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BLUE WIND  作者: kataru
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番外編 彼女の未来に・後

 とりあえず、ライアンのことを如月だと思っているエイプリルを混乱させないように、如月は、数日は彼女に面会をさせてもらえないことになった。

 かなり落ち込んだ如月は、前日の疲労もあって、ほとんど夕方まで寝て過ごした。

 夕方、散歩がてら病院の屋上に来た如月は、ぼんやりと荒野の日没を見ていた。日が沈んで辺りがだんだん暗くなってくるのを感じた如月は、無性に寂しく、誰かの声を聞きたくなった。

 一番話したい相手は、もちろん日本にいる大切な友人だ。しかし、今、この国の時刻は夕方だが、日本とは九時間以上の時差がある。親友のいる日本は既に深夜である。

 無言で自分の携帯電話を見つめていた如月は、ふと思いついて、記憶にある番号を押し始めた。

 

 プルルルル……


 数回のコールで、相手が出た。

『ハロー。こちらはアシュレイだが。そちらはいったい?』

 聞こえてきた快活で力強い声は、ICPOで日夜国際犯罪捜査に力を注いでいるジェイク・アシュレイ捜査官のものだった。

 二か月ぶりに聞いた声が、相変わらずの調子だったので、思わずくすっと笑いながら、如月は口を開いた。

「アシュレイ捜査官、久しぶり。……わかる?」

 電話の向こうで相手が息を呑む気配がする。

『お前……ひょっとして、リョウ・キサラギか?』

 くすくす笑いながら、イエス、と答える如月に、ようやく驚きを収めたアシュレイの不機嫌な声が続けられる。

『キサラギ、お前、いったいどこに隠れてやがるんだ? 居場所を教えろ。手配書をすぐにまわすから』

「あのねえ、言うわけないでしょ。あと、この電話は逆探不可になってるから」

『何! くそっ……』

 悪態をつきながら、ごそごそと何やら機械を取り外す音がする。それにも如月はくすくすと笑った。

『なんだか、笑ってばかりだな、お前。……何か、あったのか』

 アシュレイの声のトーンが微妙に変わった。如月の笑い声がぴたりと止まる。

 わずかに心配そうな色をにじませる相手の口調に気づき、自分の気持ちの不安定さを簡単に察せられてしまったことに、如月は思わず苦笑いした。

『今、日本か? カズミと一緒にいるのか』

 アシュレイは、如月の居場所をほかに思いつかない。

「まさか」

 そうだったら嬉しいんだけどね、と如月は努めて普通に言ったつもりだった。


(何だ? なんか、様子がおかしいな。やつを追っている俺に電話をしてくるのも変だし)

 アシュレイは電話の向こうの相手の動向を探ろうと、耳を済ませた。

 ジェイク・アシュレイ捜査官が、各国で裏世界の組織から盗みを繰り返している国際窃盗犯、如月凌と別れたのは、地中海に浮かぶ無人島だった。もう二か月も前のことである。

 厳密には、彼と別れたときのことをアシュレイは覚えていない。如月を追ってきたその島で、アシュレイは同じく彼を追ってきたイタリア系マフィアの女ボスに不覚を取り、気絶させられたのだ。

 本当なら、ICPOの捜査官だとばれたところでマフィアの連中に口封じに殺されてもおかしくない状況だった。しかし、後で聞いたところによると、如月が居合わせた友人の和海とアシュレイの身の安全と引き換えに一仕事するという取引を申し出、彼らを救ったのだそうだ。

 不本意ながら、犯罪者である少年に借りを作ってしまったアシュレイだったが、だからといって彼の犯罪行為を見逃す気はなかった。

 ただ……あの島で耳にした如月凌と深町和海の会話だけは、忘れられなかった。


 お前のやってきた犯罪には一切証拠がないんだ。お前が犯罪者だって立証するものは何もないんだ。なあ、普通に学校に戻って来いよ。待ってるからさ……


 如月が犯罪者として生きてきたことを知りながら、もう罪を重ねなければ、このまま証拠を残さず終われば、彼にも普通の少年としての日々が送れるのだと深町和海は必死の思いで語りかけていた。

 親友のその言葉に対し、如月はわずかな迷いを見せた。だが、結局その後、それはできないのだと答えていた。

 しかし、本心ではそうしたかったのだと、そのときの苦しげな彼の表情が雄弁に物語っていた。

 

(だが、やはり、カズミのいる日本には、戻ることができなかったのか)

 もし如月がその道を選んでいたら、自分は彼の望み通り、もう追うのをやめていたかもしれない、とアシュレイは、いつもの自分らしからぬことをちらりと思った。

「では、カズミとはもう会わないのか。お前、あんなに入れ込んでいたのにな」

 沈黙している電話の向こうの相手に、仕方なくアシュレイは話しかけた。まあ、あれだけ大切にしていた友人と縁を切ったのだったら、さすがの彼も落ち込むのも無理はないだろうな、と思う。

