27.クラスマッチ二日目〜卑怯者〜
「おい、まさか……昨日の今日で登校する気か?」
結局昨日は如月ともどもマンションに泊まった高遠朗が目を覚ますと、昨日脇腹を撃たれ、かすり傷とはいえ怪我を負っている如月が、早朝から出かける準備をしていた。
「ああ。今日はクラスマッチ二日目なんだ。着替えに戻らなきゃ」
如月の出番は昨日までだが、今日は和海の駅伝がある。ぜひ応援しなくては。
「クラスマッチ? おい、その傷じゃ無理だぞ。美咲も今日は絶対安静だって言っていた」
「大丈夫。今日は友達の応援だけだよ。それより、昨日ゆりさん来てくれたんだ。社長さん、夜遅くに来た彼女を引き止めちゃったりなんかしたんじゃない?」
あ、それとも、彼女泊まって行ったとか、とからかう口調の如月に、高遠は本気で焦っている。
「ば、ばか。違うって」
真っ赤になるその顔を会社の人間が見たら恐らく仰天するだろう。この人は社長じゃない、よく似た全くの別人だと泣きながら主張するかもしれない。
にやにや笑いながら高遠をかわし、如月は上機嫌で部屋を出た。
「おはよう、和海」
「よお、凌。今日も早いな。感心感心」
登校してきた和海と門のところで顔を合わせた。たまたま通りかかった吉村も二人を見つけて近寄ってくる。
「如月、深町。おはっ」
まだ足首にシップをしていたが、昨日の捻挫は美咲の適切な治療のおかげでほぼ全快したようだ。満面の笑顔を友人二人に向ける。
教室に入ると、昨日のバスケ優勝の立役者の二人がそろってやってきたのを見て、クラスメイトが次々に声をかけに来る。
「吉村、如月。昨日はお疲れさん」
「すごかったよな、試合」
「如月君って、バスケうまいのねえ」
「ほんとほんと。びっくりしたぜ。三年のバスケ部員をばんばん抜いちまうんだもんな」
「俺、昨日の決勝戦、忘れられないぜ」
昨日までと全く違っている、如月に対してのクラスの雰囲気に、嬉しくなりつつ和海は席に向かった。
前の席のはるかと目が合うと、『深町君の狙ったとおりになったね』と笑顔を向けられた。
「さあ、今日は駅伝だな。がんばろうぜ!」
スポ根ものの青春ドラマのような異様な盛り上がりを見せる二年C組だった。
クラスマッチ二日目の競技、駅伝は、学校の周辺を十区に分け、十人一チームで走る。
一区間およそ五キロメートル。最後の十区だけは八キロメートルと最長である。そのため、アンカーも兼ねる十区に各クラスの陸上経験者を持ってくることが多い。C組もアンカーは陸上部で活躍している男子生徒がエントリーされている。
和海は、直前の九区を走ることになっている。和海以外は応援する気がない如月も和海と一緒に九区の中継地点に向かうことにした。
「凌? お前、なんか顔色悪くないか」
日差しの下で如月の顔を見た和海が眉を顰めた。
大丈夫大丈夫、昨日ちょっと寝不足でさ、と笑って返す如月だったが、実は冷たい風にさらされて、昨日追った傷がじんじんと痛んでいた。
だが、我慢できない痛みではない。これくらい誤魔化すのは如月にとってわけないことだ。
「それより、和海、走るの得意なんだな。俺知らなかったよ」
「いや、別に得意ってわけじゃないよ。まあバスケよりはましかなって思って」
「なるほど。でも、すごいぜ。ただ五キロも走るなんて、俺にはできないな」
感心したように言う如月は、小柄で細く、がっしりとは程遠い体型である。和海はくすっと笑った。
「だろうなあ。おまえ細いもん。スタミナなさそう」
如月よりも背が高く、その分体つきもいい和海に言われて、ショックを受ける如月だった。
九区のスタート地点で待つ選手のもとへ、クラスマッチ実行委員からレースの状況がトランシーバーで伝えられる。
二年C組は、二十四チーム中七位と健闘しているようだ。九区の和海で一人か二人抜けば、十区には陸上部期待の星が待っている。ひょっとすると昨日に引き続いて二日連続優勝も夢ではないかもしれない。スポーツ馬鹿の吉村が有頂天になる姿が目に浮かぶようだった。
「C組! 八区のランナーがもう中継所に入ります。準備してください」
実行委員の女生徒の言葉に和海は腰を上げた。
体を温めるために着ていた長袖のジャージを如月に手渡し、軽くジャンプをしてスタートラインに立つ。
「深町、頼むぞ!」
事前情報よりも一つ順位を上げたランナーがぜいぜいと苦しそうな様子で和海にたすきを渡した。
「和海! がんばれよ」
如月も声をかけ、みるみる小さくなっていく和海の背を見送った。
全てのチームのたすきリレーが終わった後で、和海のゴールである十区の中継所に向かうため、ほかの生徒と一緒に歩き出す。近道を歩きながら、ふと、後でここに来るといっていた吉村のことを思い出した。
(和海の応援をするから、九区のスタートまでにはここに来るってあいつ言ってたのにな)
***
その吉村は、約束どおり九区の中継所に向かう途中で信じられない光景を目にしていた。
「早坂! お前、何でここに居るんだ。レースはどうしたんだよ?」
花の十区を走る予定のC組のエースが、今まさにスタンバイをしていなければならないはずの十区の中継所からずっと離れたところに座っていたのだ。
「吉村。俺……」
吉村の姿を見て、早坂は言葉に詰まった。目には泣いた跡があった。
一時間ほど前。レースが中盤に差し掛かったあたりで、中継所にもうすぐ到着しようという早坂の前に、陸上部の先輩が現れた。
そして、自分たちのチームが上位にいけるよう、アンカーを走るのを棄権しろと言われたのだ。
「言うこと聞かないと、春の新人戦の打ち上げで酒を飲んだことをコーチに話すって……。そうなると、俺、次の大会出してもらえなくなるんだ」
ぽつぽつと語る早坂の言葉に、吉村は怒りで真っ赤になった。
「早坂! お前、そんな個人的な理由でクラスのみんなを裏切るつもりかよ! お前がたすきを受け取らなかったら、九区まで走ったやつらの苦労はどうなるんだ」
うな垂れる早坂を怒鳴りつけながら、自分が昨日言われたのと同じことを要求する陸上部の先輩にも吉村は腹が立っていた。
(スポーツやってるくせして、なんて卑怯なやつらなんだ。どうして正々堂々と戦わないんだ。どこの部も同じなのかよ……)
「もういい! 俺が代わりに十区を走ってやる」
言い捨てて吉村は立ち上がった。
「あ、おい。お前、昨日の試合で怪我したんじゃ……。それに、今から行ってももう遅いぜ。さっき九区のたすきリレーが全クラス終了したって言ってたから」
驚いて止める早坂を振り切って吉村は駆け出した。