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BLUE WIND  作者: kataru
55/60

55.崩落

 島の中心付近の高台で、如月と和海は向かい合っている。

「何で来たんだよ、和海。俺を庇ってアシュレイの捜査を止めさせようとするなんて、犯罪者の片棒担ぐつもりか?」

 如月は和海に向けて鋭い声を放った。如月は彼にだけは犯罪に関わって欲しくなかった。

 そんな如月の思いを知ってか知らずか、和海は間近で親友の顔をのぞきこみながら言った。

「俺が来たのは……。お前が捕まって欲しくなかったってのもあるけど、言い忘れたことがあったからでもあるんだ」

 じっと見つめられて如月が居心地悪そうに身じろぎする。さっきアシュレイに向けていた冷たい怒りの表情は跡形もない。

「言い忘れたことって、なんだよ」

「あのな、凌、お前このままもう日本に戻らない気だっただろ。俺がお前のこと知っちゃったから、それを知ってて黙ってると俺も罪になるからって」

 言い当てられて如月はますます居心地が悪くなる。

「でも、日本を発つ前兄貴に聞いたら、お前のやってきたことって、今のところ、一切証拠がないんだって。お前が犯罪者だって立証するものは何もないんだ。つまり、俺が犯罪者を庇ってるって証拠もないってことだ。……なあ、普通に学校に戻って来いよ。待ってるからさ」

 もう罪を重ねなければ、このまま証拠を残さず終われば、普通の少年としての日々が送れるのだと和海は言う。

 如月にとって思わず頷いてしまいそうになるくらい甘い誘惑だった。だが。

「……無理だよ、和海。普通の生活じゃ到底無理なくらい、俺がやろうとしていることには金が必要なんだ」

 病院で眠るエイプリルのこともある。自分が送金を止めてしまえば以前のように施設の蓄えでは治療費が払えず彼女は見捨てられてしまうかもしれない。それに、まだ父親の行方もつかめていない。

「そんなの、何とか考えろよ。お前、頭いいんだろ」

 無茶苦茶なことを和海は言う。だが、彼の顔は必死だった。



 沈黙する如月だったが、そのとき、間近まで迫った気配に気づいてはっと振り返った。いつもの彼よりずっと遅い反応速度だった。  

 同時にアシュレイも気配を感じて振り返った。彼らの背後、意外なほど近くに、油断なく武器を構える七、八人の屈強な男たちに囲まれて、やはり迷彩服を来たすらりとした女性が立っていた。

 あの、絵に描かれた青い服の女性だ、と和海は気づいた。如月もそれに気づいたのか、彼女から目を逸らすことができないでいた。  

 女は、和海とアシュレイには目もくれず、如月にだけ話しかけた。

「あんたがこの前うちの組織の者を騙って通信してきたやつだね」

 ぶっきらぼうな口調はあの通信のとき聞いたものと同じだと如月は思った。黙って頷く如月を見て、女は目を細めた。

「あんた、いったい何者? ソウイチにやけに似ているけど、関係者か?」

「イエス。如月創一は俺の父親だ」

 短く如月が返すと、女は驚いたように眉を上げた。

「声も昔のソウイチと似ているね。間違いなさそうだ。では、あんたは例のブツの在り処を知っているのかい」

 彼女の言葉に、周りの男たちも如月を鋭い眼で見た。如月はこきこきと首を鳴らし、

「その前に、あなたと親父の関係を教えてもらおうか」

と言った。それを聞いて彼女の顔に怒気が閃いた。

「やつは、正真正銘の盗人だよ! 五年前、急に戻ってきて、組織の金を持ち逃げしたんだ」

「へえ。戻ってきてってことは、以前は一緒にいたということですか?」

 如月の問いに今度は女の耳まで赤く染まった。それを見て彼女と父親が特別な関係であったことを確信した如月だったが、今は追求を避けた。

「ところで、五年前ということは俺の父親が急に失踪した時期だが、そのときにあなたの組織は新しい事業に手を伸ばそうとしてごたごたしていたそうですね」

 如月の言葉に女は目を見開いた。

「そこまで知ってるのか。お前はいったい……。まあ、いい。その通りだ。麻薬ビジネスに手を出したがっている一派がいてね。ボスに就任したばかりの私は手を焼かされたよ」

 まあ、上級者への絶対服従の掟を破った者はそのときに地獄を見せられることになったがね。ふふふ、と笑う女の表情に当時のことを思い出したのか、周りの屈強な男たちが青くなり、銃を持つ手がわずかに震えた。

「まあ、やつらの始末はともかく、ソウイチの持ち出した金は多額だったんで組織の力は相当落ち込んだ。やつがあんな裏切りをしなければもっと早くにイタリアを制することができたんだ!」

