3 2人まとめて「お客様」
コレットさんが困った顔でいる。
「本当に申し訳ないのですが…あの、私達にできる範囲であれば何でもしますので!」
「いや、コレットさんは悪くないですよ。それに、俺たちが受けるしかないでしょうし…」
フユさんがコレットさんを落ち着かせる。
「…水晶玉が壊れたという事は、しばらくは私だけの立ち回りですか?」
「はい、そうなると思います。原作のシナリオからははずれてしまいますが、現在はルシーズとともに皇女は解呪のための旅に出ています。」
「なんかもうぶっとんでますね。」
ただ、それが7年という時間を稼ぐための良い方法に思えた。
いくらお呼びでない客とは言え、すぐに処刑したりダラダラと7年を過ごさせてしまったりするのはこの職場におけるマナーに反する。下手にこの時の記憶を有したまま地球かこの世界に人族として生を受けた日には、終焉プロおよびうちの甚大な被害になりかねない。
「レフさん…お願いしてもよろしいでしょうか。一応、旅の名目としては旧三国に眠る高等武器の回収を挙げています。」
旧三国、というのはこの乙女ゲーにおける正規キャラ「ウノ」「シリル」「ヨナーク」の3人の出身地である。3人とも貴公子の扱いで、家柄は侯爵に次ぐ権力を持つ辺境伯という設定だ。この3人をフユさん・エベッカさん・ヒデツグがそれぞれ演じている。
「ああ、それなら俺たちもフォローできるよ!」
「そうだね~、僕たちが直接登場キャラとして関われるのは強い。」
「レフに1人だけ抱え込ませるのは良くないからな、遠慮せずにヘルプ出せよ。」
正規キャラ役3人が快く手伝ってくれる。心強い…。
そうだ、この逆境でも私は1人ではない。
この部署は決して室長の私のワンマンではなく、補佐のフユさん、そして幹部のエベッカさんとヒデツグ、さらに事務方という強力なバックによって成り立っているのだ。きっと大丈夫だ。
「…皆、ありがとうございます。7年間、乗り切りましょう。」
「お~!」
それが私達の見えない敵との闘いの始まりだった……。
まずはこの職場について説明する所から始めよう。今まで説明不足な点も多かっただろう。
地球コネクト・実行本部……ここでは、取引先や契約内容によって部門・部署が細かく分かれている。まず、部門によって会社を分ける。この実行本部における部門の大きさは、地球コネクトに買収された企業という名の子会社が部門だと思ってほしい。ちなみにこの部門の大半が終焉プロのような地球の会社だ。
だからうちの部門の正式名所は「終焉プロ部門」だ。
そこからさらに、その会社との契約内容によって部署が分けられる。子会社の中でさらに支社が分けられている感じだ。
この終焉プロは、基本的に正社員として数名を登用した上でその正社員のクローンをとってそのコピーまたはクローンを他の契約社員に動かせるという契約をしている。
どういう事か説明すると、仮想体とかいう複製魔法によってつくられた有機体…つまりクローンに魂だけを肉体から移し、それで用意したマニュアルに沿ってさらにその下請けである「支部」という名称の所の従業員(契約社員)がエンターテインメントを届けるのだ。それが基本の仕事。というか、実行系の部署では大体どこでもこれをやっている。
私のような正社員でも契約社員のように自分のアバターを用いてサービスする事があるのだが、それに加えてもっと大事な仕事がある。クローンの提供だ。クローンでつくられた仮想体は複製された側の存在の能力が使えるし、ステータスも一緒だ。私のクローンは私と同等の戦闘力を持つという意味である。
他にも複製魔法では一からキャラを作るアバターという方法もある。容姿だけの入れ子を作り、その内部機能をいじってステータスや能力を調整する事も可能だが、金に時間にと、コストがかかる。何より、容姿を作る時点で多数の魔法陣や道具の調節も難しいためこれらの変更は失敗しやすいというリスクの高さがある。
つまり、客を楽しませるためには高い金を払ってでも優れた人間を正社員として雇おう、というのが終焉プロの考え方らしい。
私は雪獣族という狩猟民族の出だから、人里の誰も持たないスキルや民族独特の髪色と目の色を持っている。そこが買われ、アバター利用料として定期的に金を貰っている。
目鼻立ちが向こうの意に沿ったレベルであるかについてなら多少は妥協があったかもしれないが…。
「まず、転生者のプレイヤーネームはノア。現在、心中語でルシーズのバッドエンドに関するネタバレをした以外での害悪行為は見受けられません。」
「なるほど…」
だからって仮想空間を乗っ取られる以上、無視は出来ないんだが。
「そして、この仮想空間についてですが…以前お知らせした通り、案件専用のものです。」
「まあ、実況者が入ってるってぐらいですからね。」
もちろん、終焉プロが案件を依頼する専用の仮想空間と通常のプレイヤーに送られる仮想空間が用意されている。案件専用の空間では、向こうの都合で何をされようが不具合をできるだけ起こさぬよう、手練れや優秀なスタッフ陣を演出に当たらせている。
地球の住民で一般プレイヤーは不具合を面白がってスクショしSNSにアップしている事も多いのだが、あれをされるとクライアントが地球コネクトを通じて苦情を入れる場合がある。
終焉プロは「広告塔だ」とはしゃいでいるため、クレームするなんて事はないが、よその部門ではあるらしい。
「その実況者ですが、いわゆるチートアプリをもって他人の端末に接続するんですよ。」
「ええ、聞いていました。だから新規ダウンロードの内ランダムに1件を案件専門につないだんでしたよね。」
終焉プロはたまにこういう依頼をするらしく、部門でも有名な話だ。
「それのどこが問題なの?」
「エベッカさん…その依頼書にあった企画内容がどんなものだったか覚えてます?」
コレットさんが言った瞬間、エベッカさんとフユさんの顔が真っ青になった。
「読心チートをかけるんでしたよね、攻略キャラに心中語が聴こえるっていう…」
「そうです、そうです。さらに、ルシーズにはオトセンさんのチートアプリを用いて言動に干渉が出来るんですよ。」
「レフ君…どうする?!」
フユさんが私にズッと寄ってきた。
「2人まとめて大事な『お客様』としておもてなしするまでです。」
驚くほど自分の声は冷めていた。きっと思考が1周して冷静になっていたんだろう。
「レフ君…」
「そうと決まれば私は読心チートだろうがこの体を操られようが、おもてなしのプロ根性をへし折らないつもりです。」
「室長がそう言うんなら、僕だって負けてられないね!」
「俺だってレフに負けるものか。」
「レフ君…俺、頑張るよ。」
正規キャラ3人もがぜんやる気を出した。
固い表情をしていたコレットさんも私に微笑みかける。
「ええ、頑張りましょう!」
「闘うと思うからダメなんです、マニュアルにはまらないおもてなしをするだけ!」
根性論というものはあまり好きではないが、今回ばかりはそれが頼もしくてたまらなかった。
「転生者がシナリオを知っていようが、前世に客へ見せたのは私達の影に過ぎない!オリジナルの底力を見せつけ、極上のサービスを提供しましょう!」
同僚たちの前で室長としてそう高らかに宣言した事を後悔したのは、その1時間後だった。