クリスマスという特別な日、祝福を君に。
クリスマスをテーマにした短編を書いてみました。
さくっと読める、ようになってると、いいな。そのつもりではいます、ほんとです。
ともかく、お楽しみいただければ幸いです!
一二月二四日。町は色とりどりの光に灯され、老若男女の明るい声で賑わう。
誰もが特別と浮かれ騒ぐ中、ひとりの少女が肩身狭く身を縮めて、その町を横切る。
──わたしは、とくべつな日なんて知りません。
玩具屋さんから出てくる沢山の親子。彼らがカラカラと笑うのを眺めて、心中で呟く。リボンのついた大きな箱を抱えて、笑顔いっぱいの子どもが出てきたって何もない。
「メリークリスマス!」
赤い帽子を被って、客を出迎える大人たち。
ケーキ屋からはこれまた沢山の大人が出てくる。四角い箱を持って、足早に我が家へと向かうのだろう。きっと、その家は温かいに違いない。
──おうたが、きこえます。なにをうたっているんでしょう。
静かな夜、聖なる夜。
天国のような平和な場所で眠ろう。
救世主がお生まれになった。
さあ、みなで、唄おう。
昔はよく分からなくて、だからこそ唄えた。シスターが怒ってしまうから、他の子どもたちと一緒に唄った。
変だ。
──神さまはズルイです。わたしはえがおでおむかえされたことなんてないのに。
世界の不平等さはよく分かってる。
みんなに出来ることと出来ないことがあって、みんなに良いことも悪いこともあって……なんて、そんなことない。持ってる人が全部持ってる。持ってない人は何も持っていない。
出来ることがほしい。けど、何も持っていないから……。
──でもわたし、がんばりました。シスターがこまっていたので、おてつだいをしました。
「食べる口がね、多くて困ってるの。あなたはもう体も大きいから、ねえ?」
「わたし……ひとりで生きていけます……えへへ、大丈夫です……!」
少女は最後に頑張って笑った。お返しとして、シスターも口元にとびきりの笑みを浮かべてくれた。
──これでまた、すこしずつ、みんなが食べていけたらいいな。
神がいるかどうか、そんなことは少女にとっては最早どうでもいい。ただ、自分がそこにいて、少しでも役に立てたなら……誰かが救われるなら、それでいいと。
嘘でも、そう言い聞かせて。
町を抜け、北の山に向かう。
少女はその山が好きだ。この時期は決まって、一面が真っ白になる。人間の立ち入りも多くはないから、そこにある雪はとても綺麗なのだ。
果物も、少しならある。冷たくて、物を握るのも必死だけど、大丈夫だ。
しばらく自分にいろいろと言い聞かせてきた。けれど。
もう限界だった。ふらふらと雪を踏み進む。足の甲まで簡単に埋まってしまうから、普通の道を歩くよりもずっと疲れが溜まっていく。
──もう、つかれてしまいました。あぁ、わたしも、だれかのお役に立ちたかったです。だれかの……。
「……?」
足元ばかり見ていたから、少女は気が付かなかった。視界の隅に入り込んだ、灰色の塊。顔を上げると、少女は息を飲んだ。
──び、びっくりです。オオカミさんです。はいいろのオオカミさんが、ケガをしてたおれています!
顔を上げるのさえ億劫にしながら、狼は雪の上に横たわっている。辺りに赤い血が散らばっているため、少女もすぐ怪我に気づいた。
少女は怖気ながらも、必死に傷口を探した。いくつもの傷が見つかり、その中でも大きなものは二箇所だ。左の後脚に丸く銃痕のような傷と、背中に線を描く形で抉られたような傷。
「……っ」
──こわい。
大きな狼がグルルと唸るだけで、少女はびくりとしてしまう。
けれど、彼女は思った。
──たべられてしまうかもしれない、だからこわいのです。なら、たべてもらいたいとおもえば……!
