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BLUE WIND  作者: kataru
39/60

39.オークション〜真贋判定〜

 高遠が現地入りする数時間前。

 如月は今回のオークションの主催者であり、会場となる古城を含め、フランス国内にあるいくつもの文化施設の支配人でもある男の自宅前にいた。

 彼は、豪奢な門の前に停められた高級車の運転手に成りすまして運転席に座り、主人の乗車を待っていた。

「旦那様。出発してよろしいですか」

 恭しくドアを開けて主人の乗車を手伝った後、完璧なフランス語で確認を取ると、如月は静かに車を発進させた。

 車内で寛ぐ暇もなく本日の手順を確認するのに忙しい支配人は、知らないうちに見知らぬブロックに車が進んでいることに全く気づかなかった。

 

「さ、着きましたよ。とっとと下りてください」

 急に砕けた口調になった運転手に面食らったときにはもう遅かった。声を上げる暇もなく、支配人の男は、見事な手際で見知らぬ建物に連れ込まれていた。

 屋敷に勤めるいつものお抱え運転手だとばかり思っていた男は、小柄な黒髪の日系人少年に早替わりした。だが、彼は自分に危害を加える気はないらしく、乱暴に扱われることはなかった。

 ひとまず安堵した支配人は、あっという間に建物の中の一室に連れて行かれ……そこで、驚くべきものを目にしたのだった。


「これは……、今回のオークションに出品予定の絵だ。なぜ、ここに?」


 その絵は、支配人自身が数日前に会場に持ち込んだはずであった。

 確か、日本人の、如月創一という画家の手による贋作作品だ。元にされた絵が、パリの有名美術館収蔵の作品だということもあり、今回の目玉の一つでもあった。

 闇の競売会場は、一般人に出入り自由な地上階とは打って変わって、警備体制が恐ろしく厳重である地階スペースだ。いったい誰が、いつの間に、どうやって作品を持ち出したというのか。

 それだけでも驚くに値するものだったが、さらにその隣に置かれた絵の覆いがはずされたとき、支配人は一瞬にして言葉を失った。


 たっぷり数分間、まじまじとその絵を見つめたあと、漸く声を絞り出した支配人の目は驚愕に見開かれていた。

「こ、これは……。そんな馬鹿な……」

 それは、芸術作品を扱うプロとも言える彼自身、美術館のガラスケース越しでしかお目にかかったことがない絵画。如月創一の贋作作品の元にもなった有名な美術作品であった。

「これも贋作か? だが、それにしては似すぎている……いったい何のためにこんなものを」

 如月は、驚く支配人に、一枚の紙を手渡した。

「これを読んでくれれば分かるよ。まあ、時間がないから説明するとね、こっちが贋作。で、こっちの今回競売にかけられる予定の日本人の絵が先に描かれた、オリジナルってわけ」

 無遠慮に絵を指差す少年の言葉に、支配人は慌てて紙切れを読み直した。それは、美術界の相当な権威である人物の署名がされた、絵の鑑定書だった。


「……で、こんなものを見せて、私に何をしろと?」

 震える声で支配人は尋ねる。どう見ても未成年、少年と言ってもいい小柄な日系人を前に、面白いぐらいに縮こまっている。

 これだけのものを見せられれば、相手が只者ではないことは十分理解できる。彼の態度はごく当然のことだった。そんな支配人の姿を面白そうに見つめ、如月は口を開いた。


「いい質問ですね。あなたにやってもらいたいことは……」 


 如月の計画は今のところうまく運んでいた。

 高遠から今回の仕事の情報を得た後、事前の準備と称して海外に渡った如月は、高遠が調べた出品作品の保管庫から如月創一の絵を盗み出し、その足でフランスが誇る有名美術館収蔵の、目当ての作品も盗み出した。そして二つの絵を美術界の権威のところに持ち込んで真贋鑑定を依頼したのである。

 その人物はいささか風変わりな天才肌で、美術のことには心血を注ぐが、そのほかのことにはあまり関心がないタイプの人間だった。要するに、目の前の絵の鑑定作業に興味を示し、その絵がどういう経緯で持ち込まれたかなどという、社会道徳的な問題などはあまり気にしなかったのだ。

 時間がかかると思われた鑑定作業が何とか間に合い、一度帰国した如月が、再び日本をぎりぎりに発って現地に滑り込んだという慌しい状況もあったものの、今のところ計画通りに事が進んでおり、如月は満足していた。


 唯一如月の計画が狂ったのは、オークションの舞台上で如月創一の絵に関しての真贋を発表してほしいという頼みを、怖気づいた支配人がなかなか承知しなかったことだ。

 本来オリジナルと思われていた有名な絵の方を贋作として代わりに出品し、その金は懐に入れてもかまわないという破格の申し出であったにも関わらずだ。

 例え彼が承知しなくても手は考えておいたのだが、小心者の支配人が結局失神してしまったため、計画の微修正を余儀なくされた。

(ここまで来たら、しょうがない。高遠社長あたりがまた怒るだろうけど、俺が支配人役をやるしかないな)

 高遠の顔を思い浮かべてため息を吐いた如月だったが、まあ、ばれなければいいか、と思い直し、即座に計画に微妙に修正を入れながら、開会時刻が間近に迫ったオークション会場に向かった。


 気絶した小心者の支配人は、念のため特殊な薬品を嗅がされ、荷物のように高級車の後ろに転がされて一緒に会場に向かっていた。

 彼の高級スーツの尻には、計画を狂わされたお返しにと、如月に付けられた足型がくっきりはっきり目だっていた。


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