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拳Trip  作者: 草大福
1/1

現代日本~闘技場での試合~

春。

空がどこか白く霞がかっている。


樋ノ上 陵介(ヒノカミ リョウスケ)は一人、歩いていた。


時刻は午前7時。

夜になれば人通りの途切れることの無い、歓楽街であるこの通りも、早朝は人の気配が無くシンと静まり返っている。

霞がかっているが、どこか爽やかで、これから訪れる命の芽吹きの季節を感じさせる空とは対照的に、地上には誰のものとも分からない吐瀉物や、ソレを巻き散らかした張本人と思しき者達が、風貌にそぐわない穏やかな表情で、スヤスヤと寝息を立てて転がっている。


陵介は酷く疲弊していた。

つい先程、試合を終えたばかりである。

終電時間がとうに過ぎた深夜2時過ぎから始発時間帯の早朝6時頃まで。

できるだけ、何も知らない一般人や物見遊山の者がフラフラと迷い込んだり、冷やかしに訪れることの無いよう、この時間に試合は行われている。

当然、非合法的な内容であり、そこに倫理観や正しい精神性は存在しない。


肉体的にもそうだが、精神的な疲労が大きかった。

闘技者となって早3年。

天性の才か、生き抜く為の執念からか、陵介は闘技者達の頂点に君臨していた。

全試合賭け試合となっている為、主催者利益の大部分は、観戦料ではなく賭け金であった。


陵介は顧客人気ナンバーワンの本命馬であった為、主催者側は何としても陵介に土を付けることで、巨額の利益を得ようと目論んでいた。


その為、チャンピオンとなってから1年、陵介にまともな試合が組まれることは無くなっていた。

一対一ではなく、陵介一人対複数人の試合はもはや当然である。

試合内容が変更された当初は、無茶苦茶な内容に対して観戦者から抗議の声が多々生じていたが、不利な状況でも王座を明け渡すこと無く勝利を重ねる陵介の姿を見て、次第に抗議の声は収まり、逆に「何とかしてヤツの負ける姿を観たい」と試合内容のエスカレートを求める声が挙がる始末であった。


陵介にとっては良い迷惑である。

しかし、チャンピオンと言っても只の一選手であり、裏社会での権力も何も無い陵介にとって、内容に不服や不満があろうが、受け入れるしかないのであった。


本日の試合内容も、そんな観客のニーズに応える形で、対戦相手が設定された。



-------------------------------------------------------------------------------------




