4 サトリというよりヤラセですから。
ルシーズと皇女ノアの2人旅。
「シナリオ把握…(略)…皇女の話」の
「17:騎士は逆チート『さとり』を使えるようになった!」に該当します。
いや、出だしは良かったのだ。支部のルシーズ役が優秀だったので引継ぎもスムーズにいった。
支部のスタッフが困ったように「すごい事になってしまいました…取り返しがつかない展開になったんです」と言っていたので、やむを得ず時間を少しだけ(※感じ方に個人差あり)巻き戻すという荒業をやったが、案件専門にちょっぴり豪華に作られた仮想空間は何のバグもなかった。
具体的に何があったのかは上手くかわされて聞いていないが、皇女ノアはとんでもない人間らしい。ただ、コレットさんの言う通り害悪ではないそうなので、対策は必要ないだろう。私が身構えれば良いだけ。
その考えが甘かった。
~1時間前に戻る~
レフそのもののクローンに魂を移し、ルシーズ役が着ていた物と同様の衣装を着て仮想空間に飛ぶ。時の止まった場所に皇女とメゾンドッグがいる。ルシーズだけ抜けている場所に私は立った。
まもなく時が進み始めた。
王都を出た草原の道。このド田舎から旧三国まで13歳に17歳の男とメゾンドッグ1匹を付けて歩けだなんて、通常じゃ虐待に思えるだろうに。支部のスタッフからは嫌がらせのセンスを感じる。
「…ルシーズ、疲れたら休憩するので言ってくださいね。」
メゾンドッグは一応中で寝泊りできる大型の犬で、この犬に積んでいる荷物は主に寝具と着替えや食料ぐらいだ。
「(まだ荷台のスペースはあるのに武器などはルシーズが自分で運んでいるから心配だな。いくら騎士とは言え、長旅でそれだけの重さを抱えるのも大変だろう。)」
ちなみにこの時点で読心チートが私にかけられていて、私は皇女の心を読むことができる。
だが、気づかない「設定」を遵守して、知らないフリをして応える。
「いえ、私は皇女様の物ですので皇女様のペースに付いてまいります。」
「またそんな…」
『や~ん、ルシーズ今日もイケメン!』
ちなみに、この案件専用に作られた空間は、外部からの指示を聞くためにスタッフにのみ音声を届ける事ができる。つまり、現在は漏れなく実況者であるオトセンの声も私だけに聴こえる仕様だ。
ゲーム画面の前で独り言をつぶやくのは別に構わないし、完全クリアや実績解除の瞬間の喜びを共に分かち合うのはスタッフとしても嬉しい事だ。ただ、あまり変な事をつぶやくのはお勧めしない。
もちろん、変な事を言われたからってそこはプロ根性で抑えてその場で反応してゲームに支障をきたすような事はないのだが。
「もう…」
「(いや、これ以上ルシーズの事を悪く言って罪悪感を募らせてしまうのも何だか悪いな。)」
『めっちゃ良い子!』
そうか?
