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手紙

作者: 杉谷馬場生

 冷蔵庫から麦茶を取り出そうと冷蔵庫のドアを見るとマグネットで封筒がくっついていた。

なぜ私がそれに目が入ったかというと、手紙の宛名に私の名が書かれてあったからだ。

冷蔵庫から私はその封筒を外すと封筒の裏側を見た。「父より」と書かれてある。私は封を開け、中より手紙を取り出した。

 

「相太へ。


 今、お前がこの手紙を読んでいるということは私はもうこの手紙を書き終わって封筒に入れて、冷蔵庫に貼り付けていると言うことだ。

なぜこのようなことをしたのかというと暇で暇でしょうがないからだ。

先月末に定年退職をして、毎日仕事に行く必要は無くなった。私にとって中小企業でそんなに昇進はしなかったし、給料は安かったけれども、母さんと結婚し、お前を授かって、慎ましやかな家庭を築けたことはとても幸せだった。仕事だって(何度も言うことになるけれど)昇進はしなかったけど仕事はやり甲斐があったし、人間関係も良かった。だからこそ私は転職もせず、新卒で就職して定年まで全うできたのだ。別にひとつの仕事をやり遂げる事だけが素晴らしいと言っているわけではない。様々な仕事を経験することも沢山のスキルが得られる意味では素晴らしいことだと思う。

ただ私にとっては一つの仕事を全うしたことは大きな自慢であり自信となったことは間違いない。それだけやりがいがあり、大好きな仕事だった。

そしてだからこそ私は退職してすっかり気が抜けてしまった。

ずっと家にいるのはまだ慣れない。許されるのならばまた仕事に行きたいくらいだ。

断っておくが私がそんな気持ちになることは相太や母さんの所為じゃない。ずっと続いてきた環境が急に変わったことにまだ慣れないだけだ。

そこで思いついたのが何か刺激を自分で見つけようという事だ。

この手紙はその目論見の最初の一手というところか。

そもそも口頭で伝えることも可能なのに手紙で伝える。そこに何か刺激があるかもしれない。

ひとまず冷蔵庫を開けて欲しい。答えはそこにある。」


最後に「父より」と書かれてまとめられた手紙を私は封筒に戻し、冷蔵庫を開けた。中には高級店のショートケーキが一切れ入っており、「父さんに渡すように」と書かれてあった。

私はそれを取り出すと父がいるであろう和室へ行き、襖を開ける。

父は呑気にスマホを人差し指で操作していた。

「よう。手紙読んだか」父が言った。

「面倒くさいことをするなよ」

「刺激だよ。刺激」

父は私の持ってきたケーキを受け取るとスマホを操作しはじめた。すると私のスマホがメールの着信を告げた。

「ワインもってこい。一緒に飲もう」父からだった。

「だから直接言えって」

「いいから持ってこいよ」

父はあどけない笑顔を私に見せる。私はめんどくさそうにまた台所に向かった。

なんだか気持ちはワクワクしていた。


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