王宮で探る 17
「もし、この話が本当だとしたら、小瓶の中身のまやかしい水は、同時に複数人をあやつることもできる可能性があるということか。それで、その薬師の男、二人にどうやって使わせたか、その方法も話したのか?」
アルがジュリアンさんにたずねた。
「ああ、言ってた。その時は、酔っ払いの話だし、よくある、まじないの類だと聞き流してたけど、今にして思えば、おおいにひっかかるんだよね、そのあたりも……」
「どういうことだ?」
「その薬師の男、小瓶の中身を化粧品にまぜて、二人に贈ったんだって」
その言葉に、私は、はっとした。
「そういえば、ジュリアンさんが邪気をつけられたのはハンドクリーム。コリーヌ様は、まだわからないけれど、疑わしいのは髪用のクリーム……。どっちも化粧品といえば化粧品の一種だよね……」
ぶつぶつ言いながら、考えをめぐらせる私。
「ジュリアンのハンドクリーム? ライラちゃんに助けてもらったというのは、そのことね? アルからは、ジュリアンもライラちゃんに助けられたと聞いただけで、何があったのかは聞いていないの。何故、ハンドクリームが関わっているの?」
コリーヌ様がジュリアンさんに聞いた。
「うっ……ええと、それは……、コリーヌ様にお聞かせできるような内容でもなくてですね……」
と、珍しく動揺している様子のジュリアンさん。
アルがにやりと笑って、コリーヌ様に向かって言った。
「それは、ジュリアンがグリシア侯爵家の噂をさぐるため、自分に気のあるイザベルの招きにのって、屋敷にはいりこみ、色仕掛けでしゃべらそうとして、逆に怪しいハンドクリームを手にぬりこめられて、邪気まみれになって、ライラに助けてもらったってことだ」
「おい、アル! そんな風に容赦のない一文にまとめないで!? 違いますからね、コリーヌ様。俺は色仕掛けなんて、してませんから!」
すると、コリーヌ様が真剣な眼差しでジュリアンさんを見た。
いつもはたおやかな方なのに、その眼差しの強さに圧倒されてしまう。
反射的に、ジュリアンさんも姿勢を正した。
「ジュリアン……。相手がイザベルさんだからと油断してはダメよ。後ろにはグリシア侯爵がいるのだから。グリシア侯爵が留守だとしても、屋敷に絶対に入らないほうがいいわ。たとえ、あなたが筆頭公爵家のご子息であっても、グリシア侯爵家の屋敷内に入ってしまえば、どんな理由もつけられる。何をされるかわからないわよ。きっと後ろ暗いことをする人たちも雇っているはずだから」
「母上。ジュリアンは現に屋敷の中で、怪しい術師を見たらしい。まあ、それを確認しに、ジュリアンは俺にひとことも相談なく、無謀にも屋敷に入ったってことだが」
「いや、相談なくというか、一応、俺が屋敷からでてこなかったら、アルと父には連絡がいくように手配……」
「それじゃあ、遅いだろ」
「でも、用心はしてたし……」
焦って言い訳しようとするジュリアンさんに、コリーヌ様が諭すように語り掛けた。
「ジュリアン。お願いだから、無茶はしないで。自分を大切にしてちょうだい。先日、ロンバルディー公爵様とお会いしたけれど、無茶をするあなたのことを、とても心配されてたわ」
「まあ、俺になにかあったら困るからじゃないですかね。一応、父のあとを継げる唯一の駒ですから」
どこか投げやりに答えるジュリアンさん。
「私はあなたの亡くなったお母様とお友達だったから、ロンバルディー公爵様のこともよく聞いていたけれど、愛する息子を駒として見るような方ではないわ。ロンバルディー公爵様は寡黙だから、わかりにくいかもしれないけれど、いつも、あなたのことを思っていらっしゃる。そのことを忘れないで」
ジュリアンさんの瞳が、居心地悪そうに大きくゆれた。
ジュリアンさんの顔が、何故か、寂しそうな小さな男の子の顔に見えてくる。
いつもの、明るくて、ちょっと軽くて、自信満々のジュリアンさんとはまるで違う、心細そうな顔をした男の子。
そう思った次の瞬間、ジュリアンさんの襟元から、黒いものが、ふわりと飛び出した。