こちらにとっては支部から本部に回されたという時点でそれなりの事案だぞ。
「ルシーズ。」
「何です?」
『改まりすぎだろ。』
「わざわざ徒歩で行かせるあたり、お父様は諦めていらっしゃると思いませんか?」
実際は支部スタッフの嫌がらせですね。
「…いや、誰だって無理だと思うでしょうね。」
『どストレート!控えめなおシズさんはどこ行ったよ?』
一応言っておくが、私の描くルシーズは控えめな人間ではない。
騎士道とやらに沿った行動を起こす以上、量産型の振る舞いをしているのはうわべだけだ。
「ルシーズはそれで良いんですか?!一応、あなたは死んじゃうんですよ?しかも死ぬ前に重大な任務があって、出来なきゃ一族が大変な事になるって言われているんですよ?!」
『そうだよ?!俺のせいだけど。』
そうとは限らない。すべては転生現象のせいだ。
「…ですから、私達は皇女様が途中で死なれる前にリタイアされるのだと思っております。安心なさいませね。」
『まあ…城の中庭程度で満足している引きこもり皇女様には山道とか砂利道とか無理でしょうけども。』
だからこそ逆に煽って充実した7年間を過ごさせるんですよ、私達は。
「もう、馬鹿にして!」
「(確かに今まで皇女として豪華な生活ばっかりしてきたけどさ、そこまで言わなくたって良いじゃん。平和な世の中で平和ボケして何が悪い!)」
よし、乗ってきたな。
「…まあ、平和とは良い事ですよね。」
「(だいたい、あなたが平和ボケしていたからこそこんな事になっているんでしょうが!)」
だから、こっちも被害者なんだと何度言えば…いや、口に出せないのか。全てツケはここに回ってくる。厄介な力関係の職場だ。
「…皇女様、私は本当に大それた事をいたしました。」
何も悪くなくてもルシーズ役を演じるからには、騎士道に沿って守る相手を立てる。自分が責務を負う。
『ノアさんマジでごめん、俺も…バグか何か分からないけどさ、予想されるストーリーとは違うイベントが入ってきてるわけよ。』
ああ、ストーリー改変はこちら本部のメンバーで行っている事ですので、バグではないですよ。
「何?」
「いえ、ですから、皇女様をあんな恐ろしい呪いにさらしてしまった事です。」
「もうその話は良いでしょう。」
『ノアさん、メンヘラか!』
メンヘラとは何だろう…。
地球の住民と意思疎通ができる言語状態のはずなのに、たまに分からない単語が出てくるのはいまだに謎である。
「でも、皇女様からなさいました!」
とりあえず、今は心の声が聴こえていないフリをしなければ。
『シズ、だからコマンド出す前にアクション起こすなって。』
うるさい、こっちだって仕事でやってるんだ。
「いつ?」
『あ~もう!良いや、俺が普段は操ってるからたまには自分を出させてあげるよ。』
上からだな…。
「ですから、先ほど『私が平和ボケしていたからこそこんな事になっているのだ』と責められましたよね?」
皇女様が「ゔっ…」とうなった。そして拗ねたように言った。
「…口には出してないでしょ。」
その発言によってそう思っていたことを暴露しているようなものなのに、何を考えているんだ。
騎士であるが平民の出のルシーズには何を言っても良いと思っているのか?ニホンには身分制度なんてとうの昔に廃れていると聞いたことがあるんだが。
「(…で、なぜ知っているんですか?)」
「…えっ?」
「…えっ?」
「いえ、皇女様のお声かと思いましたよ。」
自然に見せるため私は辺りを見回してみる。
演出のため【不可視】をかけたフユさんがいるのだろう、風がさあっと吹く。
私は剣を構えた。
「…タチの悪いモンスターでしょうか。」
ちなみにウノさんの演出だと分かっていてこの台詞を言っている。この世界にヤラセはつきものだ。
『あっ、そっか、シズは俺に体乗っ取られてる自覚はあまりないのか。俺のコマンドを無意識に自分の決断として受けているから、チートを本格発動させた時に違和感覚えるんだな。』
…オトセンも「客」だと認めた以上、こちらの素性を明かすわけにはいかないな。
「不気味ですね。」
もちろん種明かしされている状態なので、シナリオ通りに台詞を読み上げているだけだ。
「…もしかして、私の心が読めるとかそういうやつですか?」
『ぴーんぽーん!』
「…なるほど、呪いの副作用、という事でしょうか。」
『逆チートだよ!』
そして逆チートの効果を防がず仕事として私が体を張っているから。
たいていはこういう逆チートなどの効果はフユさんやエベッカさんのような魔道に強いスタッフによって無効化される。自らに【不可視】をかけて仮想空間のどこかから私達の様子を伺っているフユさんには、「どうしてもアウトだったらすぐ止めてほしい」とお願いしている。
「では皇女様、私の心は読めますか?」
「さあ?」
良かった、ここに不具合は無いようだ。
「(全く読めないけど、どうせネガティブ思考に走っているんだろうな~。)」
『少なくともコマンド主である寄生虫・オトセンは害悪だからそういう事考えてないよ?』
2人揃って害悪客だろ。
「(めんどくさいし、正直読みたくない。)」
『言うやんww』
はあ?
