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後編

さて、この男、誰と話していたのでしょう。


 しばらくは、騒動の渦中にいた絹代から遠ざかっていることにしたんだ。ヘンな噂を立てられても面倒だしな。

 ところがそんな絹代が珍しく連絡をよこしてきた。


「うちの使用人なんですけど、どうも体調がよろしくないの。診てやってくださらない。特に、毒物を服用していないかのチェックを重点的に。結果はまず私に報告していただきたいの。」

「矢継ぎ早にどうしたんだ?」

「ちょっと、思い当たる節がありますの。」


 これ以上はまだ言いたくないということか。俺は素直にメイドの女の診察を承諾してやった。


 本人は随分衰弱している様子だったよ。絹代に可愛がってもらっているのに、体調を壊して申し訳が立たないとかなんとか言ってたな。絹代が可愛がる?それにはちょっと違和感を覚えたな。

もしかしたら絹代のヤツ、何かよからぬことを企てているんじゃないだろうか。その実験台にメイドを使っているとしたら、ちょっと薄気味悪い話だと思うだろ。


 検査の結果はやはり黒だ。吐き気やだるさ、それに皮膚が異常に荒れていた。肺がんも見つかった。砒素だった。絹代がそれを使ってみたのだとしても、あの女は顔が広すぎて、入手経路は特定できないかもしれない。

 そんなことを考えながら絹代に連絡を入れた。すると答えは意外なものだった。


「やはり毒物だったのね。静には申し訳ないことをしたけれど、嫌な予感は的中してたってことだわ」


 どこかに諦めとも絶望ともつかない影をまといながら、絹代はしっかりとした口調でつぶやいた。


「どういうことだよ。あのメイドは可哀想だがすでに危険な状態だ。すぐに入院してしっかりと精密検査をすれば、なんとかなるかもしれないが。」

「分かったわ。それは静の実家に連絡をして決めましょう。それより、お願いがあるの。聞いていただけるかしら」


 絹代はまるで物語でも話すように、最近の事情を話しだした。先日殺人事件を起こして逮捕された義理の息子の嫁が妙に馴れ馴れしく言い寄ってくるので、不信感を抱いていたと。そこで息子の嫁から届けられた食べ物は、全てあの哀れな静という女に分け与えていたのだ。

 どおりで静が絹代を慕うわけだ。他の使用人より余分にいろいろと頂戴できるのだから、そりゃあ、優越感に浸っていたんだろうよ。毒見だったとも知らずにな。


 さて、依頼はハッキリしたもんだったよ。息子の嫁である美和という女を拉致して、殺してほしいだとさ。俺に殺人者になれっていうんだぜ。冗談じゃない。

 しかし、絹代も興奮すると何をしでかすか分からない女だ。ここはとりあえず、大人しく誘拐でもして、こっちで楽しませてもらうとしよう。


 俺はその時、軽い気持ちで先のことを考えていたのさ。


 絹代から受け取った美和の写真と普段の行動パターンを元に、フランス語教室を終えてほっとしている美和に怪しまれないように声をかけることに成功したんだ。


「まあ、主人が会社でお世話になっていたお医者様でしたの?存じ上げませんでしたわ。申し訳ありません。」

「いえいえ、お気になさらずに。以前社長から写真を見せていただいていたものでね。おきれいな奥方だったので、覚えていたんですよ。」


 軽快に笑っておいて、そっと声のトーンを落とした。


「それにしても、社長は大変な事になってしまわれましたねぇ。あの方がまさかそんなことをなさるなんて、未だに信じられませんよ。奥様もお力落としでしょう。」

「はぁ。確かに。まさか主人があんなことをしてしまうなんて。。。」


 かすかに震えながら、白い手のひらで顔を覆う姿は痛々しげではあったが、充分にその魅力を見せ付けていたのさ。


「よかったら、お食事でもご一緒にいかがです?ちょっと変った料理を出すフランス料理店がありましてね。予約は入っているんですが、一緒にいくはずだった友人が、急な用事でキャンセルしてきたところだったのですよ。」

「まあ、それはお気の毒に。私でよろしければご一緒しますわ」


 こういうのを世間知らずっていうんだろうな。さっきまで夫の不幸を嘆いていたかと思ったら、もうにこにこと目の前のえさにとびついていやがる。

 

 美和という女は、本当に金持ちの令嬢だったのだろうな。夫がこんな状態の時、ほかの男と食事に行こうってのに、自責の念などまったく持っていない。その行動で世間からどう見られるかとか、夫がどう思うのかなんて、なにも関係ないんだ。つまり、そんなことではあの女の人生に大きな影響を与える事なんてできないってことだよ。

 どうせ、どれもこれも暇つぶしにすぎないのだからな。


 俺の車に美和を乗せて、車を走らせた。途中、パーキングエリアでトイレ休憩を入れてやる。美和が席をはずしているうちに、俺は急いで知り合いのコックに頼んで2人分のフランス風創作料理を山上の別荘に運ぶように依頼したのさ。

 急な客人が来たときはいつも彼に頼んでいるので、段取りは心得ている。すばやく材料を見繕って別荘に向かうと、預けてある合鍵で厨房に入り料理をこなす。

 俺達が到着する頃には、しっかりと2人分のコースができあがっているという寸法だ。


 無事に別荘にたどり着いた俺達を、コックが招きいれて料理を運び始めるのだ。美和は室内の調度品や創作料理にご機嫌で、ワインを勢いよくあけていったんだぜ。


 デザートが運ばれると、俺の合図でコックは厨房の中だけ片付けて自分の店に帰って行った。それがいつものやり方なので、事は順調に運んでいると思われた。


 こんな山奥なら、どんな叫び声も人里にはとどかないだろう。俺は気持ちに余裕を持って、美和をベランダに誘い出した。


「どうです。ここからだと黒岩岬の辺りがよく見えるんですよ。」

「まあ、すてきなところですね。 お料理もおいしかったですし、お酒も飲みすぎてしまいましたわ。それで、これから私をどうなさるおつもり?」


 好戦的とも誘っているともとれる視線で、美和という女は不敵な笑みをうかべたのさ。


 絹代はひとつの道を自ら究めた人間だけあって、自分の意見が絶対の女だった。しかしこの美和は、相手の動きに合わせてしなやかに自分を替えられるような女だ。どっちと組むのが得策か、答えは簡単に出るだろう。