約10メートル四方。

鉄筋コンクリートの床と、鉄条網に囲まれたいつも通りの闘技場。

2階以上に設置された座席から、期待に満ちた視線を送る観客たちに見下ろされ、入場ゲートをくぐることもいつも通りである。


くたびれたグレーのスラックスと白のワイシャツ。

陵介の格好もいつも通り変わらない。


3年前この闘技場に初めて降り立った時は、それなりに気合の入った衣装で臨んでいた。

両手足首はしっかりとテーピングを行い、拳には入念にバンテージを巻く。

組技や投技に掛からないよう、身にまとうのはキックパンツのみ。

マウスピースやファールカップなどの防具は着用禁止につき、可能な範囲での最大限の備えを行っていた。

いわゆる真っ当な闘技者のスタイルである。

この闘技場では、3年前の陵介の服装と、各々のバックボーンとなる各種流派の道着がオーソドックススタイルであった。


1年半ほど前から、現在の服装に変更した。

理由は二つ。

一つは、陵介自身の実力向上に伴い、組技・投技への警戒が不要となったこと。

そしてもう一つは、この爛れた空間、爛れた試合内容に対して、入念な準備を行うことが、とてつもなく無駄なことに感じ始めたからであった。

[服装の乱れは心の乱れ][服装は心の鏡]などという言葉がある。

陵介の服装はまさしく、これから行う試合への無気力さ。

ソレを体現していた。


無気力な表情で立つ陵介の向かい側に、本日の対戦相手が笑みを浮かべ立っていた。


陵介の身長は約175cm。

それに対して対戦相手と思しき男の体躯は、陵介より頭一つ高い程度の為、約2mといったところ。

体重は見たところ1.5倍といったところか。

体格差は歴然だが、この闘技場では体重・身長による階級制度は存在しない。

そもそもが、武器の使用を無理やり認めたり複数人相手の試合が実行されるような闘技場である。

運営者も観客も、試合を行う選手たちですらも、今更その点に異論を唱えることは無かった。


服装は、陵介と真逆の、清く正しいオーソドックススタイル。

筋骨隆々とした体に身にまとうのは、真っ赤なキックパンツのみ。

分厚い胸板や両腕のあたりに、複数の刀傷が見受けられる。

相手も相応の死線を潜り抜けてきた猛者であることが見て取れた。


陵介は相手の姿を視認した途端、これから行う試合内容に対して、少しばかりの期待が生じた。




珍しい、今日はタイマンか




体格差は歴然だが、見たところ相手の姿は一名のみ、手元に武器も持ち合わせていない。

久々に気合の入った相手とまともな試合ができることに、陵介は喜びを感じていた。




しかし、陵介の小さな喜びはすぐに打ち砕かれることとなった。




対戦相手だと思っていた大男は、すぐにゲートをくぐり、闘技場サイドに引っ込んでしまった。

その代わりに、闘技場に入ってきたのは、複数人の運営スタッフと、1.5メートル四方の鉄の檻が5つ。

檻の中からは、強烈な獣臭と、グルグルと喉を鳴らす音が聞こえてくる。






「…すぐ引っ込むんなら、服着て待ってなよ、風邪ひくぞ」




陵介は、恨めしそうに、ボソッと呟いた。




-------------------------------------------------------------------------------------




「お集りの皆様、大変長らくお待たせいたしました!本日の最終試合でございます!」




けたたましい声が、場内に響く。

同時に、観客席からワッと歓声が上がる。




毎度毎度、よく飽きないもんだ




陵介は辟易していた。


淡い期待が打ち砕かれたことに対してもそうだが、毎度毎度、文字通り高みの見物で凄惨な試合を見物し、下卑た歓声を上げる観客達。


表の社会で行われている、正しいルールと倫理観を持って正々堂々と拳を合わせる各種格闘技の観戦では満足できず、体格差も戦法も問わず、ただひたすら相手への憎悪を煮えたぎらせながら、互いに命を削りあうこの闘技場での試合観戦を、何より楽しみにしている者達である。


彼らの声や姿を見ると、いつもうんざりとする。


そんなに悲惨な戦い、凄惨な試合が観たいなら、自分が直接降りて戦えば良い。


その方が、命のやり取りを何よりはっきりと感じることができ、普段の日常では味わえないスリルや魂の高揚感を得ることができる。


安全圏から見下ろしつつ、試合内容のエスカレートを要求する姿は、陵介から見ると、ひどく浅ましいものに思えるのであった。




まあ、他人のこと言えるような、大層な人間じゃないけどね




どんなにウンザリしたところで、自分がココで得る収入は彼らの観戦料もとい掛け金から捻出されている。

結局、自分自身も碌でもない人間であることに変わりは無い。

今更、この生き方を変えることは出来ないし、変えようとも思っていない。

いつものように、観客に苛立ち、自己憐憫に陥ったところで、ようやく陵介は正面を向きなおし、檻の中の様子を窺い始めた。




多い…




檻の中にいたのは、漆黒の毛並みの猛犬。

体高1メートル弱のドーベルマンだった。

檻の数は5つ。

勿論、ドーベルマンも5匹。

本日のお相手が判明した。




「今回の挑戦者は、こちらのドーベルマン5匹と、その主人である、カネヒラ氏!カネヒラ氏はこれまでの試合全てで勝利を収めていますが、彼の本領は彼自身の腕力ではありません!」




再びけたたましい声が響く。


いつも通りの茶番劇の始まりだった。




「彼は、非常に優秀な闘犬ブリーダーであり、彼が手塩に掛けてトレーニングを行った、こちらのドーベルマン達は、他の闘犬とは比類なき強さを誇り、成人男性の命をものの数秒で刈り取ることのできる、冷酷無比な殺人マシーンなのです!」