 憎憎しげに語る女の口調に、周りは押し黙った。風さえ止み、一瞬の沈黙の中、如月の静かな声が響いた。

「その時期に危険を冒して相当な金を持ち出し、組織の資金力を下げたということは、ひょっとして、あなたのファミリーを麻薬売買組織に落としたくなかったからじゃないのですか」

 女ははっとした顔をした。その表情を見ながら如月は内心思った。

(ここまで弁護してやればいいだろう。実際親父がどう思っていたかなんて俺にはわからないし) 

 だが、彼が知る父親はそういう人物だった。間違いなく、自分が金欲しさにやったことではないだろう、という確信があった。

 あの、絵ばかり描いていた穏やかな父親が大組織から資金を持ち出す盗みの才能があったなどととても信じられなかったが、今の自分がしていることを思えば、案外遺伝的な能力だったのかもしれない、などと思う不肖の息子だった。



 二人の話に気をとられる面々をよそに、さっと動いた影があった。

 その場でただ一人、彼ら犯罪者を捕まえる立場にあるアシュレイだった。如月の言葉を思案顔で反芻していた女も、ボスの常にない様子に戸惑う手下たちも一瞬反応が遅れた。

「……動くな!」

 アシュレイがマフィアの女ボスのこめかみに銃を突きつけて叫んだ。

 周りを囲む男たちが一気に気色ばむ。だが、銃を突きつけられた当人は全く動じず、横目でアシュレイを見ながら、この男は、と手下に尋ねた。

「たしか、ICPOの捜査官です。国際手配犯の大掛かりな逮捕劇があったときに、地元警察の応援で見かけたことがあります」

 さらに説明を続けようとする手下を視線で黙らせ、女はアシュレイに極上の笑顔を向けた。

「そう。わざわざお仕事ご苦労様だね……。これは、ほんの、お礼だよ!」

 言うが早いが、アシュレイの指を銃ごと押さえつけ、片手でひねった。痛みに思わず呻く彼の鳩尾に電光石火の勢いで鋭い膝蹴りが入った。うっ、と息が止まり膝から崩れ落ちようとするアシュレイの体を、服を掴んで止め、女は奪った銃を逆に彼に突きつけた。しかし、そんな必要はなく、彼の意識はすでになかった。

 和海はもちろん如月さえも、その様子を唖然としてただ見ていた。

 ボスのいつもながらの鮮やかな動きに見ほれていた手下たちは、ボスを危険にさらした自分たちの失態に気づき、遅ればせながら如月と和海に銃を向けなおした。

「ボス、こいつらも油断なりません。ここでやっちまいましょうよ。こいつら、例のブツの在り処なんて知りやしませんよ」

「まあ、待ちな!」

 女が大声で制し、一歩踏み出したときだった。イタリア語のやりとりについていけず、わけが分からないながらも急な戦闘の連続で神経をすり減らしていた和海だったが、自分に向けられた銃を見てついに緊張の糸が切れた。

「うわああ! 来るな」

 至近距離で向けられた銃を見て、平和な日本の普通の高校生である和海は青褪め、身を翻して駆け出した。

 逃げる背中に反射的に引き金を絞ろうとする手下に、如月は顔色を変え地を蹴って跳びかかった。銃身がぶれ、発射された弾はあらぬ方向に穴を穿った。


「待て、和海!」

 動転して崖の方に向かう友人を慌てて追いかける如月の目の前で、その親友の体が傾いた。

「……和海っ」

 間一髪和海の服に手を掛け、崖から半分落ちながら引き戻した如月だったが、その足場も脆く、彼が立つ地面もがらがらと切り立った崖の底に落ちていく。

 体が傾くことを止められないと悟った如月は力いっぱい手を伸ばし、岩盤に生えた木の根を掴んだ。その途端、わずかな足場が崩れ去り、二人の体は崖から宙吊りになった。

 二人分の体重が片腕にかかった如月の口から、思わず苦鳴が漏れた。さっき保護テープで塞いだだけの負傷した傷口から見る見る血があふれ、腕を伝う。

 崖の上部に張り付いていた脆い岩盤は全て崩れ落ちたようでそれ以上の崩落はなくなった。頭上からは二人を助けに近づいてくる足音が聞こえる。このまま持ちこたえられればいいのだが……負傷した如月の腕の感覚は次第になくなり、握力も落ちていく。

 繋いだ手を伝って如月の血が自分の服に染み込むのを見た和海は暴れていた動きを止めた。

「凌、ごめん。大丈夫か」

 心配そうに見上げるいつもの和海の表情に、如月はにやっと笑って見せた。

 平気だから、落ち着いて両手で掴まれ、と指示したあと、下を見下ろした如月は、残った力を振り絞って和海の体を持ち上げ、自分が握った木の根につかまらせた。

「……凌っ!」

 和海の手が木の根を掴むと同時に、如月の手がずるりと滑った。そして、彼の体は一瞬にして和海の視界から消えたのだった。


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