 ほら、女房と畳はなんとかっていうだろう? 当然のことながら、俺は美和と手を組む事にしたのさ。絹代と縁を切るわけじゃあないぜ。こっちとしてはまだまだおいしい汁を吸わせてもらわないとな。

 部屋に戻ってソファを勧めていると、いたずらっ子のような顔で不意に聞かれたんだ。


「今、何を考えてらしたか当てましょうか?」


 急に美和がそんなことを言い出したときには、面食らったもんだよ。


「ええ、ぜひ当ててみてください。何を考えてました?」

「うふふ。女は若い方がいいに決まってる。だけどどちらが裕福か。そんなところかしら」

「あはは。いけない人だ。しかし後半は少しはずれですよ」

「あら、どういうことかしら」


 美和は子どものように目を輝かせて聞いてきたよ。


「絹代さんからも、しっかり貢いでもらおうとね」

「あははは。まあ、いけない人は貴方だわ。」

「随分と楽しげですね」

「そんなこと…」


 そういいながら優雅に腰を下ろすと、上目遣いでつぶやいた。


「あの方がいなくなれば、全部私のところに回ってきてよ」

「怖い人だ」

「あら、怖いかどうか、ちゃんと確かめた方がよろしくってよ」


 美和はすらっと伸びた腕を伸ばして、俺の肩に回してきたのさ。そりゃあ大歓迎さ。これで契約成立ってわけだな。



 それからしばらくして、絹代が仕事の合間を縫ってやってきたんだ。先日の首尾を確認したかったんだろうよ。


「美和は平気な顔をして家に帰ってきたわ。どうなってるの?!」


 年老いた女の怒った顔ってヤツは、醜いね。自分は何も手を汚さずに、なんでも言う事を聞くとでも思っていたのか。ひどく興奮して俺の胸倉をつかみあげたのさ。


「おいおい、勘違いしないでほしいなぁ。俺がアンタの言いなりにならなきゃならない理由なんてないんだぜ」

「なんですって!!」


 何かと金の融通はしてもらったさ。しかしそれは何の契約も交わさないものだ。大体愛人に契約書を書かせるわけもないしな。訴えたくても訴えられないわけだ。


「…別れてもいいの?」


 答えはうすうす感じていたようだが、むなしい切り札を振るおろしやがったよ。


「ああ、いいよ。別に。けど、俺がいろいろと知ってるってことは忘れるなよ。」

「脅そうっていうの!?」

「なんだよ。落ち着けよ。別に、恐喝してるわけじゃなんだぜ。ただ、アンタの気持ち次第なんじゃないの?」


 あの時の絹代の顔、笑ったぜ。そのまま慌てて荷物をかき集めて逃げ帰りやがったんだ。ばかだなぁ、家に帰ったってまだ悪夢は続くだろうに。



 しかし、それっきりだったんだよ。それ以上お前に話すことなんてないさ。絹代はそのまま引きこもっちまったって話だし、美和はこれからって時に交通事故であっけなく逝っちまいやがった。

 警察じゃあブレーキの跡がないから自殺じゃないかって話になってるが、俺はそうは思わんよ。美和はそんな弱い女じゃないさ。


 はぁ。惜しい事しちまったと思ってるさ。絹代だけでもつないでおけば、もうちょっと面白おかしく暮らしていけたはずだったのにな。


 そういえば、若い男が一度だけ俺を訪ねてきたよ。母を死なせてしまう結果になったのは、貴方のせいですとかなんとか、神経質にめがねを上げながら言うんだよ。後で聞いたら本能寺の跡継ぎだっていうじゃないか。あの物言い、美和の事故に一枚噛んでやがったんじゃないか?





「ありがとうございました」

「ああ、いいさ。ちょうど暇にしてたんだ。お前、小説家にでもなるつもりか?こんなどろどろした話、今時流行らないぜ。お前なら背も高いし顔もそこそこだ。ホストの方が楽して儲けられるんじゃないか? 俺が女を紹介してやろうか?」

「いえ、結構です。僕はただ、美優がどんな家族と過ごしていたのか知りたかっただけなんです。」


 この男。美優とつきあってたのか? しかし美優の男は一緒に死んじまったはずだが。


「僕は幽霊じゃないですよ。美優と心中した人は、僕より前に彼女と付き合っていた人です。あ、それから。さっきお話しに出ていた山野さん。お目にかかってきました。すばらしいお医者様ですね。患者想いだと評判でしたし」

「それがどうした!あいつはさっさと山奥に逃げ出した腰抜けなんだよ。あんな辺鄙なところじゃ、泣きついてくるのも時間の問題じゃねぇか」

「いいえ。あまりに患者さんが多くなったので、病院を建て直すそうですよ。じゃあ、僕はこれで失礼します」


どいつもこいつも、いけすかねぇやろうだぜ。



おしまい。


最後までいけ好かない男です。

でも、こんな男でも、自分はうまくやってると思って生きてゆくのですよね。。。


さて、いろんな人に話を聞いた彼は、どんな未来を思い描くのでしょう。

是非、クリスタル ファウンテン シーズン5もお楽しみくださいませ。

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