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BLUE WIND  作者: kataru
36/60

36.夕食を一緒に

「如月君のことを聞きまわっている人がいる、ですって?」


 昼休みの保健室で、生徒はもちろん教師からも美人と評判の養護教諭、美咲ゆりが、いつものクールな表情の彼女にしては珍しく驚いた声をあげた。

 クラスマッチ以来、妙に保健室に入り浸るようになった吉村篤志が、傍らのクラスメイト、深町和海に同意を求めた。だが、和海は首を傾げる。

「いや……俺は知らないんだけど。結構クラスの中でも聞かれたやつがいたみたいなんです」

 美咲の切れ長の目に見つめられて、どきどきしながら和海は答えた。

 そう、なぜか和海はそんなやつ全く見てないって言うんだよな、クラスのやつらみんな見かけたって言ってるのに、と吉村は不満そうに言った。

 聞き込みをしていたのがこの深町和海の兄で、弟の友人を疑って、非番の日に勝手に捜査していることがばれないようにわざわざ避けていたということを彼らは知らない。

「とにかく、凌のやつ、何かへんなことに巻き込まれていないか心配になっちゃって」

 和海が不安げに言う。せっかくクラスでの評価が上がった如月なのに、変なやつが身辺を嗅ぎまわっているというのではまた彼の評価を落としかねない。

「俺、別にあの人悪いやつに見えなかったんだけどなあ。結局、俺、悩み相談して慰めてもらっちゃったし」

 吉村が首をひねりながら言う。他人の身辺を探るというどう見ても物騒な人物にそんなことをさせたのはきっとあなただけよ、吉村君、と美咲はあきれたように言った。

 彼女には、そろそろ話題の人物が誰なのか目星が付いてきていた。

「でも、俺、なんか心配だから、今日の帰り凌のうちに寄って行こうかなって思うんだ」

 具合も聞きたいし、という和海に吉村も賛成する。こちらは、如月の住んでいる家を見てみたいという、ほとんど興味半分だ。

 美咲はにっこりと艶やかな笑顔を作った。

「まあ、あなたたち、友達思いのいい子ね。……おたふく風邪ってうつるからなかなかお見舞いに来てもらえないのよ。如月君もきっと喜ぶわ」

「え……」

 二人は同時に言葉を失った。 

 流行性耳下腺炎、通称おたふく風邪。それは学校伝染病に指定され、個人差もあるが、成人男子がかかると生殖器に影響が出て不妊症になることもあるという、思春期男子にとっては恐ろしい病気だ。

「や、やっぱり、今日はやめとこう。もうすぐ期末試験だし、勉強しなくちゃ。なあ、吉村」

「おう、そうだな。それに、病気でしんどいときに押しかけるのも気をつかわせるだろうし」

 見る間に態度を一変させ、慌てて教室に逃げ帰る二人を見送り、やっぱりこの病名にしてよかったわね、とくすくす笑う美咲だった。



 夕方。高遠の携帯に、伝えたいことがある、と美咲からのメールが入ったのは、その日最後に組まれたTAKATOカンパニー本社役員による定例会議中のことだった。

 会議の真っ最中だったにも関わらず、社長である高遠は即座にその場を中座して、メールを返信した。

『了解。タクシーを迎えによこす。食事でもしながら聞かせてくれ』

 そして、目にも留まらぬ早業で携帯のメモリを検索し、なかなか予約が難しい人気の高級フレンチの店に、持てる人脈を駆使して今夜の予約を取り付けたのだった。

 

 ***


 やがて、時刻は午後七時。

 急な予約にも拘わらず見事個室を用意させることに成功した高遠は、恐ろしく美人な元同級生で、憎からず思っている相手を前に、少年のようにどきどきしながら食事を始めた。

 高級食材を使った凝った料理ではあったが、高遠にはそれを味わう心の余裕はなかった。 

 彼女と同じ学校の生徒である如月はともかく、全く職種が違う高遠にとって、普段、二人のうちどちらかが怪我でもしない限り会うことがかなわない相手が、わざわざ連絡をくれたのだ。無駄だとわかっていても色よい展開を期待してしまう。

 給仕に来る店員に配慮して食事中は当たり障りのない会話を続け、デザートとコーヒーが出され一息ついた頃、漸く本題に入ることにした。


「で、伝えたいことって、なんだ?」

「実は、如月君のことなんだけど」

 やっぱりそっちか。内心がっくり肩を落とす高遠だったが、悲しいことに予測していたことだったので即座に気持ちを切り替えることができた。

「如月がどうした? 確か今、海外に行ってるんだよな」

 彼は、次の仕事の下準備のために、仮病を使って学校を休み、海外に出かけている。高遠は彼の出国の手配を手伝ったのだ。帰ってくるのは早くても週末だったはずだ。

 海外で彼に何かあったのか、と危惧する高遠だったが、どうもそういうことではないらしい。

「いえ、彼には何も問題はないわ。ただ、あなたの耳に入れておいたほうがいいと思って。……今、如月君は学校を休んでるんだけれど、最近、彼のことを聞いて回っている人物がいるのよ」

