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BLUE WIND  作者: kataru
45/60

45.如月の過去

 如月凌が日本から姿を消して一週間が過ぎた。

 ICPOのジェイク・アシュレイ捜査官は、彼に関して何の手がかりも得られぬまま、明日、この国を発って帰国の途に着こうとしていた。

 追ってきた如月少年の行方が知れぬ今、私用で取った休暇を仕事上の出張に切り替える機会も得られなかったため、休暇のこれ以上の延長は認められなかったのだ。

 本当は、なかなか接触できなかった如月の協力者だと思われるTAKATOカンパニーのトップ、高遠朗についての捜査を行いたかったのだが、本部からの矢のような帰国の催促に、今回は諦めるしかなかった。


 アシュレイは今回、日本に来て、初めて間近で如月と顔を合わせた。しかも、言葉まで交わしたというのに、やはり、彼が一連の国際窃盗犯であるという証拠を得ることはできなかった。

 今までにも事件現場で如月と遭遇したことはあったが、そのときに録画された映像や、証拠品の類は全て当局に持ち帰る前に闇に消えている。彼との会話を録音しようとしてもいつの間にか全然別の犯罪者の盗聴テープに摩り替わっているという徹底ぶりで、身柄拘束に至る証拠は一度も掴めていない。

 今回も、とっさに携帯電話で会話の録音を試みようとしたがやはり雑音交じりで音の解析も不可能だった。今まであまりの手並みの鮮やかさにかなりの頭脳と技術を持つ小集団での犯行だと思われていた世界を騒がす国際窃盗犯の犯行が、如月一人の手によるものであったという驚くべき事実が分かったというのに。

 証拠となるものがなければ、いくら如月少年が犯行の自白をしたも同然であっても、全ては独自の捜査に基づくアシュレイの推測によるものであると判断されてしまうだろう。



「明日、帰国するそうだな」

 その夜、いつものように滞在期間中の迷惑料として、アシュレイが作った夕食を前にして、深町和洋が言った。

 リビングには、アシュレイと、ソファに陣取る和洋の二人だけだ。弟の和海は、友人のショッキングな秘密を知ってしまってから、学校に行く以外はほとんど部屋に篭っている。食事だけは心配した和洋が部屋まで運んでやっている。

「ああ。なんか、すっきりしないままの帰国だが、仕方がない。また戻ってから、ICPOの情報網を使ってやつの足取りを追ってみるさ」

 アシュレイは普段の彼らしからぬ無表情で言った。

 如月が去った後、アシュレイは如月凌についての情報を隠していたことについて和洋を詰ろうとした。だが、あまりに大きなショックを受けた弟の様子を見て、心配を隠せないでいる和洋に、怒りを向けることはできなかった。

 もちろん、状況が少し落ち着いてから、和洋は如月凌についての情報を黙っていたことを真剣な表情でアシュレイに詫びた。そのため、結局アシュレイは怒りのやり場をなくし、頷くしかなかったのだった。

 そして今、アシュレイの帰国を前に和洋は、虫のいい話だとは思うが、頼む、と前置きをし、真摯な表情で口を開いた。

「帰国する前に、やつの……如月凌のことについて、お前が掴んでることを教えて欲しい」

 自分よりも年下で犯罪捜査の経験も浅いこの友人を前に、アシュレイはなぜか否を言えない雰囲気を感じとり、黙って頷いた。


 ***


 ジェイク・アシュレイは、世界各地で裏世界の住人だけを狙う奇妙な窃盗犯をずっと追っていた。

 被害届が出されないので表立ってその犯罪が取り上げられることはないが、各国で犯行が行われていることや、その被害額の多さにも関わらず犯人の証拠が極めて少ないというの特異さのため、ICPO局内でも極秘にチームが組まれ、何度も捜査の手が広げられた。しかしどれも全くの無駄足に終わっていた。