観客席から再び歓声が上がる。




「今回、チャンピオンへの挑戦権を手にしたカネヒラ氏ですが、栄誉ある今回の試合に対して、自身ではなく、自分の一番信頼のおけるパートナーであり武器とも言える、彼らを挑戦させたいとの希望がありました!」




「侍の本領は刀を持ってこそ発揮できるのと同様に、彼にとって飼い犬たちは右腕同然、当運営事務局としては、チャンピオンの承諾があった場合、今回の要望を認めることにいたします!」




空気がびりびりと振動している。

観客の歓声が一際大きくなり、陵介たちの体を叩いていた。




「さあ、チャンピオン!挑戦者の申し出を受けていただけますでしょうか!?もし受けていただけるのならば、そのまま中央位置までお進みください!」




この茶番も、もう何回目だろう




前回3人でかかってきたときは確か…「三つ子で生まれた時から一緒にトレーニングしてる為、もはや3人は一心同体!運命共同体!」だったか?




その前に刀持ち出してきたヤツは…「生まれた時から刀と共に生き、いつ何時も、寝る時さえも肌身離さず!」とか何とか言ってたような




観客も、よく笑わないで聞いてられるなあ




いや、よく見りゃ笑ってるわ




笑うんならツッコめよ、止めろよ




もう理由とかどうでも良いのかもしれんけど、もうちょいまともな理由付けできない訳?




心の中での呟きが止まらない。


陵介はトボトボと中央位置まで歩を進めた。

そもそも陵介に拒否権は無い。

これまで通り、あくまで[自分の意志]で歩を進め[なければいけない]のだ。

矛盾した行為を淡々と行うだけで、観客席から大歓声が上がる。


会場のボルテージは最高潮に達していた。




-------------------------------------------------------------------------------------




5つの檻が、ガンガンと音を立てて震えている。

ドーベルマン達はヤル気満々、陵介とは真逆であった。

檻の形状は、鉄格子の扉を上に引き上げて開放するスタイルの様だ。

おそらく、引き戸や開き戸だった場合、開錠した者が真っ先に襲われ、その牙の餌食となるからであろう。

檻を運んだ運営スタッフは全員、檻の上に座り、扉を上に引き上げるためのバーに手をかけ震えながら待機している。


5つの檻の中から見える、冥い光を放つ双眸。

まっすぐに陵介を射抜いていた。


喉を鳴らす音は止まない。




早く

早く

早く




ドーベルマン達と、観客たちの声なき声が聞こえてくるようであった。


けたたましい声を上げ続けていた司会者の避難が完了した。


試合が始まると、闘技場内には闘技者しか残らない。

それは今回の試合に限ったことでは無かった。

レフェリー不在の状況で行われる試合は、得てして凄惨なものになる。

それがこの闘技場の魅力である。

一応は存在する試合のルールを宣言し、試合開始の声を上げるのは、司会者の役割であった。




「互いに誇りを持って、正々堂々闘うよう!!」




何が正々堂々だよ


バカヤロウ




毎回欠かさず、心の中でツッコみを入れている。




「レディ…ファイッ!!!」




ドンッという太鼓の音とともに、5つの檻の扉が解放された。




-------------------------------------------------------------------------------------




疾風のように飛び出し、陵介に一直線に向かったのは、3匹。


3匹は寸分狂わぬタイミングで、陵介に飛び掛かっていた。

1匹は喉元を、残る2匹は両腕に狙いを定め、鋭く尖った牙を剥き出しにして襲い掛かる。

陵介は、スラックスのポケットに両手を突っ込んだまま、棒立ちでそれらを受け入れた。




次の瞬間、飛び掛かった3匹の命が、同時に散っていた。




瞬きをしていた者は、陵介が一歩も動かず、何もせず、まるで念力や超能力を使用して3匹を屠ったように見えただろう。

それ程までに、3匹の屍が床に転がるまでの時間は短く、刹那の出来事であった。


瞬きをしていなかった者でさえ、陵介がどのような方法で迎撃をしたのか把握できていなかった。

ただ、陵介の両手がポケットから抜き出され、手首のあたりまで真っ赤に染まっていたことと、同じく右足の膝より下が真っ赤に染まっていたことから、突きと蹴りで命を刈り取ったのだろうという予測を立てることだけはできていた。