一匹の狼を助ける。それだけでも少女には十分だった。きっと満足できる、そう感じて自身に気合いを入れた。
「オオカミさん、わたしをたべてもいいです! けれど、まずは血を止めます!」
髪を束ねていたリボンを解き、脚の傷口を覆うようにぎゅっと巻く。そして、首に巻いていたマフラーを取り、背中の傷口を覆うように巻く。
寒い空気が多く触れてくるが、気にしない。いや、寒さでお肉が不味くなっちゃうかもしれない……なんて思いながら、少女は必死に手当をした。
頑張ったが、次第にまぶたが重くなって……目の前に温かそうな毛があったから、つい、抱きついて眠ってしまった。
おやすみなさい。明日さん、会えなかったらごめんなさい──。
「ん……、ん……?」
周りの空気が暖かくて、身体は毛布に包まれていて──何がどうなっているのか。訳が分からないまま、ただただ穏やかに目を覚ました。
辺りを見回すと、そこは木造の小屋で。
また小屋内を見回すと、椅子に座った一人の男がすやすやと眠っていた。ふさふさの耳と尻尾、狼のそれらが付いた男の人だ。
少女は彼をじっーと見ながら、身をかすかに動かした。すると、音を聞き取った彼の耳がピクリと動き、ぱっちりと目を覚ます。そして瞬時に状況を把握したのか、小屋の隅に縮こまってしまった。
☆
なにやら音を感じ、男は目を覚ます。そして、視界にぽかんとした少女の顔が入ってきて、咄嗟に小屋の隅へと逃げた。
──あぁ、やらかした。
昨夜のことだ。
雪の積もった極寒の中、必死に手当をしていた少女の体重が、コテリとその背に預けられた。
「…………」
小さな人間の子どもには、やはり無理があった。少し休めば回復するだろうと寝ていたのだが、何故か手を伸ばしてくれた少女。こうしていたら彼女が危うい。触れた手がとても冷たい。
「はぁ……」
狼であれば多少は寒さを凌げる。しかし、もう限界だろう。
すぐ側で少女が冷たくなるのを、ただ見ているだけなどできない。そこまで獣ではない。少女のおかげで、ある程度血は止まった。ふらりとはするだろうが、なんとかはなるはずだ。
彼は傷だらけの体を動かした。少しずつ体勢を変え、落とさないように少女を背負う。
それからは、どうにか安全に山小屋まで辿り着けた。いつかの英雄が、事を成し遂げようと拠点にした場所だ。よく知っている。
「さて……」
少し冷たいだろうが、やむを得ない。早く温めねば、少女が危うい。できるだけ彼女を起こさないよう、ゆっくりと雪の上に下ろす。
狼がすぅっと深呼吸をすると、身体の形が変わっていく。大きな耳と尻尾を残し、胴体の姿は人間と大差ないものとなった。
一応、服は着ている。だが、もはや布同士がただ繋がっているだけとも言えるほどにボロボロだ。さすがに寒い。
足早に扉を開け、小屋の中へと入る。放っておかれた空気はキンキンに冷えていた。まず少女を暖炉側へと連れてきて、すぐさま火を起こす。パチパチと木材が燃えるまでの間に、彼女を毛布で包んで身体を温めた。
そして自身の怪我に包帯を巻き、服を着替えて毛布を肩に掛けた。落ち着いたところで一息つこうと腰を下ろしかけたが、少女の姿が目に映って思い出す。
今夜と明日、この時間は人間にとって特別なものだ。この子にとっても同じこと。子どもには夢が与えられねばならない日である。
たとえ特別の意味を知らずとも、全ての子どもにその権利があってこその聖なる日。この少女にも喜びで心躍らせてもらいたい。
──俺でさえ心躍らせたのだ、彼女には当然そうあってもらわねば。俺が今できる何かで、少女を笑顔にさせるには……。
目を閉じて思考を巡らそうとする。そこでふと気づいた。
少女は言った、「オオカミさん、わたしをたべてもいいです!」と。
