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BLUE WIND  作者: kataru
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8.記憶

 記憶の彼方――それは、小学校最後の夏休みのことだった。


 それまでずっと一緒だった面倒見のいい兄の和洋が、高校卒業と同時に都会の警察学校に入ったため、共働きで両親ともに留守がちな家で和海は一人ぼっちだった。

 田舎町とはいえ、来年の中学進学に向けて塾通いを始めた友達も多く、外に遊びに出ても一人で暇を持て余していた。

 そんな中、いつの間にか近所の古アパートに自分と同じくらいの少年が引っ越してきたのに気づいた。彼は父親と二人暮らしだった。 


「あのさあ、暇なら一緒に遊ばない?」


 今ならとても言えないが、無邪気だった小学生の和海はすぐに声をかけた。

 父親が絵を描いている間、ぼんやりアパートのぼろい階段に座っていたその少年はとても退屈そうに見えたから。

「え?」

 そのとき、自分に向けられた、彼のぽかんとした表情は今でも忘れられない。誰かと遊ぶなんて、思いもしなかったような感じだった。


 後になって何度も、よくこのとき声をかけたな俺、と和海は自分をほめてやりたくなった。


 暇な少年二人はすぐに仲良くなった。

 彼の名前はりょう。苗字も聞いたかもしれないが忘れてしまった。どんな漢字かも知らない。りょう、としか呼んだことがなかった。

 彼の父親は絵描きだそうで、絵を描きながら、日本はもちろん世界中を旅しているらしい。一つの街で絵を描いて、売れたら次の街に出発する。そんな放浪親子だった。

 父親と二人暮らしのせいか、十二歳の少年と思えないくらいりょうは何でもできた。

 料理は和海の母親よりも上手だったし、家事でも、日曜大工でも何でもできた。昼間は一人ぼっちの和海の家に誘って、両親のパソコンでゲームをしたが、それも、彼は天才的にうまかった。パソコン自体を扱い慣れているようで、家のパソコンを使って、和海好みのシューティングゲームを作ってくれたりもした。

 たまに、クラスの友達とサッカーや野球をすることもあった。始めは渋るりょうを無理やり連れて行ったのだが、明るい性格の彼はすぐに誰とも仲良くなった。

 驚いたことに、今までそういうスポーツをやったことがなかったと言っていたが、ルールがわかると彼は途端に大活躍し始めた。運動神経も抜群。和海の友人たちはそろって尊敬の眼差しを彼に向け、それを見て和海まで誇らしい気分になったものだ。


 何でもできる完璧人間だったが、近づき難い印象はなかった。

 りょうは自分の能力に絶対の自信を持っているらしかったが、それをひけらかすこともしなかったし、自分ができることをできない他人がいても蔑むようなこともなかった。あっけらかんとしていて、思春期の少年にありがちな人と比べての優越感や劣等感といったものを何も気にしていなかった。

 彼が住むアパートは近所だったし、夏休みが終われば当然和海の学校に転校してくるのだろうと思っていた。一度、小学校にもこっそり連れて行ったくらいだ。


 しかし、夏休みが終わる二日前に急に別れがやってきた。

 彼の父親の絵が出来上がったのだ。そして、即完売。


 そのとき和海は、日帰りで帰宅した兄に監視されながら夏休みの宿題を片付けていた。遊びすぎたつけで、夏休み始まって以来、初めて一歩も家の外に出してもらえなかった。

 二日かけて、漸く宿題を終わらせた和海が知ったのは、彼が既に街を出たという事実だった。当然二学期からクライスメイトになれるはずもなかった。

 あっさりさっぱりした性格の彼は、出発の日に家にこもって宿題と格闘していた和海にわざわざ別れを言いに来たりしなかった。あんなに仲良くなったのに、もう遊べないなんて……。突然訪れた別れを悔やみ、和海は二学期が始まってからもずっと悶々としていた。

 そんな和海のところへ、ある日、一枚の絵葉書が届いた。海外からのものだった。 

 本当に世界中を放浪してるんだなあ、と妙におかしさがこみ上げて来る。

 外国の町並みが描かれたポストカードを眺めながらちょっと泣いた後、一気に気持ちが浮上したのを覚えている。



 今でも彼は父親と見知らぬ国で旅を続けているのだと思っていたから、今まで如月の名前とあの少年とを結びつけてみることもしなかった。

 如月が本当にあのときの少年なのだろうか? しかも、日本で高校に通っているなんて。

 自信はあまりなかったが、明日にでも聞いてみようと思った。



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