王宮で探る 15
「自分の希望は何も言わず、やるべきことだけを淡々とやっていたアルが、ライラちゃんのこととなると、こんな風に気持ちを外にだすのね……」
コリーヌ様がアルを見つめながら、しみじみと言った。
「俺も驚いたんですよ、コリーヌ様。ライラちゃんと一緒にいるアルを辺境で初めて見たときの衝撃! 王宮で見る氷の王子は完全に消え去っていて、かわりに、ものすごい独占欲の塊で、ライラちゃんのことしか考えられない病にかかった新たなアルが生まれてましたから。そりゃあもう、ライラちゃんへの重たすぎる愛を、俺が目の間にいようが、隠そうともしませんでしたからね。だれ、これ? って感じで、笑い死ぬかと思いました」
流れるように、まくしたてたジュリアンさん。
私のことしか考えられない病……?
重たすぎる愛……?
言葉の意味が遅れて入ってくる。
一気に顔が熱くなった。
「ちょっと、ジュリアンさん! いくらなんでも、話、盛りすぎです! コリーヌ様の前で恥ずかしすぎるんですけど!」
動揺しまくって抗議すると、意味ありげに笑ったジュリアンさん。
「見たまんま話しただけで、俺は全然盛ってないけどね……。本人に伝わってないなら、アルもまだまだだねえ」
からかうような口ぶりに、アルは冷たい口調で言い返した。
「心配無用だ。これからずっと一緒にいられるんだから、嫌というほどわかるだろ」
「え、こわ……。ライラちゃん、逃げてー」
「死にたいのか、ジュリアン。ふざけてないで、話を早く戻せ」
「はいはい。小瓶の件でストップかけたのは、アルだけどねー。まあ、じゃあ、そこからね」
軽い口調でジュリアンさんはそう言ったあと、まとう空気を一瞬でかえて、さっきの続きを話しだした。
「小瓶を渡された男は薬師だけに、瓶の中身が危険な薬ではないかとあやしんだ。すると、ロアンダ国の男は言ったそうだ。『ロアンダ国には特別な力を持つ術師がいる。この瓶は、その術師に作ってもらったもので、人をあやつれる水が入っている』と」
「人をあやつれる水……? 聞いたことがないな……」
と、つぶやいたアルに、「そうね」と、コリーヌ様も相槌をうつ。
もちろん、私もはじめて聞いた。
「ああ、俺もだ。当然、薬師の男も詳しい説明を求めた。すると、ロアンダ国の男は、『何も願いをこめなければ、普通の水で害はない。だが、人をあやつる願いをこめれば、水は意思をもって動く』と言ったそうだ」
「不穏だな……」
と、アル。
確かに、人をあやつる願いをこめれば……ってところが、怖いよね。
「まあな。で、この水の使い方なんだが、ロアンダ国の男が言うには、仮に、薬師の男が、その令嬢と結婚したいと願いながら、この水を飲んだり、使ったりしても、何もおこらない。ただの水のままだ。だが、令嬢自身が薬師の男と結婚したいと思うようになれ、と願いながら、その令嬢に水を使わすことができれば、願いは叶う。それは、人をあやつる願いになるからだ」
「つまり、邪魔な人間の失敗を願い、相手に使わせることができれば、それも叶うということか……。まあ、術師なら、そういうこともするだろうな。術師の腕はともかく、呪いの類なら、俺も散々やられてきたし……」
実感のこもった口ぶりで言ったアル。
アルと最初に出会ったとき、少年だったアルは邪気で動けなくなっていた。
それからも、会うたび、邪気をつけられていたアル。
私は、アルが王宮の中で、どんなふうに育ってきたかは見ていないけれど、容赦のない悪意の中にいたことだけはわかる。
小さなアルが、どれだけ苦しんできたかと思うと、悲しくて、悔しくて、思わず涙ぐんでしまった。
そんな私の顔をアルがのぞきこむと、いきなり私の頬をなでた。
「え? ……ちょっと、アル!? 何を……!?」
「泣きそうな顔してるから、ライラが。でも、俺は大丈夫。ライラに出会えたおかげだ。あの頃のことを思い出さないくらい、俺は今幸せだから」
そう言って、嬉しそうに微笑んできた。
切れ長の涼やかな目が、一気に甘くなる。
不意打ちすぎて、私の鼓動がすごいことになってる!
おかげで涙もひっこんだ。
同時に、はじかれたように笑い出した、ジュリアンさん。
「いや、もう……がまんできないんだけど……! コリーヌ様の前なのに、アルがすごい……。いきなり、甘さを爆発させてる……! ライラちゃんしか見えてないんだろうけど……。ダメだ、笑える……!」
「確かに、びっくりね……。見てはいけないところを見たみたいで、少し気恥ずかしいわね」
と、楽しそうに微笑むコリーヌ様。
が、アルはそんな二人を全く気にすることなく、私の頬をもう一度なでてから、優しい声で言った。
「良かった。涙がとまったな」
いや、良くない! 全然、良くない!
涙はとまっても、羞恥心がとまらないんですが……!