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BLUE WIND  作者: kataru
26/60

26.傷

 通信機の前で、先刻から高遠は青褪めた顔で座っていた。

 如月が身につけたマイクが音を拾い、現場の状況を高遠に伝えてきている。

(さっき、銃声のような音が聞こえたが……。無事なのか、如月)

 時間がたつほどに不安が募る高遠だったが、今、通信機は全くの沈黙を守っている。どうやら混乱する現場からはうまく脱出できたようだ。

 仲間がどのような状況下にあるのかわからないので今まで様子を見ていたが、ついに痺れを切らせた高遠は、通話マイクを手に取った。


「如月、どうなっている。無事なのか?」


 しばらくして、返答があった。

『……あ、通信機のスイッチ切ってなかったんだっけ。悪い。忘れてたよ』

 ふざけた返答に、心配した分だけぐっと怒りがこみ上げてきた高遠だったが、次の如月の言葉に、それは一気に冷めた。

『悪いけど、社長さん。一働きしてくれる? ……ちょっとどじっちゃって。金の方を取りに来てもらっていいかな?』

 軽い口調はいつもの如月のものだったが、内容はいつもの彼らしからぬものだった。

 自分が回収するはずの金を、予定を変更して高遠に頼むなんて初めてのことだ。それに、今まで失敗知らずの彼がどじったなんて、いったいどうしたというのか。

「いいか、金だけじゃなくてお前も回収に行くからな。金の隣で待っていろ!」

 言い捨てて、高遠は社長室を後にした。



 三十分後。都心から最速で車をとばし、高遠は港街にやってきた。

 取引現場だった無人ビルのあたりは、連なるパトカーのランプで目がちかちかする光景になっている。

 如月に指示された場所で人目を忍んで車から降りると、程なく見慣れた仕事用の袋が狭い路地裏に置かれているのが見えてきた。

 そして、その隣で汚れた壁にもたれ、俯いて座る如月の姿が暗がりにぼんやりと見えた。暗闇にそのまま輪郭から溶けていきそうな、頼りないシルエットだった。

 

 嫌な予感に心臓が強く打つ。

 

 高遠は急ぎ足で近付いた。そばに行って覗き込むと、如月は目を開けて、いつものようににやっと笑った。

「悪いね。社長さん」

「ばかやろう。……傷はどこだ?」

「大丈夫……。掠っただけだから平気だって」

 黒っぽい上着のためあまり目立たないが、如月が手で押さえている左の脇腹付近が血に濡れているのがわかり、高遠は眉を顰めた。

「とにかく、乗れ。美咲に連絡をする。隠れ家まで行こう」

 自分で歩ける、と言う如月に無理に肩を貸し、車に乗せる。一瞬触れた彼の手が恐ろしく冷たくて、高遠は身震いした。

 ゆっくりエンジンをかける高遠に、如月が小さく呟いた。

「社長さん。ゆりさんに連絡を取るなら、伝えておいてくれないか。俺、たぶん現場に……を残してる。処分したいから協力してくれって……」

 エンジン音にかき消されてうまく聞き取れなかった高遠が聞き返したが、もう返答はなかった。さっきまで全く平気そうに見えた如月だったが、車が発進するとすぐに目を閉じ意識を手放していた。


 ***


 数分後。深夜だというのに、高遠から隠れ家のマンションに突然呼び出された美咲ゆりは、如月の傷を診て口を開いた。


「これ、かすり傷ね」


 左側の腰の上辺りを銃弾が掠めており、場所が場所だけに出血は多かったが、臓器損傷などはない。

 撃たれた直後、如月は自分で傷口を押さえて圧迫止血したようで、出血ももうほとんど止まっている。近距離で銃弾が発射されたため傷口には火傷の痕があり、しばらくは痛むだろうが、大怪我というほどでもない。無理をしなければ傷口もすぐにふさがるだろう。

「だが、あの如月が車の中で気絶したんだぞ。本当はもっと大怪我なんじゃないのか」

 心配顔の高遠社長に、美咲は冷たく言った。

「彼、熟睡してるだけみたいよ」

「へ? …………そうなのか」

 一気に脱力する高遠社長であった。 

 今日は寝かせといてあげなさいね、と言って帰り支度を始める美咲を、高遠は慌てて呼び止めた。

「そんなに慌てて帰るなよ。コーヒーでもどうだ?」

「あら、なあに。下心があるんじゃなくて? まあ、いいわ。一杯付き合いましょ」

 栗色の髪を揺らして、美咲ゆりは完璧な笑顔で高遠に微笑んだ。


 コポコポコポ……

 微かな音とともにコーヒーメーカーからはき出される湯気が部屋に広がった。コーヒーの香ばしい匂いが深夜の空気に溶けて、濃密な雰囲気を作り出す。

 高遠朗はコーヒーカップを目の前の女性に差し出した。――彼女の名は美咲ゆり。高遠とは大学のときからの付き合いである。


 美咲は医学部で、外科をはじめ医療技術は教授陣も舌を巻くほどの腕だった。大学病院でしばらく研究に携わっていたが、突然辞めて、母校の青葉南高校で養護教諭の仕事に就いた。

 自分が勤める学校の生徒である如月と組んで、高遠が裏の仕事を始めたときから、美咲は、医療面で二人のフォローを担当していた。もっとも、実行犯である如月が今回のように負傷することは、高遠が胃痛のため泣きついてくる回数よりも希少ではあったが。


「如月君のコーヒーの方が数倍おいしいけど……まあ、これもそう悪くはないわね」

 心をこめて淹れたコーヒーに対して厳しい批評を受けつつ、高遠はベッドで気持ちよさそうにぐっすり眠る如月をちらりと見た。

「如月な……。そういや、最近、あいつ変じゃないか? 急に真面目な高校生ぶったことを言うようになったよな。あと、最近、やつの睡眠不足に拍車がかかっているような気がするんだが」

 心配そうな様子の高遠に、美咲は苦笑した。

「そうね。確かに、最近の彼、急に生活態度が改まったわね。遅刻もしないで登校しているようだし。今日のクラスマッチでも大活躍したらしいわよ」

「あいつが、クラスマッチ?」

「ふふふ。たぶん、彼のおかげね」

 そして、高遠はとうとうずっと疑問に思っていた如月の変化の元凶の名を知ることになる。

「あいつに、普通の友人ができたって? そいつに言われてあの自由奔放なやつが生活態度を改めたってのか。よほど入れ込んでるんだな。名前は……深町和海? 深町……聞いたことあるな」

 考え込む高遠だったが、漸く思い当たった。


「あ、そうか。最近うちの会社を探ってる刑事が確か深町って言うんだ。刑事と同姓なんて、怖い偶然だな」

 はははと笑う高遠に、美咲は笑えない顔で呟いた。

「確か、深町君と同居しているお兄さんが警視庁の刑事らしいわよ」

 養護教諭として、転校生の家族構成や健康面の記録など、前の学校から最近送られてきた書類に目を通したばかりだ。

「え。それマジか」

 自分たちの正体を追う刑事が、初めて如月がもった友人の兄だなんて。

(如月……。不憫だ)

 すっかり同情の視線で、何も知らずすやすや眠る如月を見つめてしまう二人だった。


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