何が起こっていたのか把握しているのは、陵介自身と、闘技場の四方に設置されたカメラのみ。

呆気にとられる観客たちの為に、試合中ではあるが、3匹の命を刈り取った瞬間の映像が、闘技場上空に設置された巨大モニターにスローモーションで投影され始めた。




陵介はポケットに手を突っ込んだまま立っていたため、腕を狙って飛び掛かった2匹のドーベルマンの喰らいつく予定ポイントは、ちょうど上腕二頭筋のあたりであった。


その為、2匹は陵介の胸部付近まで飛び上がる必要がある。

陵介にとっては非常に狙いやすく都合の良い位置であった。


2匹が飛び掛かってきた瞬間、陵介は棒立ちの姿勢から素早く屈伸運動を行い、しゃがみこむ形へ姿勢を変更していた。

しかし、両腕の位置は棒立ち状態の時と同じポジションに固定したままである。

その為、拳を格納していたスラックスのポケット位置が下方に変わり、腕を動かすことなく、拳の抜刀が完了された。


姿勢を低く保ったことにより、2匹が牙を突きたる予定であったポイントに、陵介の上腕は存在しなくなっていた。

また、しゃがみこんだことで膝のタメが作られており、拳を放つ準備も整っている。

あとは一気にバネを解き放ち、拳を真上に突き上げるだけであった。


ただし、相手は人間ではない。

猛り狂った猛犬である。

力任せに殴りつけたところで、万が一、仕留めきれなかった場合に再び同時攻撃を仕掛けてこられると厄介である。

確実に一撃で命を刈り取る為、正拳ではなく貫手で喉元を貫くこととした。


その結果が、真っ赤に染まった両腕と、ポッカリ喉元に風穴をあけられている、2匹の屍であった。




首元を狙った1匹は、顎を砕かれて絶命していた。

2匹の喉元を陵介の貫手が貫いたタイミングとほぼ同時に、陵介の右膝が下顎にめり込んでいた。


この一撃で仕留められるとは思っていなかったが、思いのほか見事に打ち抜くことができ、結果として、一度に3匹を屠ることに成功したのである。



血溜まりの中で、陵介は再び棒立ち状態へと戻っていた。

両腕は先程までと違い、ポケットを地で汚さないために、ダラリと下げられている。




残り、2匹…




勢いよく飛び出し、今現在床に転がっているのは3匹。

檻は5つで、5引く3は2。

しかし、残りの2匹は、先のドーベルマンたちよりも一回り大きく、醸し出す雰囲気の鋭さも3匹より上の様であった。


2匹は勢いよく飛び込んでくることはしなかった。

グルグルと威嚇をしながらも、ゆっくりと陵介の周囲を回りながら、飛び掛かる隙を探っている。


10秒


20秒


30秒


時間が刻々と過ぎていく。


先刻のスローモーション映像を観客が観覧するのに、この空白時間はちょうど良いものであった。

しかし、あくまでこの時間も、只々ボーっと流れていた訳では無い。

残った2匹にとって、確実に眼前の男の命を刈り取るタイミングを計る為に必要な時間である。

ゆっくりとした足並みで回り続けているが、着実に陵介との距離は縮まり、一瞬たりとも視線と警戒を逸らすことは無かった。


対して、陵介の方は全くの無防備状態であった。

視線は正面を向いてはいるものの、何かを見据えるわけでは無く、ボンヤリとした目つきである。

ダラリと下げた両腕から血が滴り落ちている。

どうみても隙だらけである。


しかし、2匹は飛び掛かろうとしなかった。

先刻飛び出した3匹は決して、油断が生じていたり、先走って突撃した訳では無い。

あの時も陵介の構えは隙だらけで、攻撃を仕掛けるには最適なタイミングだった。


それにもかかわらず、一瞬で敗北を喫した。

攻撃を仕掛けるには、慎重に慎重を重ねる必要がある。


3匹の犠牲から、この短時間で学んだことだ。





5分以上が経過した。


観客たちが固唾を飲んで見守っている。


2匹は回り続けるのを止めた。

それぞれ、陵介の真正面と、真後ろにポジションを定めていた。

あとは飛び掛かるだけ。

そのタイミングを計っていた。

少しでも動けば、動く。

その肚はもう決まっていた。











「もう良いよ、おいで」





一言放ち、陵介は両手を広げた。


瞬間、2匹は駆け出していた。

タイミングはやはり同じ、真逆の方向から飛び掛かっている上に、片方は完全な死角からの攻撃。

