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BLUE WIND  作者: kataru
40/60

40.オークション〜混乱〜

 定時に始まったオークションは、順調に進んだ。

 集まった参加者たちは、自分の目当ての作品が登場すると、パドルを掲げて価格をコールした。いくつか白熱した掛け合いもあり、今のところ見ているだけの高遠も十分この場を楽しんでいた。贋作を扱う違法な競売が行われている不健全な場であるとは思えない、穏やかな雰囲気が漂っている。

 だが、ひとたび目を会場内の出入り口や舞台そで付近に移すと、そこには黒尽くめで明らかに銃の類を所持していると思われる、会場専任のガードマンの姿があった。違法な取引の場であるため、参加者にも真っ当でない人物が居る。妙な動きをする人物が居ないか、彼らは目を光らせているのである。

 如月の計画がうまくいけばいいが、もし予想外の狂いが生じれば、ここで不審人物として抹殺されてしまう可能性も大いにあるのである。高遠はふっと表情を引き締めた。

 高遠の事前情報では、如月創一の絵が登場するのは間もなくだった。



 小休止のとき、セルフサービスの飲み物を取りに行きながら、高遠は一人の男に目を留めた。

 長身ですらりとした隙のない立ち姿のその男は、金髪の髪を長く伸ばし、後ろで一つにくくっている。ダークブラウンのレンズが入った眼鏡をかけているため、表情ははっきりとは見えないが、ステージ上に注意を傾けているようだった。

 今までその金髪の男が競売に参加している姿は見ていなかったので、目当ての絵が出されるのを今か今かと待っているのだろうか。特に怪しい行動ではなかったが、舞台から目を離さず、何か考えているようなその男の様子が、高遠は妙に気になっていた。

 彼が見ている舞台の上手方向は、次の絵が運ばれてくる場所だ。そこでは、今、休憩を利用して司会者とスタッフらしき男が何やら打ち合わせをしている。進行上の変更でもあったのかもしれない。二言三言言葉を交わし、スタッフに頷きながら、司会者は持ち場に着いた。

 


「お待たせしました。さあ、次はいよいよ今回の目玉の一つ。あの有名画家の贋作の登場です。芸術にお詳しい皆さんなら、オリジナルを一度はご覧になったことがおありでしょう。……なお、今回のプレゼンターからは、後ほど驚くべきお知らせがあるそうです」


 司会者の口上とともに、覆いがかけられた絵が登場した。絵を運んできたのは、事前に調べておいた、このオークションを取りしきる、会場の支配人でもある男だった。

 これが、さっきの打ち合わせで変更された点なのだろう。司会者がすぐに彼の紹介をすると、会場中から拍手が沸き起こった。

 さあ、ではそろそろ高遠の出番である。支配人がスムーズに絵の真贋発表に入ればよし、そうでなければ、高遠が絵の真贋についてはっきりさせて欲しいと支配人に詰め寄る予定だった。


 ***


 数分後。会場の空気はその日最大の熱気を帯びていた。

(……この男、やけにうまく会場の雰囲気を作るじゃないか。如月が演技指導でもしたのか?)

 舞台上の支配人を見て、高遠は感心していた。

 結局、支配人は自分で絵の真贋を発表し、本当は無名の日本人、如月創一の絵がオリジナルで、有名画家の作品の方が贋作であると告げた。饒舌な支配人は、驚く観客の前で効果的に鑑定書を紹介して黙らせた。高遠の出る幕は全くない。ただ、舞台上でオリジナル作品のよさを褒め称える表現がやや過剰とも言えたが。 


「……と言うわけで、出品予定だった如月氏のすばらしいオリジナル作品は、本物ということでこの会の趣旨とは外れますので、代わりに今回私どもが出品する作品は、もともとオリジナルと思われていたこちらの贋作の方とします」

 支配人の言葉とともに、絵が登場すると、会場中はすごい騒ぎになった。それもそのはずである。覆いの下から現れたのは、本来パリの有名美術館に飾られているはずの絵だったからである。


 如月の思惑通りにことが運んだことに満足しつつ、高遠が打ち合わせしていた通りこの混乱に乗じて会場から抜け出そうとしたとき、騒々しいフロアに、よく通る声が響いた。


「お待ちください。金はいくらでも出します。今回の趣旨と外れていることは承知ですが、私は如月氏のオリジナル作品を購入したい!」


 それは、先ほど高遠が気になっていた、金髪の男だった。

 後の進行を司会者に任せて退出しようとした支配人がその声に振り向き、発言者の男の姿を見た途端、一瞬動きを止めた。


 その後会場は大混乱になった。

 金髪の男の発言に、わしも欲しい、と即席競売を始めようとする者もいたし、事前情報と違う作品が出品されたことに対する怒りを叫ぶ者もいた。

 当の男はというと、あろうことか、舞台に駆け寄り、彼の言葉に答えずさっさと出て行った支配人の後を追って走り出そうとしていた。それを会場のガードマンが拳銃で威嚇しながら止めに入る。  

 そうこうしているうちに入り口付近から、憲兵隊だ、と叫ぶ切羽詰った声が聞こえた。

 違法行為が行われているこのような場で外国の国家機関に捕まるわけにはいかない。高遠は慌てて人並みが向かう方へ逃げ出した。

 だが、その場は救いようがないほど混乱していた。人々は慌てふためいて意味をなさないことを大声で叫び、前を行く人を押しのけ、突き飛ばして先へ進もうとする。その前にガードマンや憲兵隊が立ちふさがり、銃を出して威嚇する。

 そのうち一人が勢い余って発砲すると、後は無法地帯のように銃声がひっきりなしに鳴り響き始めた。

 如月に言われて防弾チョッキを身に着けているものの、首より上に当たればアウトである。 高遠は恐怖を覚えて立ち竦んだ。


 そのとき、身動きが取れなくなった高遠の腕を、誰かが横からぐいっと掴んだ。

 強く腕を引っ張られてよろめいた高遠の、一瞬前まで肩があった辺りを銃弾が掠めていく。

「……如月!」

 その人物の顔を見て取り思わず叫んだ高遠に、如月は、しっと唇に指を当てた。

 そのまま、周囲に素早く目を走らせた如月は、後ろから掴みかかろうとするガードマンの鳩尾に肘を叩き込み、相手の膝の辺りを蹴り飛ばした。声もなく倒れる男を高遠は辛うじて避けた。

「こっちだ。ついて来て」

「ああ……。分かった」


 如月の先導で狭い廊下を駆け、いくつもの扉を抜け、階段を上がって漸く脱出した先は、会場であった古城からずいぶん離れた丘の上に立つ礼拝堂だった。

 まだ明るいうちに始まったオークションだったが、外に出てみるともうあたりは暗く、遠くに見える古城の上では、下界の混乱をよそに、静かに月が輝いていた。


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