夢かな
今日、2回目の更新です。
生気のない顔のパトリックと腕をくみ、再び階段をのぼりはじめたアンナさん。
「パトリック、しっかりしてっ!」
階下から私が叫ぶ。
パトリックの足が止まった。
アンナさんがひっぱっても、凍りついたように動かない。
まだ、私の声が届いてる!
私はパトリックの後ろ姿に手のひらをかざしながら、パトリックの名前を叫びつつ、階段をのぼっていく。
だんだん、黒い煙がとれるスピードが速くなった。手のひらから、花の種が飛び出て、ごろごろと階段を転がっていく。
パトリックのところまで、あと数段になった。この距離なら、なんとかなるかも…。
「パトリック! こっちを向いて!」
私の声に、パトリックが振り返った。その瞬間、私は、首のあたりに手をかざし、集中して、黒い煙をすい取る。
パトリックがせきこんだ。
ゴホッ…
という音とともに、大きな黒い煙の塊がパトリックの口から吐きだされた。
パトリックの顔色が、みるみるよくなっていく。
「ライラ…」
そうつぶやいたパトリックの目から、涙があふれだした。
そして、涙とともに、まとわりついていた、黒い煙も流れ落ちていく。
「ライラ、ごめん…。傷つけることばっかり言って、ほんとに、ごめん…。ライラと会うと、思っていることと違うことばかり口からでてきてたんだ。ライラを幸せにしたいと思ってたのに…」
…え?! そうだったの…?!
涙で洗い流された目を見れば、嘘ではないことが痛いほど伝わってくる。
「なに、言ってるのよ?! あんな女、親が決めただけの婚約者でしょ!」
アンナさんが、黒い煙をあたりにまき散らしながら叫んだ。
「違うっ! 初めて会った時、ライラを好きになったんだ。だから、父に頼み込んで、ライラとの婚約をとりつけてもらった。…ライラにふさわしい男になろうと思ってたのに…俺は…なんてことを…」
「嘘よ! パトリックが愛してるのは私! お兄さんのことで悩んでるパトリックをわかってあげられるのは、私だけでしょ?!」
そう叫ぶと、アンナさんが、パトリックの顔を両手でつかみ、また、唇を重ねようとした。
が、パトリックがアンナさんを振り払った。アンナさんは、がくっと階段に座り込む。
「やめてくれ、アンナ。俺が愛してるのは、ライラだけだ」
「あなたが愛してるのは、私よ! こんな女じゃないわっ!」
「いや、違う…。成績が伸びなくて、しかも先生方に優秀だった兄と比べられ、学園で人目につかないところで、一人で悩んでいると、君がいつもそばによってきた。最初は、なんで、俺が一人の時に近寄ってくるんだろうと警戒してたのに、何故か、君の顔を見ていると、何も考えられなくなってきたんだ…」
「それは、私を愛してるから! だから、何も考えられなくなるのよ!」
「そうじゃない! 頭がすっきりした今ならはっきりわかる。君のことを愛してなどいない。ただ、君を前にすると思考がとまったようになって、不思議なほど君の言うことを信じてしまってた。それだけだ…」
座り込んだままのアンナさんに向かって、パトリックは言い放った。
…それって、魅了みたいな力で操られてたってこと…?
さっき、パトリックが口から黒い煙を吐き出したから、アンナさんの力から逃れられたのかな…。
パトリックは、アンナさんから視線を外し、私の方へ近づくため階段を降り始めた。
すると、アンナさんもふらりと立ちあがった。
「パトリックは私のものよ! ほかの誰かに渡すくらいなら…」
そう言うと、パトリックの背中をめざして両手をのばした。
「パトリック、危ないっ!」
私の叫び声に、パトリックは振り返り、アンナさんの両手をなんとかよけた。
ほっとした瞬間、今度はアンナさんが、私のほうに視線をむけた。
「あんたなんか、消えてよ!」
そう叫ぶと同時に、アンナさんから黒い煙がどっと私のほうへ押し寄せてきた。
おなかにどんと衝撃がきて、階段から体が舞い上がった。
あ、落ちる!
「ライラーっ!」
パトリックが私に手をのばしたが、届かない。
もう、ダメだ…。体が宙をまって落ちていく。
力を使いはたしたからか、意識も薄れていく中、これからおこるだろう衝撃に身構えた。
そして、何かにぶつかった。
…が、あまり痛くない。やわらかい感じもある。
ああ、私、死んだのかな…?
だから、痛くないのかな…?
意識がうすれるなか、残った力でうっすらと目をあけた。
見えたのは、きれいな紫色の瞳。
「…ライラっ、大丈夫かっ?!」
あれ、…アル…?
なんで、ここに…?
いるはずないか…。夢かな…。
そう思った瞬間、何もわからなくなった。
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