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第2話・億万長者ってレベルじゃねぇ

「騙されたっ!」


 意識が覚めると、そこは見るからに中世西洋風の街並みを再現した世界。

 石畳で舗装された道の上を、一角獣が牽いる馬車がカラカラと音を立て目の前を通り過ぎる。

 西洋に旅行したことはないが、異世界というのはどうやら本当らしい。


 ――なら、ここはお約束だ。


「ステータスオープン!」


 大きく声に出すが、特に何も起きない。


「おかしいな……ステータスオープン! ステータスオープン!」


 何度叫んでも何も起きない。


「ママぁ、あの人ステータスなんとかって意味わからないこと叫んでる」

「しっ、見ちゃいけません」


 通りすがりの母子に、完全に基地の中に入れない人扱いされた。

 ステータスすら確認できないとかどうすんだよこの異世界。

 物語が始まりすらしない


 途方に暮れ(たたず)む俺に、やがて一人のいかにも魔女然としたとんがり帽子とローブ姿の、赤毛を肩まで伸ばした若く可愛い女性が声をかけてきた。


「もしかして……転移者の方、ですか?」

「え、なんでわかるの?」

「転移者の方の大半は、こちらの世界に来て最初に『ステータスオープン』って意味不明な絶叫をするんです。だからもしかして、と」


 なるほど。この世界で目立つ痛い人の大半は転移者なのか。

 みんなお約束を守ってるんだな。

 だがこれは詳しく事情を聴く好機。


 俺は前世で一度も見せなかった熱心さで女性に向き直ると、質問した。


「この世界で自分の力とか……レベルとか、そういう物を確認するにはどうしたらいいんですか?」

「自分の力量は自身の勘や手ごたえで把握するしかないですね。これは神が定めた『マスクデータ』と呼ばれる法則に則ったものです」

「そうですか……」


 俺はがっくりと項垂(うなだ)れた。

 実践してみないとわからないとか現実っぽくて嫌だな。


「じゃあ所持金とかの確認はどうすればいいんですか?」

「転移者の方は皆さん、キャッシュボックスと呼ばれるお金を収納した箱を持っているはずです」


 魔女さんはこれくらいのサイズ、と両手で30センチほどの幅を示して見せる。

 キャッシュボックスか……俺持ってないんだけど、貯金たった3万だと貰えないのか。

 何から何までガッカリだ。


 もしかするとここは前世以上にクソなのかもしれない。

 そう感じた俺の背後を示して、魔女さんが何やら青ざめる。


「あ、あの……あれ、もしかして転移者さんのキャッシュボックスですか? そんな……見たことないほど大きい」


 ――見たことないほど大きいって女性に言われるのは興奮するシチュだろうか? 


 言葉に魔女さんが指さす背後を振り返ると、そこには全長20メートルは軽く超える巨大な箱。記された文字はキャッシュボックス・三輪裕太。

 そして――――――現在貯金1兆3万という数字の表記。


「嘘だろ……」



――――――――――――――――――――――



 情報を整理して考えるとつまり、俺は前世でスーパーマネーフィーバーの一等から五等までのすべてを当てていたらしい。

 その全賞金額が1兆。


「なんてこった……俺は勝ち組になれたはずだったのか」


 1兆円あるのに死んでしまった。俺はその全然ラッキーじゃない事実を飲み込むと、地面に2回ゲロを吐いた。


「大丈夫ですか?」


 汚れた俺に心配そうな天使の声音をかけると、魔女さんが自己紹介を始める。


「私、アカネ・アスコットと言います。18歳、未婚で魔女業もなかなか芽が出ないし、寿引退もいいかな、なんて最近考えていて。もしかしたらあなたとの出会いは運命、なのかもしれませんね」

「突然余計な自分語りを始めやがって、明らかに金目当てだろおまえ!」


 俺は人生で初めて、母親以外の女性に怒鳴った。


「全然金目当てじゃありません! ただ少し日々の生活に疲れていて裕福な殿方との出会いを求めていただけです!」

「それを金目当てっていうんだよ! 意味わかんねぇよ! 死んだと思ったら異世界に飛ばされて億万……いや一兆長者になっててさらに人生で初めて女にすり寄られてるとか! カオスすぎるだろ!」

「と、とりあえず冷静になりませんか? キャッシュボックスを出しっぱなしですし目立ちますよ」


 言われてみるといつの間にか周囲には人だかりができている。


 ナイフを舐めながらこちらを見る数人の人相の悪い男たち、知らない神の信仰に寄付を求めるローブ姿の中年女性、売り物の花を入れた籠を持ってこちらを見つめる幼女。

 

 さすがにパニクってた俺もまずいな、と気付く。


「なあ、キャッシュボックスってしまえるのか?」

「転移者の方限定ですが、エンドキャッシュって言えば収納できますよ」

「じゃあ……エンドキャッシュ!」


 俺が唱えると巨大なキャッシュボックスは姿を消した。


 だが時すでに遅かったというべきか、俺とアカネはナイフを持った男の一団に囲まれていた。


「なあ兄さん、俺たちは貧困層(ひんこんそう)でよ。少し金を貸してくれねえか? 困窮者が互いに助け合う共助ってやつだよ」


 怯える俺の前で、男たちに向かい颯爽とアカネが立ちはだかる。


「この人は私が先に目をつけていた、もとい先に保護しました! 恐喝(きょうかつ)行為をするなら許しませんよ!」

「なんだぁウイッチ風情が! やっちまえお前ら!」


 リーダー格が命じると、男たちが一斉にアカネに襲い掛かる。


「ヒャハハハハ! 女を斬り刻むのは15年ぶりだぜ!」


 どうみても外見年齢18歳以下の男がナイフを振り上げた。君の幼少期に何があったか俺は問わないが、暴力はやめて!


「ループスタン!」


 アカネが何やら唱えると、パシッと赤い閃光が放たれる。

 閃光に撃たれた男たちは全員気を失い昏倒した。

 地面で頭を打った痛みによるものか、すぐさま意識を取り戻し、再びナイフを構えようとする男たち。  

 だが再度赤い閃光が放たれ再び昏倒、立ち上がり倒れて頭を打つというルーティンを繰り返す。


「ループスタンは文字通り気絶のループです! あなたたちが頭を打ちすぎて死ぬまで、無限に繰り返しますよ!」

「ひっ、俺はもう嫌だ!」


 最後まで頑張ったリーダー格も22回目の昏倒と頭を打つ痛みに堪えかね、頭部から流血しながら逃亡した。


 魔女の術こっわ。というかアカネこっわ。

 アカネは顔を紅潮させながらこちらを見る


「三輪さん……でしたよね? わかりましたか、私の実力のほどが? 私がその気になればどのような恐ろしい目に三輪さんを遭わせることができるか……」

「わかったアカネ。お互い冷静になろう。俺は多分、有意義な提案を君にできるはずだ」



(残金1兆3万円)


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