56.宝探し
「凌……凌!」
和海の悲鳴に駆けつけた面々が見たものは、細い木の根につかまって、狂ったように泣き叫ぶ和海の姿だった。
とりあえず彼がつかまっていられるうちに、とボスの指示で手下たちはロープを使い、少人数で手早く少年の体を引き上げた。
救出の際に下を見て状況を悟った者もいたが、声が枯れんばかりに友人の名を呼ぶ和海の様子に、何を言っても無駄だと判断し自分の作業に専念したのだった。
そして。和海が無事救出され、親友の名を叫び続ける声がしゃがれ始めた頃。漸く崖下から呼ぶ声が彼の耳に入ってきた。
「おおーい。和海。気づいてくれよ」
参ったなあ、と情けない口調で呟く声も、崖の上に立つ一同の耳に届いた。如月凌の声であった。
「……え?」
ふらふらと崖っぷちに駆け寄る和海の服の端をがしっと握り、ほかの面々も下を覗き込む。そこには、崖下十メートルくらいのところに突き出た岩の出っ張りに立つ如月の姿があった。
和海を木の根につかまらせた如月は、何も自分の命を諦めたわけではなかった。下を見れば切り立った崖とはいっても岩が飛び出しているところも数箇所あり、うまく飛び降りれば自分であれば難なく着地できそうな高さだと思った。さすがに和海を抱えて飛び降りるには体力に不安を感じた如月は、握力を失って落ちる前に自分だけ飛び降りたというわけだった。
「待ってろ、今助けてやる」
ぴんぴんしている如月の姿を見て、ほっとした表情で手下に指示を出そうとしたボスを如月が止めた。
「いや。その必要はない。取引をしよう。俺がその親父が盗んでこの島に隠したというお宝を見つけ出す。だから、和海と、そこのICPO捜査官の身の安全を約束してもらいたい」
「なに?」
如月の申し出にボスは眉を上げた。如月は岩の出っ張りの精一杯ふちに立って彼女の顔を見上げ、にやっと笑って見せた。
「大丈夫。俺には心当たりがある。ただ、二つばかり教えてもらいたいことがある」
一つ目は、宝の形状。父親が、盗んだ大量の金を札束の状態で隠したとは思えない。金は意外と嵩張るものである。この問いには、問題の宝は世界屈指の純度と大きさ、カット技術を誇るブルーダイヤモンドであると彼女は返答した。
二つ目は、この島に青い水が湛えられた湖があるのかということだ。父親が描いたという青いドレス姿の彼女の絵のバックに、青い湖が描きこまれていた。単なるデフォルメなのか、それとも実際の光景なのか。
これには、少し迷ったあと、十八年前に一度だけ訪れたことがある、と答えが返った。初めて如月創一と会った場所なのだろう。父親も、青い湖のほとりで思い出の女性と出会ったと幼い息子に話してくれたことがあったから。
その湖の大体の位置を聞いた後、如月は下から何かを放り上げた。それはメタリックシルバーの携帯電話だった。大慌てで手下の一人がキャッチする。
「宝が見つかったら、そこに連絡を入れるよ。ああ、それ、アシュレイ捜査官のものだから、丁重に扱ってね」
いつの間に抜き取ったのだろう。ボスによって鳩尾に一発入れられいまだ目を覚まさない長身の金髪頭を気の毒そうに見やり、携帯電話を受け取った男はボスにそれを手渡した。
「あと、時間がかかるかもしれないから、そこの日本人少年を家族の元に送ってくれる? ICPOに頼めばきっと保護してくれると思うんだよね」
じつはアシュレイの代わりにもう最寄の支部に連絡を取ってたりして、といたずらっぽく言う如月の言葉にボスは噴出した。
「全く、抜け目のないやつだな。……わかった。少年とこの金髪男の身柄は約束しよう。それから、やって来るICPOの方もこっちで引き付けておくから、遠慮無しにこの島を捜索してくれ」
さんきゅ、と言って如月は崖に空いた小さな横穴の中に体を滑り込ませた。ひらりと振った手が一瞬遅れて穴の中に消えていった。
***
如月から連絡があったのは、それから三日後のことだった。
洞窟だらけのこの島で、誰にも見つからないように宝を隠すとしたらやはりその中の一つだろうと思っていた如月は、青い湖を手がかりに、高地にある湖の水源になっていそうな洞窟を捜索した。
そして漸く、高台に入り口があり、地中海の中でもこの島でしか咲かない貴重な生態の植物が群生する洞窟湖を見つけたのだ。その植物の花が青い色をしており、開花して数週間後に散り始めると、水の上に落花して青いインクのようにその色を染めるという。それが細い川を流れて低地のある湖に注ぎ込み、ある期間だけその湖の色を青くさせるというわけだ。
暗い洞窟湖の底を一日がかりで探し、ついに如月は目的のブルーダイヤモンドを見つけたのだった。その日は疲労でそのまま眠ってしまい、翌朝洞窟を出てからボスに預けた携帯に、すでに電池切れぎりぎりの状態の自分の携帯で連絡を取った如月だった。
「ダイヤと一緒に、親父から……多分あなたに宛てたと思われる手紙がありました。一緒に送ります」
「ああ。ご苦労だった。あの少年や金髪男の処遇についてはそちらの言った通りにさせてもらった。……ところで、君はひょっとしてソウイチと私の……」 ピッピッピ……
彼女の通話の途中で電池切れの電子音が無常にも鳴り響き、そのまま唐突に通話が切れた。如月はしばらく暗くなった液晶画面を眺めた後、役立たずになった携帯をゆっくりとデイパックに仕舞ったのだった。