 だが、如月の返答は意外なものだった。

『和海ともう会わないなんて、そんなわけないじゃん。和海とは、つい二週間ほど前に日本に行って会ってきたばかりだよ』

 嬉しそうな声で告げられる。あ、そう、と答える自分の声が何だか間抜けに聞こえる。何だか心配していたのがばかばかしく思えてきたアシュレイだった。


 じゃあ、どうしたんだ、と妙にイラついた口調で聞いてくるアシュレイに、漸く如月はエイプリルのことを話し始めた。

「……そうか、彼女、目覚めたんだな。よかったじゃないか」

 そう心から言ったアシュレイに、如月はありがとう、と礼を言った。

 だが、まだ言いたいことがあるらしく、でも、と彼は言葉を続ける。アシュレイは聞き役に徹することにした。

(ずっと昏睡していた少女が、漸く目覚めた途端、奴と看護士を間違えたって言うのか。彼女のためにあれだけの危険を冒して犯罪に手を染めてきたってのになあ)

 如月の話を聞いているうちに、だんだんアシュレイは彼が気の毒になってきた。

「まあ、そう落ち込むな。彼女が回復したら、お前の存在を知らせてもいいんだろ?」

 柄でもないと思いつつ、つい慰めの言葉を口にしてしまうアシュレイだった。しかし。

『そりゃそうだけど、その間に、エイプリルがライアンのことを俺よりも頼りにするようになっちゃったらどうするんだよ』

 そう簡単に慰められるつもりがない如月は、かなり荒れている。無責任なこと言うなよ、という怒った口調は、本来アシュレイには向けられる筋合いもないものだ。ほとんど八つ当たりである。

「では、その時は潔く“お兄ちゃん”の座を明け渡すんだな」

 せっかく親切に言ってやったのに、と、不機嫌になったアシュレイは冷たい口調になり、如月に追い討ちをかける。

「お前より、案外彼のほうが彼女と気が合うかもな。何しろ、眠っていたとはいえ、何年も親身に世話をしてもらった相手だ。既に、彼女との付き合いもお前より長くなっているようだし」

『くそー。なんかそれ、悔しいな。ライアンのやつ! 何かいい方法ないかなあ』

 そう言う如月の声は、悔しそうではあるけれど、始めに電話をかけてきたときのような不安定な感情の揺れはもうその口調からは感じられなかった。それを確認して、アシュレイはじゃあな、と電話を切った。

(後で、もう一件電話をする必要があるようだな。……それにしても、俺ってこんなにおせっかいだったか?)

 通話が切れた携帯電話には、着信を示すものは何も残っておらず、電話を上着の内ポケットに仕舞いながら、しみじみ思うアシュレイ捜査官だった。



 結局、それから三日後、エイプリルの容態が安定し、偶然を装った如月が廊下で彼女とすれ違った瞬間、エイプリルは彼こそが自分が幼い頃に憧れていた『凌おにいちゃん』だと気づいた。

 大喜びでそれから病室に入り浸りとなった如月だったが、当のエイプリルは、再会できた『凌おにいちゃん』以上に、意識はなくても自分をずっと親身に世話をしてくれていたライアン看護士と意気投合している様子だった。奇しくも、アシュレイが言った通りになったのである。

 けれど、如月がそれに対して落ち込むことはなかった。

 如月は、明日にはここを発たねばならない。始めたばかりの真っ当な仕事をずっと休んでしまったため、もう一刻の猶予もない。この際、コックの仕事をきっぱりとやめて、この病院の近くで仕事を探そうかとも思ったが、エイプリルとライアンの絆が揺るぎないものとなっていることが分かり、やはりもとの仕事に戻ることにした如月だった。

 彼がいち早くこの決心をすることができたのは、アシュレイとの電話の数時間後にかかってきた、日本からの一本の電話のおかげだった。

(和海……。これで、いいんだよな)

 日没前、病院の屋上に立ち、眼下に広がる夕闇迫る荒野を見ながら、電話の相手、大切な友人である和海との話を思い出している如月は、穏やかな笑みを浮かべる。

 エイプリルにとって、幼い頃の怪我で五年もの貴重な少女時代を棒に振ってしまったことは取り返しの付かない痛手だろう。その一因を作ってしまったと感じている如月にとっても、それはもうなかったことにはできない辛い記憶だ。

 だが、過ぎたことを悔やんでも仕方がないじゃないか、と如月は思う。

 エイプリルは生きているし、無事に意識も戻り、後遺症もないそうだ。彼女には、これからたくさんの道が開けているのだ。そして、彼女の未来を充実したものにするため、自分にもこれからできることがいろいろとあるじゃないか。

 そう考える如月は、彼本来の前向きな思考を取り戻していた。


 その後。元犯罪少年如月凌のため、彼の友人に国際電話をかけるというおせっかい心を出したジェイク・アシュレイ捜査官は、しばらく如月からの電話に悩まされることになる。

『ねえねえ、この前聞いたこと、調べてくれた?』

 昼夜を問わずかかってくる電話の内容は、ヨーロッパで一番由緒正しく、教育熱心で、かつ、窮屈ではない校風のお嬢様学校をできるだけたくさん教えてくれというものだった。男女交際に厳しいことも条件の一つに付け加えられているのは、すっかり親ばかの心境になっている如月の様子をうかがわせる。

 ややうんざりしながらも、少女の未来のため、協力してやることにしたアシュレイだった。


 彼女の未来が、輝かしく、幸多いものになることを願って。



 了

これで、本編、後日談が一通り終了です。

お付き合い下さり、どうもありがとうございました。

よろしければ、感想等一言いただけると嬉しいです。

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