ステーキハウス
ナイフが鉄板を叩く音がする。肉の切れる音はなくただ口の中でモニュモニュと噛むが異物のまま飲み込む。唇についた大蒜ソースを嘗めとる。
談笑する男たちの話す内容が下卑で粗末なものだったので店員に席を変えてくれと頼んだが禁煙席はここだけだと申し訳なさそうに言われたので諦めた。しかし我慢の限度を試されてるようなホモソーシャルかつ植民地主義的なアジア旅行計画を聞かされているのだ。
吐き気がする。
目の前の席は三人、女性が切り分けた肉を幼い少女が一口で頬張るので涎のように肉汁が顎を伝っているので、それを紙ナプキンで拭いとろうとする男性の腕時計は高そうで、後頭部しか見えないがきっと笑っている。
誰かが注文した厚切りのステーキが鉄板の上で弾ける音がする。まだ熱いのにソースを垂らして脂を飛び散らしている。
店員がいらっしゃいませというから入り口をみたら、1時間以上遅刻してセンリが現れた。彼はあくびをして煙草を口に加えてライターがないことに気がつき厨房に入っていって恐れられた後に片手で手刀を切りメラメラと燃える先端から落ちる灰をサラリーマンの飲む水の中に落として私の目の前に座り切り分けた肉を食べた。
「乾沢さんだっけ、彼女の彼氏をぶちのめしてきた」
センリはスマホでとったムービーをながした。男はベランダから逆さ吊りであった。どうやらセンリが男の右足首をつかんで落とそうと勘違いしているらしい。私は彼に痛め付けてとだけ頼んだので殺すことはないはずだが、事情も知らなければ死の恐怖を感じるのも仕方がない。
「すみません、このハンバーグセットの肉の含有量を教えてほしいんですけど」
「含有量ですか」
「うん」センリは満面の笑みで店員を困らせていた。
「リブロインステーキでいいので、あと赤ワインをお願いできますか」
「ちょ、ネェさん」
「リブロインステーキと赤ワインで。かしこまりました」
店員の女がほっとした表情で足早に去っていった。
「それで、1時間も遅れたのには何のわけ?」
「わけ、っていうか、その、今日は玉が出そうな気がしたというか、んでも実際には出なかったから粘ってただけというか」
気がつけば私たちの周囲から人が消えていた。