片方は屠られるとしても、もう片方は確実に牙を突き立てられる。

命を奪うことが出来なかったとしても、深い傷を負わすことはできるはず。


全員がそう考えていた。




陵介を除く全員が。






ブシャッ






血しぶきがあがった。


次の瞬間、闘技場の床に転がっていたのは、首と胴体が分離された1匹と、横方向から顔を叩き潰された1匹のドーベルマンであった。




-------------------------------------------------------------------------------------




やはり、観客たちには何が起こったのかわからなかった。


只々、血溜まりの中に立ち尽くす男を見つめていた。


ようやく、上空スクリーンに事の顛末が映し出される。

映像では、やはり最適なタイミングで2匹が攻撃を仕掛けているのが記録されている。

あとは、どのように2匹を屠ったのか。


映像の再生速度が下げられた。


両手を広げていた陵介は、2匹が飛び掛かり、自分との距離が0.5m辺りまで迫った段階で、突如として左に素早く腰を回転させ、上半身を捻っていた。


その動きに合わせて、それぞれの腕を、右腕は手刀部分を正面から飛び掛かる1匹の首元へ、左腕は開手から正拳へと拳を変え、裏拳部分を後方から飛び掛かる1匹の左側頭部へ、それぞれ放っていた。


結果、2匹のドーベルマンは物言わぬ屍と化した。


全く持って、陵介を除く全員の予想は裏切られた。


完璧に揃ったタイミングでの攻撃。

それが逆に災いした。


徹底的に訓練された闘犬が、獲物の急所位置を誤るはずもない。

なればこそ、陵介の最適な迎撃ポイントも、狙われる急所位置から逆算して導くことができたのであった。


とにもかくにも、無事、陵介は傷を負うことなく見事に5匹の猛犬を撃破し、試合は終了。




そのような訳にはいかない。


困っているのは、挑戦者である。


試合開始直後までは、ニタニタと汚い笑みを浮かべながら傍観していたが、今は一変し、真っ赤な顔をして額に汗を浮かべている。


元々、涼しい顔をして長年チャンピオンの座に君臨し続けるこの男が気に食わなかった。

だからこそ、運営側からの今回の提案に乗っかったのだ。

自分はブリーダーでも何でもない。

只々、コイツが犬どもに無残に喰い殺される姿を見たかっただけだ。

その為に、あんなふざけた設定を受け入れたのだ。

腹立たしいことに、実力ではどう足掻いても自分はコイツに叶わない。

しかし、犬どもを先にけしかければ、確実にヤツは消耗する。

もし犬どもが失敗して返り討ちにあったとしても、無傷で済むはずはない。

満身創痍に近い状態のヤツならば、俺でも仕留められる。

そんな考えでいたのに、このザマだ。




どうする

どうする

どうする

どうする




カネヒラの脳内はグルグルと渦巻いていた。

ここまでしておいて、傷一つ付けれていないこの状況は、致命的であった。

闘技者たちのファイマネーは、観客たちの観戦料と掛け金から捻出され、それぞれ運営側と闘技者側の按分率が定めれている。


闘技者側の割合が高いのは掛け金である為、闘技者たちは観客からの指示を得ないことには、いくら地道な勝利を重ねたところで、大きな利益を得ることはできないのである。


また、試合数自体も人気の無い選手はその分少なくされてしまう。

少しでも観客の興味を引いて、試合数を多く得て収益を上げる為には、本日のような無茶苦茶な試合内容を自ら選んで挑戦しなければならなかった。


最も、陵介に至っては自分で望んでいないのに、半強制的にこのような試合に臨んでいるわけだが。


今回、このような外法を使用したにも関わらず、かすり傷を付けられていない状況は、間違いなく今後の観客たちからの支持率に影響を及ぼす。


せっかく、ここまで上り詰めたのに、再び下積みから闘技者としてのキャリアを積み重ねるのは、筆舌に尽くしがたいことであった。


だからといって、このまま闇雲に向かったところで勝ち目は無い。




「カネヒラさん、今ならどさくさ紛れに仕掛けても大丈夫じゃないですか?観客たちも、もう少し派手なやり合いを観たがっているみたいだし、飛び出してもブーイングはおきませんよ?」




