ……! 耳が……痛い……!」
ジュリアンさんがうめいて、耳をさわろうとした。
私は、ジュリアンさんより先にジュリアンさんの両耳を両手でおさえた。
黒い羽が、ジュリアンさんの手に直接ふれる前に。
私の手の下であばれているのか、私の指の間から、黒い邪気が外へでようとのびてくる。
「ライラ、無理をするな!」
アルの声がとんできた。
「大丈夫だから」
そう答えると、ジュリアンさんの両耳、……というか、その上にぴたりとはりついた黒い羽根のような邪気に、直接、私の手のひらをすりつけるようにして動かした。
すると、その瞬間、あの甘い匂いがただよってきた。
さっき会ったときのイザベルさんや、以前、ジュリアンさんからとれた種と同じ匂い。
私は自分の手のひらがスポンジになったイメージで、手のひらを動かしながら、邪気をすいこんでいく。
私の指の間から、黒いものが暴れるように、うごめいているのが見える。
時折、甘い匂いもただよってくる。
強い邪気みたい……。
色々気になるけれど、考えるのはあとだ!
私は邪気をすいとることだけに集中して、必死で手を動かした。
どれくらいたったのか……。
ポコンと両方の私の手のひらから、大きめの種がうまれて、床に転がり落ちた。
ジュリアンさんの耳から、そっと両手をはずしてみる。
黒い羽のような邪気は完全に消えていた。
「ジュリアンさん。邪気は消えたけど、聞こえる……?」
背後にたったまま、そっと声をかけてみた。
がばっと立ち上がり、私のほうに、くるりと向き直ったジュリアンさん。
「ライラちゃん! またまた、ありがとう! よーく聞こえる。前より聞こえるくらいだよ!」
感極まったようにそう言うと、両手をひろげて、私に近づいてきた。
次の瞬間、私の体は後ろに、ぐいっとひっぱられた。
え? なになに?
と思ったら、何故だか、アルにだきすくめられていた。
「ジュリアン、今、ライラをだきしめようとしただろ!? 俺は触るなと言ったはずだが!?」
地をはうようなアルの声が背後から聞こえてきた。
「だって、しょうがないだろ? ライラちゃんへの感謝の気持ちがあふれでて、ハグしたくなったんだから。俺のために必死になってくれて、助けてくれたら、誰だってそうなるって。ライラちゃんへの感謝の気持ちがとまらないんだって。ねえ、コリーヌ様、わかりますよね?」
「ええ、わかるわ。本当にそうね」
ほっとしたような笑みを浮かべて、元気になったジュリアンさんを見るコリーヌ様。
「ライラに感謝するのと、ライラに触ろうとするのは別問題だ!」
「触るって……その、言い方。俺はただ、感謝のハグをしたかっただけ。ほんと、心狭いよね、アル。ライラちゃんの兄としては、アルでいいのか、俺、心配になってきた。ライラちゃん、こんな心のせまい奴やめて、もっと心のひろい男にしよう。たとえば、俺みたいな……」
「本気でつぶすぞ、ジュリアン」
「なら、こっちも本気でとりにいこうかなー。ほら、俺、邪気つきやすいみたいだし。ライラちゃんが、ずーっとそばにいてくれたら、俺、無敵なんじゃない?」
「ふざけるな! そもそも、ライラの力をあてにする奴は、ライラのそばにいる資格はない。なにより、だれも俺たちの間に入りこむ隙間はない!」
「げっ、なに、そのすごい独占欲! ……もう、ダメだ。ちょっとあおっただけなのに、アルが必死すぎて笑える……」
そう言うと、ジュリアンさんが弾けたように笑いだした。
良かった……。
いつものジュリアンさんに戻ってる。
邪気があらわれた時、ジュリアンさんは、別人のように寂しそうな顔をしていたから。
気がつけば、前の更新から1か月以上すぎていました(-_-;) 不定期な更新ですみません。読んでくださったかた、ありがとうございます!