確かに、狼は大型肉食獣だ。自身よりも大きい野生動物が怖いのは当然である。だが、気になるのはそこではない。
第一に紡いだ言葉が「食べても良い」だったことだ。
軽い体重、ほっそりとした腕──あの時はとにかく移動に必死だったが、いま考えればおかしい。齢十にまで満たないだろう人間の子どもでも、あそこまで軽量ではないはずだ。
そうと決まれば……と気合いを入れるために身体を伸ばしかけてやめる。そんなことをしたら、逆に動けなくなるところだった。あぶないあぶない。
それからというものの、パンをじっくりと温めシチューを仕込んだり、翌朝のために水を温めたりと、あるだけの食材を使って朝食作りに奔走した。さらにはマフラーやリボンを洗い、できるだけ血の跡を薄めた。
ここまですれば大丈夫だろう。その感想が頭をよぎったときにはもう、座り込んで眠ってしまったらしい。おかげで大切なことを忘れていた。
──狼の姿なら、サンタクロースなるものからの贈り物と思ってくれたろうが、人の形をしたものがそこにいたら意味がないのでは? しかも、昨日の狼が獣人だったと知れば……。
「あ、あの」
隅に縮こまった男の顔を覗くように、少女は声をかけた。彼が振り向くと、その目を真っ直ぐ見つめて言葉を続ける。
「オオカミさん……ですよね?」
「う、うん」
「よかった、元気そうです!」
えへへ、と嬉しそうに少女は笑う。それだけで男は救われた。表情を柔らかくして、不器用ながらも微笑みを返す。
「さあ、朝食にしよう。君、名前は?」
「あ、なまえ。わたしのなまえはナターシャです」
その名に男は反応を示した。
ナターシャ、クリスマスという祝祭日を示す名。町と村を繋ごうとし、哀れな末路を辿った英雄。男の恩人でもある彼の娘の名が、まさにそれだった。
「よい名だ」
「そうなの、ですか?」
「ああ」
「オオカミさんは、なんておなまえですか?」
「……ノエルだ」
「ノエル、おうたでうたったことあるような……?」
「ところで、ナターシャ。腹は空いているか? 今日はたくさん食べていいぞ」
男の言葉に反応し、ついさっきまで首を傾げていた少女ははっと顔を上げる。同時に喉がゴクリと、腹がぎゅるりと鳴った。
「いいの、ですか?」
「もちろん、誰も怒らないさ。それに、今日は君の誕生日だろう?」
「えっどうして!」
「ナターシャは祝祭日を意味する」
「そうなんだ……」
少女は表情を曇らせる。もしかすると、今まで祝われてこなかったのかもしれない。クリスマスは、神の生誕祭は盛大に祝わなければならない──信仰心と伝統へのこだわりが強いあの町ならあり得ることだ。
「クリスマスを祝う。そして、君の誕生日もまた同じく祝われるべきだ。メリークリスマス、そして誕生日おめでとう、ナターシャ」
少女は泣いた。泣きながら、目一杯の笑顔を浮かべた。
「メリークリスマス! ありがとう、ノエル!」
瞳を輝かせ、初めて少女は世界の明るさを見つめる。
~おまけ~
「あのときの私にはそれどころじゃなかったけど、よく考えれば歌にもあるんだし、貴方もクリスマス由来の名前じゃない、ノエル?」
「まあな。だが俺のそれは、村の人が出会いの日を由来に付けてくれただけで、誕生日とかそういうのではないはずだ。もはや、誕生日なぞ覚えてないしな」
「それでも、『出会いの日に祝福を。もう出会った日が誕生日でいいじゃないか』って祝ってくれるじゃない。ほんと、いい人たちよね。私、この村大好き」
「俺もだ、ナターシャ」
成長した少女は,最高の表情でニッと笑った。
「おまけ」は、設定しつつもこの時間軸には入れらないなぁと思い、会話だけで未来の展開を少し入れることにしました。ほんのちょっとのネタばらし(?)
本編だけでも、すでに予定より文字数超えてるんですよね。ついつい。
読了ありがとうございました!