「なに。……ひょっとして、あの刑事か?」

「ご名答。さすがね」

 保健室で聞いた話によると、クラスの中で深町和海だけが如月の事を聞きまわるその男の姿を見ていないそうだ。和海にそれとなく聞いてみると、刑事の兄はここ最近非番の日になにやら出歩き帰りが遅いらしい。

 どうやら、弟に隠れて捜査をしたい事情があの刑事にはあるようだった。

「でも、クラスメイトに聞き込みをされても、やばいことなど出てこないだろう」

 高遠はその点では如月を信頼していた。学校生活ではいくら素行が悪くても、裏で如月が犯罪行為に手を染めていることなど誰にも全く気づかせていないはずだ。

「ええ。もちろんよ。如月君に抜かりはないわ。でも、一応その刑事が聞いて回ってたっていう噂を調べていて……その中に、妙な話を見つけたのよ」

「妙な話?」

 ええ、といったん間を置いてから、美咲はいたずらっぽい表情で言った。


「如月君に、年上の、しかも男の恋人がいるっていうの」

「……は?」


 驚くべき美咲の言葉に、思わず高遠はがくんと顎を落とした。

 だが、彼女が詳しく調べたというその噂の内容を聞いているうちに、その相手の人物が誰だかわかってきた。

「……ひょっとして、それって、この俺か?」

 高遠は渋面を作った。

 その噂が始まった時期というのは、高遠と如月が出会って協力体制をとり始めた頃だ。その頃、二人一緒に怪しげなビルや地下街に潜入して仕事を行ったことがあった。仕事の下準備などの際、連れ立って繁華街周辺をうろついていたのを偶然見られたことが元になってでっち上げられた話なのだろう。

「そうみたい。やるわね、色男さん」

 ひとしきりからかった後、余りにも高遠が落ち込んでいるので、美咲は、ちょっとからかいすぎたか、と内心舌を出しつつ、しょげる相手に声をかけた。

 誰が立てたかわからないそんな噂、きっとあの刑事は引っかかりもしないわよ、と慰める美咲の声を聞きながら、高遠は二人で潜入した最後の仕事のことを思い出していた。



 それは、高遠と如月が知り合って間もない頃だった。

 十分な下調べをしていたので仕事自体はスムーズに運び、裏組織から簡単に資金を頂戴した。だが、撤収のとき、慣れない高遠がミスをして、それをフォローした如月が大怪我を負った。美咲の腕がなければ命の危険さえあったほどの。


 高遠が何を思い出しているか察した様子の美咲も、ふと、顔を曇らせた。

「あの時は、もうだめかと思ったわね。おかげで彼、しばらく学校を休む羽目になったし、傷跡が残っちゃって、水泳はもちろん、半袖の服も着られなくって、体育の単位は全滅だって言ってたわ。まあ、彼はそんなの大して気にしていないみたいだったけど」

 美咲もそのときのことを思い出して顔を顰めた。

 その一件で如月は、高遠を責めることはなく、むしろ自分の方を反省し、それ以来素人の高遠を現場に同行させることはなくなった。高遠の方も、彼の足手まといにならないように外からのサポートに徹するようになった。

 ずっとそうやって来たのだが、この前の如月の負傷で、高遠の考えは変った。

 運よくかすり傷ですんだものの、一人で危険を冒し怪我をした仲間を見て、いつも実行犯として仕事の全てを行う彼の身が改めて心配になった高遠は、今回の仕事は自分も一緒に潜入しようと考えていた。

「……あの仕事でのことは、俺も負い目を持っている。だが、今回のオークション、俺は現場でやつをサポートしたいと思っている」

 もちろん、如月は高遠が彼と同じように危険を冒すことに反対をするだろう。高遠自身も、以前素人の自分が足を引っ張ったことを思い出すとあまり強くは言えない。

 しかし、あれからもう一年だ。自分ももう素人ではない。十分現場でも如月のサポートができると高遠は思うのだ。


 高遠の真剣な顔を見て、敢えて何も言わず、美咲はコーヒーに口をつけた。

 そして、ダイエット中だから、と理由をつけて、意外にも甘い物好きな高遠の皿に、自分のデザートからタルトを一切れ追加して載せてやったのだった。


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