パトリックの記憶 3
不定期更新で、すみません!
心臓がドキドキして、逃げたいけれど、怖くて足が動かない。
「挨拶なわけないだろう?! だれかが密告したに決まってる! だれだ?! おまえかっ?!」
「…めっそうもございません! 旦那様…」
頭を下げている人が、更に低く頭を下げた。
「くそっ、ただ、公爵というだけで、苦労してない奴がえらそうに…。こんな何もない田舎の領主なんて、少しばかり小麦の質をおとして、利益をだしたとして何が悪い? 黙ってても金の入ってくる王都の公爵とは違うんだ」
男が、憎々し気に言った。声が呪いのように、からみついてきて、気持ちが悪い…。
「…あの、旦那様。公爵様をお待たせしたままなので、そろそろ、お会いされたほうが…」
男は、舌打ちをした。
「わかってる…。先に小麦の管理をしているジャックに連絡をして、まずい資料を隠すよう指示してから、応接室に向かう。おまえは、先に行って、場をつないでおけ。いいか、何も言うなよ!」
「…はい、わかりましたっ!」
そう言うと、男は、電話を手に取り、誰かと話し始めた。
頭を下げていた人が、ぼくのいる廊下側じゃない扉を開いて、転げるように立ち去った。
早く、戻ろう!
そう思った時、受話器を持ったままの男と目があった。
怖い! 逃げなきゃ!
ぼくは、あわてて、走り出した。無我夢中で、廊下を逃げる。
そして、お母様の待っている部屋に飛び込んだ。
「パトリック? どうしたの?」
さっき聞いた話を説明しようとしても、口がパクパクしただけで、声がでてこない。
「うっ…気持ち悪い」
なんとか、それだけ言うと、ぼくは長椅子に倒れこんだ。
「パトリック!!」
お母様が悲鳴をあげる。
メイドさんが、あわてて部屋を出て行った。
「大丈夫かっ?! パトリック?!」
お父様が部屋に飛び込んできた。
(お父様、ここにいたらダメ!)
そう言おうとしても、声がでない。のどが締めつけられる!
かわりに、涙が沢山でてきた。
そこへ、ノックの音とともに、さっきの男が入って来た。
「ひっ…」
体がふるえる。更に、のどがつまって、苦しい!
そばにいるお母様のドレスを力いっぱいつかんだ。
男は、さっき聞いた声とは、まるで違う愛想のよい声で、お父様に話しかけた。
「公爵様、仕事が長引き、お待たせして申し訳ありません。なんでも、ご子息様の具合がお悪いと聞きましたが…、大丈夫ですか?」
お父様は、ぼくの顔をじっと見た後、男の方へ向き直った。
「領主殿。私の方が急に立ち寄ったため、お気になさらず。…が、息子の具合が悪くなってしまったので、せっかくだが、話しは又の機会に。今日は失礼させていただく」
「それは、残念でございます。が、ご子息様、相当お悪そうですね。…良かったら、寝室を用意しますので、良くなるまで休まれていかれたらどうですか? ご子息様もそのほうがいいでしょう?」
そう言って、ぼくのほうをじっとりとした目で見た。
男の目が、真っ黒な空洞に見えた。
(いや! 絶対、いやだっ!)
お父様に、そう言おうとしても、声がでない。
「そうだ、私には、ご子息様と同じくらいの年の娘がおりましてね。親の私が言うのもなんですが、とても器量が良く、気立てもいいのですよ。ご子息様が良くなるまで、お世話をさせますよ」
そう言って、うっすらと笑った。
ぼくは、お母様のドレスを強くにぎりしめたまま、力をふりしぼり、お父様にむかって、なんとか、ほんの少しだけ首を横にふった。お父様が、ぼくを安心させるように、優しく微笑んだ。
「領主殿、心遣いはありがたいが、息子は旅の疲れがでただけだろう。宿でゆっくり休ませるので、大丈夫だ」
と、お父様が言った。
その瞬間、男は、不満げな顔をしたように見えた。が、すぐに、嘘くさい笑顔をはりつけて言った。
「そうですか。何かお困りのことがございましたら、お申し付けください。すぐに、お宿のほうに参ります」
ぼくは、お父様に抱きかかえられ、馬車に運ばれた。
「ここの領主は信用ならん。隙を見せるな。来られても困るから宿はキャンセルだ。それから、すぐに、友人の辺境伯に連絡をとってくれ。ここからなら近いし、腕の立つ医者を手配してもらおう」
お父様が、側近のグレッグさんと話す声を聞きながら、ぼくの意識は遠のいていった。
読みづらいところも多いと思いますが、読んでくださった方、ありがとうございます!
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