 だが、その捜査の中で、ジェイクは立件できるほどの証拠はないものの、その窃盗犯の手がかりを得た。

 局内の資料室で膨大な資料と格闘しているとき、偶然それは目に入った。

 例の窃盗犯が出没したのと同時期に、差出人不明の結構な額の金がある施設に送金されているという記録であった。


「……それで、俺は休暇をとってその施設に調べに行ったんだ。始めは全く収穫なし。でもなんか引っかかって何度か通ううち、あることが分かったんだ」

 脚を組みなおしながらアシュレイは、なんだか分かるか、と和洋に問いかけた。


 アシュレイが掴んだものは、この施設である日起こった不幸な転落事故についてである。

 それの事故によって一人の少女が寝たきりの体になった。貧しいその施設ではとてもその治療費を払うことはできなかったし、いつ目覚めるかも分からない彼女の延命措置を、莫大な金をかけて続ける余裕もなかった。少女は大人たちによって見捨てられようとしていた。

 だが、事故から数日後、昔幼い少女をこの施設に預けて以来ずっと音沙汰がなかった彼女の父親を名乗る男から、連絡と、莫大な額の送金があった。娘の治療費に当ててほしい、と。それから四年間、定期的にその送金は続いているという。


「だが、調べてみると、彼女の父親は何年も前にアル中がひどくなって肝硬変をおこし、死亡していたことが分かった。彼に財政的余裕はなく、恐らく送金していたのは別の人物だと俺は思った」

 アシュレイの言葉に、和洋は眉を顰め、目を細めた。

「それが、如月凌だってのか? 彼はそのために窃盗を繰り返していると? だが、なぜ……その少女とやつは何か関わりがあるのか」

 それには答えず、アシュレイは淡々と話を続けた。


 その少女について調べるついでに、施設に預けられていた子どもたちのことにも目を向けたアシュレイは、ほとんど孤児が多く、行く場所のないはずの彼らの中に、一人、施設を脱走した少年の記録を見つけた。名簿には、Ryo Kisaragi の文字が微かに読み取れたが、上から二重線で削除された跡があった。

 職員に話を聞くと、始めは渋ったものの、いくらか金を掴ませるうちに幾つかの情報を落としてくれた。だがそれは、わずかだが、極めて重要な情報だった。

 当時十三歳だった如月少年は、生きていくために小さな盗みを繰り返すうち、ミスをして捕まり、事故の三ヶ月前にその児童福祉施設に送られてきた。  

 入ったばかりの時は人を寄せ付けない雰囲気があった如月だったが、もともとの性格なのだろう、徐々に明るさを取り戻し、人懐こく接して職員の間でも人気者になっていった。

 面倒見のよい彼は、年少の子どもたちからも好かれていた。特に、エイプリルという小さな少女にとっては、如月少年は頼りになる優しいお兄ちゃんであり、憧れの王子様であった。

 その如月が施設からの脱走を謀ったのは、寒い冬の日、月のないある晩だった。まったく誰にも気づかれずに施設を出た如月だったが、門を出たとき、ただ一人、彼が出て行ったのに気づいて窓から必死に追いかけてこようとする小さな影があったことに気づいていたのかいなかったのか。


「実際のことは分からない。気づいていなかったのか、彼が慌てて戻っても間に合わなかったのか。とにかく、エイプリルというその少女はバランスを崩し、三階の窓から転落した。職員が見つけたときには体が冷えきり、意識不明の状態だったそうだ」

 それから、後はさっき言った通り。彼女の命を救うための治療費が払えない貧しい施設に代わって、彼女の父親を名乗る人物から定期的に送金があり、少女は今も意識不明の寝たきりの状態で治療を受け続けているという。


「そして、その金が送られてくる時期が、如月が犯行を行う時期とほぼ重なっている。もちろん、彼が送金しているという証拠は何もない。すべては俺の推測に過ぎないがな」

 話し終わったアシュレイは少し疲れたような表情を見せた。和洋はそんな友人から視線を外してため息を吐いた。

「……それが、もし、お前の推測どおりなら、やつはいつまでこんなことを続ければいいのだろうな。彼女のために、危険を冒してずっと盗み続けるつもりなのか」


 和洋の問いに答えられるものは誰もいない。彼が発した呟きは宙に浮き、すっかり更けた夜の闇に溶けて消えた。


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