袖に控えていた司会者が、そっと挑戦者に耳打ちを行った。




「うるせぇな!今行ったところでコッチが殺されるだけだろうが!行けって言うなら何か獲物よこせよ!!!」



カネヒラは激高し、一気に捲し立てた。




「そう言うと思いまして、コチラどうぞ」




司会者はそっと、刀身17cm弱のコンバットナイフを手渡した。


カネヒラはそれをひったくると、獣のような方向を上げ、陵介に向かっていった。





「死にさらせえええ!!!」



右斜め上から左斜め下方向へ、大きくナイフを振り下ろしたが、感触は無かった。


陵介は素早くスウェーバックをして斬撃を躱していた。

なおも挑戦者はナイフを振り回す。


左から右へ横一文字に切りつけるが、やはり当たらない。

3、4回と何度も切りつけるが、全てギリギリで躱されてしまう。

それが余計にカネヒラを苛立たせた。


顔に浮かび上がった血管は、今にも破裂しそうである。


何度目かの斬撃を躱した時、不意に陵介の足元が揺らいだ。


腐っても闘技者であるカネヒラは、その瞬間を見逃さなかった。



「喰らえや!!!」



勢いよく右手に持ったナイフを、陵介の左脇腹に突き立てた。






パキンッ




小気味の良い音が場内に響いた。


先程まで、血走った眼をして顔を真っ赤にしていたカネヒラの表情は、一変してキョトンとしたものに変わっていた。

先程までナイフを強く握りしめていたはずの右腕に、感覚が無い。

ナイフが地面に転がり落ちている。

右腕はひとりでに細かく震えながら、ゆっくりと上下に揺れている。


下から若干斜め上に突き上げるように繰り出されたナイフに合わせて、陵介の右手掌底打ちが完全にカネヒラの前腕を捉えたのだった。

掌底打ちの威力は、正拳に引けをとらない。

むしろ、掌底の方がその頑強さにより、命中時の破壊力は高いといえるだろう。

そんな掌底打ちが、無防備なカネヒラの前腕にクリーンヒットした。


右橈骨が完全に折られていた。


アドレナリンの分泌によるものか、カネヒラは痛みを感じていなかった。

ただ、突然感覚を失い、小刻みに振動を続ける自身の右腕を、呆気にとられた表情で見つめるのみである。


1秒ほど、眼前の陵介から意識を逸らすこととなったが、すぐに正面を睨みつける。

そこに陵介の顔は無かった。

陵介の頭は、カネヒラの右足の辺りまで下げられ、右手は地面に触れていた。

それがカネヒラが見た最後の景色である。


次の瞬間、左こめかみに、陵介の左踵がめり込んでいた。

胴回し回転蹴り。

モーションが大きい為、中距離では無く、至近距離で放つ場合が多い。

的確なタイミングで適切な位置にヒットさせるのは困難であるが、本日は何の苦労も無く命中させることができた。

カネヒラは床へと崩れ落ち、陵介は尻餅をついた姿勢になっている。




5匹の屍と血溜まり、1人の男が転がる闘技場。

陵介はゆっくりと立ち上がり、血で真っ赤に染まっており、今更気にしたところでどうにもならないスラックスの埃を、面倒くさそうに払いのける。




「ちゃんと落ちるかな…コレ…」




恨めしそうに、スラックスのシミを見つめ、ただ一言呟いたのであった。

初投稿、ドキドキです。

読むだけでは飽き足らず、ついに手を出してしまいましたが、自分の書きたい部分、物語の本筋に突入できるのは、まだまだ先になりそうな予感…。

途中で力尽きぬよう、のんびりのんきに書き進めて行きたいです。

読んでいただければ幸いです。

よろしくお願いします。

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