2 はじまりの会議
しばらくして、顔から少し血を出しているヒデツグといつも通りのエベッカさんが来た。
「はーい、何ですかー?」
「緊急のお仕事です。」
「はい。」
コレットさんは手早く私達に資料を配った。
「…支社からの引継ぎですね。」
私達はさして驚かなかった。支社側のトラブルで問題が解決されるまでつなぎを任される事がたまにあるのだ。
「ただのクライアントではないんです、転生者なんですよ。」
「え…」
絶句してしまった。
この業界が恐れる最も事案の一つ…転生・転移。
課金が絶対に起こらないと分かっているために金にならない故に従業員のモチベーションが下がる。
しかもやたら面倒ごとを起こす事が多い。シナリオ通りにいかないのは日常茶飯事、世界観にそぐわない知識や技術をむやみやたらに持ち込むのはまだ良い。ギフトとやらで好き勝手無双された日には損害が無視できないのだ。
さらには…接続時間という概念がないため、ずっとその空間に居座られるから従業員のシフトを半永久的に組み続けなければならず、さらにはその仮想空間を他の客に提供できないという問題も発生する。その客は課金によって金を落としてくれるかもしれないのに、その客ではなく金も払わない存在に振り回された上空間を乗っ取られる…これは大損害だ。
この仮想空間というのは、この業界において客と役者などのスタッフを転送し通常の世界では物理的にできないようなサービスを提供するために用意された特殊空間だ。ちなみに維持費はバカにならない。
つまり、転生者・転移者はこの仮想空間という商売道具を乗っ取る、百害あって一利なしの疫病神そのものなのだ。
「これまでそういうのが無かったから安心してたんだけど、ついにきたか…」
「わ~、どうする?」
「はー…頭が痛くなってきた。」
ヒデツグが傷口が塞ぎかかってきた額を押さえる。
「…ただ、私達が受けるしかないでしょう?」
「そうだね、そこに異論は無いよ。ただ、対策が…俺、転生者とか初めてだよ。」
「もちろん僕たちも分かんないよ。つまり、この中に経験者がいないって事だよ!」
エベッカさんが叫ぶのも分かる…この転生・転移者によって出た損害の責任を取らされて部署の立場が著しく低くなったり、部署自体が潰れかけたりしたという噂はひっきりなしに届くのだ。
そして転生・転移者を追い出すという策は…いまだに確立されていないのだ。
「ああもう!最初からこんなのとかおかしいじゃんか!」
出来上がったばかりの部署であるうちに、そんな損害を乗り越えられる資金なんて無い。
「嘆いてばかりでも事態は好転しません。とにかく、現状は…」
「水晶玉が割れ、そこで対処している状況です。」
「はあ?!」
水晶玉…ルート分岐が大まかに決まるチャートのイベントか。その水晶玉が割れたという事は、ルート分岐すらできないという状況…最初から詰んでいる。もちろん不利なのは私達だ。
「対処って、何してるんですか?」
「呪いというシステムを組み込み、皇女の体が7年後に消滅するように設定しました。」
期間は別として…妥当である。なぜなら、世界観を全く崩さずにその空間が自動的に消滅するシステムを組めたのだから。転生者には悪いが、使えない空間は維持費だけを食うスネかじりなのだ。消さねばならない。
「7年…キリよく皇女の20歳の誕生日だね。」
「はい。その7年を…皆さんにはつないでいただきます。」
空間とこの世界の時間は必ずしも同じ速さで流れているわけではなく、むしろ向こうが速く進むようにできている。だから、7年と言われても1年足らずで終わるだろう。
「そういう事なら…」
「でも、総選挙の時はどうします?」
総選挙とは、終焉プロの抱える部署を全て挙げての大きなイベントだ。まだ部署が出来上がったばかりで知名度が低い私達の出番は少ないかもしれないが…いや、だからこそ欠席というわけにはいかない。
「その時は上手く対処できます。不幸中の幸いな事に、これが発生している空間は、クライアント側が頼んだ宣伝業者も接続しています。」
「宣伝業者…広告会社とは違うんですか?」
「はい、『ゲーム実況者』です。」
「なるほど…」
ゲーム実況者とは、終焉プロのようなメーカーが売り出している地球の住民の娯楽サービスを試しにやってみて、面白おかしく高次的な娯楽に仕立て上げるエンターテイナーで地球独特の職業らしい。私達の世界で同様の職業といえば、ダンジョン攻略を説明付きで行うエンタメを軸に活動している冒険者だろう。
「地球の住民が俺たちのフォローをしてくれますかね?」
ヒデツグの言う通りだ。
クライアントである終焉プロとすら私達が直接やりとりをする事はないのだから、クライアントの案件依頼先なんかとやりとりする事もないだろう。
私達こちら側の従業員と地球の住民であるゲーム実況者の関係は極めて希薄だ。向こうはクライアントの利益のために雇われた身、こちらはお得意様と手を組んだ会社の利益のために雇われた身、つまり同じ利益追求のために一時的に手を組むだけの関係でしかない。そんな相手が業務外の仕事をしてくれるだろうか?
「…。」
やり手事務員のコレットさんですら黙ってしまう。
「とりあえず、その実況者の資料を見せてください。」
「は、はい。」
コレットさんが資料のページを教えてくれた。めくる。
「オトセン…登録者数はまあまあですね。中堅レベルといったところでしょうか。」
「はい、知名度はそこそこあります。それに、終焉プロとは最古参の作品からずっと案件を受けているんですよ。」
「なるほど…お抱えですか?」
「いや、他のメーカーの案件もこなされているそうなのでそうではないと思います。」
フユさんが石板端末を出し、操作した。
この石板端末は起動に必要な魔力を流す事で、この世界での放送視聴する事が大半なのだが、パスワード入力によってうちでは終焉プロの作品やそれらに関する地球からの情報も入手できる。
「性格悪いし、むしろハプニングを喜びそうだから多分アテにならない。」
フユさんは早々に結論を出した。
「さすがに決断が速すぎでしょ。」
「炎上商法、客を『乙女ゲー厨』という蔑称で呼ぶ、客の痛い様子を叩いて面白がる、自称『闇属性YouTuber』、SNSのプロフィール欄には『大好物はメンヘラ女』『痛い女を泣かせるのが好き』と堂々と書く……素でやってるにしろ、仕事のキャラにしろ、助けてくれない事は自明。」
エベッカさんにフユさんが端末を渡してため息をついた。
「うわぁ…マジじゃん。」
エベッカさんがあからさまに引くので、相当な内容なのだろう。
これで私達は孤軍奮闘の線が見えてきた。
終焉プロは「転生者ならこちらからはどうにも手が打てない」の一点張りで逃げる事も可能だから、アテにはしない方が良いだろう。
「はー…」