「皇女様、めんどくさいとは何ですか。」
「厄介ですね。」
『まあ、確かにな。』
私だってサトラレにはなりたくないし、サトリの能力を持つ人間の傍にはあまりいたくはない。
「でもこれで皇女様に私の心を読まれない事が分かりました。これで皇女様は気兼ねなくいつこの旅をお止めになられたいか、ご自分の心でお決めになるという事が出来ると証明されましたし、私は皇女様にお付き添いいたしますよ。」
『全力で運び屋の義務を放棄しようとする騎士様、今日もイケメンですね♡
女の子がキュンとくるサプライズを粋に…例えば世界とかサクッと終わらせそう♡
あと、ムード作りも上手そう…朝起きたらそこは2人だけの世界♡』
なぜ彼はバッドエンドを強調したがるんだろうか。ハッピーエンドはイマイチインパクトに欠ける印象だったんだろうか。それが理由だったら何となく分かるが。
「…はあ~、ルシーズの心が読めないとフェアじゃないです。」
『読めても何の利益もなさそうだけど。』
むしろ全員に不利益だからやめてほしい。
「ええ、私が何と思おうと、皇女様のご意思のままでございます。」
ただ、ストーリーは遵守していただきます故。
「(うぜぇ~!!)」
『シズってある意味腹黒系?』
誰が私達本部スタッフを腹黒くしているのかはお分かりですよね?
フユ(中の人)とウノ(役)がごっちゃになりそう…。
それはさておき、お知らせです。
あとがき欄は、仕事の後でレフ始め部署のスタッフたちが録画した仮想空間での映像を見ながらの会議の議事録に使います。
なお、一応会議という形式で名前表示をしています。普通の小説とは違って名前表記がある事に違和感を覚える方はLINEなんかのチャットで話をしていると考えてください!
【第1回反省会】
レフ(ルシーズ):「見栄を張っておりました!」
フユ(ウノ):「い、いや、あれは仕方ないよ…うん、俺のサポートにも責任はあるし…」
ヒデツグ(ヨナーク):「ザマァないな、と普段なら言っている所だが、今回ばかりは俺もフユさんに同意している。あのベテラン揃いの支社が苦渋の色を示していたのもうなずける。」
コレット(事務):「…ノアさんの事はさておき、お2人とも引継ぎは問題なく動けましたか?」
フユ:「はい、俺の方は問題なかったです。魔力切れや小道具の破壊などの目立ったトラブルも無く…」
レフ:「私の方でも特に機能上の問題はありませんでした。」
エベッカ(シリル):「シナリオについて僕、ちょっと思う所があるのだけれど。」
レフ:「はい、どうぞ。」
エベッカ(シリル):「…ごめんね、皆で決めた事なんだけど、最後の『皇女様のご意思のまま』っていう台詞さ、ルシーズの口調やキャラ設定に沿っているのは良いんだけど多分ノアさんの場合はワガママの引き金になりかねないかも。」
フユ:「ああ、確かに…」
ヒデツグ:「支社の報告にあったように、向こうがルシーズは世界を滅ぼすという事を知っている以上、世界征服とか言い出して下手に悪用されて仮想空間を大規模破壊されるのも困るからな…」
コレット:「そうですね、普通にゲームとして楽しむ分には構わないのですが、何度も使われると負担が大きいですね。仮想空間の修繕にコストがかかるからルシーズの攻略難易度を上げたぐらいですし。」
レフ:「ただ、そういう事を今はしそうにないので暴力的にならないようコントロールするようなシナリオを考えましょう。」
コレット:「そうですね。」
エベッカ:「僕が懸念しているのは、攻略キャラへのセクハラだね。」
フユ:「あ~、それもあるのか…」
コレット:「転生・転移でかつての世界でサービスを利用していた場合によくあるタイプですね。」
エベッカ:「そうそう、よその部門の話なんだけど、男性の転移者が女性キャストに痴漢しててやんわり制していたら調子乗って襲われかけたって事があったらしいからね。」
フユ:「うっわ~、マジで?!」
エベッカ:「まあ、そこは軽度のラッキースケベがある所だったらしいから欲情したのかもね。そういう意味でうちは肌見せのサービスシーンが基本無いから、ルシーズ含めキャストに性的な事を求める可能性は低いんだろうけど…」
レフ:「というか、特殊能力を持たない設定である以上、体力や技能でキャストを上回る事はないですからそういう状況になっても対処は出来そうですね。」
ヒデツグ:「まあ、そうだな。」