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BLUE WIND  作者: kataru
25/60

25.決行

「おい、お前……いったい何をしてるんだ?」

 仲間に不測の事態を知らせようとした高遠朗は、彼の返事に唖然とした。

 何しろ、如月はいつものように見事な手腕で目的を果たし、後はその場から立ち去るだけ。そうであるにも関わらず、余計なことをしでかそうというのだから。


 高遠たちが麻薬取引用に用意された金を奪うと、取引そのものがなくなり、現場を警察が押さえることができなくなる。そのため、如月はカモフラージュされたスーツケースを残し、取引が開始できるようにしようと思ったのだ。もちろん、開始はできても、警察の介入により強制終了される予定の取引だ。

 如月は奪ったスーツケースから札束の一番上だけを残して金を取り出し、下はただの紙切れにすり替えた。取り出した金は仕事用の袋に詰め、もともとの手はず通りダストシューターから落とした。これは、仕事が完了した後、撤収のときに自ら回収することになっている。

 これで、スーツケースを開けた直後、一瞬普通に札束が詰まっていると思われるだろう。金を数えればどの道ばれてしまうが、そこまでは知ったことではない。要は、相手が到着し取引を始めるまで騙し通すことができればいいのだ。


「だがな……。金の細工はいいが、警備しているやつがそばで伸びてたら、さすがに怪しまれて金に異常がないか調べられるんじゃないか」

 高遠の指摘に如月は、あ、そっか、と間の抜けた声を出した。

「うーん。じゃ、とりあえずここの人たちにはロッカーにでも入ってもらって……。後は、ちょうど俺と似た背格好のやつがいるからそいつの服を借りて俺が取引場所まで金を運ぶよ」

 仲間が運んできた金なら不審に思われることもないだろ、と早速準備にかかる如月に、高遠は、ちょっと待てとストップをかけた。

「何を考えている。直接組織の連中と接触するなんて危険すぎる。それに、現場には警察も来ているんだ。その場を撤収するタイミングを間違うと一緒に捕まるぞ」

 必死で止める高遠に、平気だって、と軽く言い、如月はうるさい通信機のスイッチを切ろうとした……が、今回は切れなかった。

 高遠が、以前の反省を生かして改良したのである。如月の方からは勝手にスイッチを切れなくしてある。よっぽどのこと、例えば如月でも破れない通信機器探知システムが存在し、どうしてもスイッチを切る必要があるという連絡がない限り高遠が通信機を切ることはない。

「くそー。この仕事が終わったら俺がさらに改良してやる」

 そんな文句を言いつつ、しぶしぶ通信機を付けたまま組織の一員に変装した如月は、スーツケースを持って取引現場である二階のフロアに向かった。

 取引開始一時間前である。



 如月の変装が見破られることも、スーツケースの金に不審感を抱かれることもなく、四十分が過ぎた。

 まもなく取引相手が到着するとの報告が入り、現場は急に慌しくなる。そろそろ撤収だな、とスーツケースをさりげなく置いてその場を立ち去ろうとした如月の耳に、緊迫した声が響いた。


「ボス! 警察のやつが張ってました」


 転びそうなほどの慌てようで、手下の一人がフロアに駆け込んできた。

 外の見回りに出ていた彼は、無線連絡を受けたとき一瞬混線したことに不審を持ち、念のため辺りをもう一度念入りに見回った。その結果、目立たない場所で本部との定時連絡を行っていた若い刑事を見つけたのだった。

 手下の後から、数人の仲間がスーツを着た若い男をひっぱって姿を見せた。捕まった刑事の顔には殴られたようなあざが見えた。

(こりゃ、まずいな)

 如月は顔を顰めた。

 麻薬密売組織の連中からすれば、警察に知られた今、取引はもう行えない。取引相手が到着すれば相手にも逮捕の手が及ぶだろう。そうなれば、この世界での信用はがた落ちである。

そんな状況に追い込まれた人間がとる行動といえば――如月には容易に想像がついた。


「こいつ……! 覚悟しろ」

 ボスの怒りは取引を台無しにした刑事に向けられ、その手には銃が握られていた。十メートルほどの距離があるが、裏世界の人間にとって、外すはずもない距離だった。

 すぐそばでボスの指が引き金にかけられると同時に、銃を取り押さえようと如月は動いた。


 ダ───ン


 狭いフロア内に銃声が響いた。

 

 びく、と体を一瞬こわばらせた如月は、銃を持った腕に被さるようにして銃をもぎ取り、床に落とした。そしてそのままがくんと床に片膝をついた。


 銃の残響が消えたのが合図であったかのようにフロアに潜んでいた捜査員たちが突入した。

瞬く間に麻薬組織は総崩れとなった。

 驚いて立ちすくむもの、逃げようとして仲間を突き飛ばすもの、闇雲に相手に突っかかっていこうとするもの。抵抗らしい抵抗もできず、次々に手錠をかけられていった。

 捜査員たちに指示を出しながら、この麻薬組織を追っていた現場チームのリーダー、深町和洋刑事は辺りを見回して、一人の男の姿を探していた。

(確か、直前までスーツケースを持っていたやつだ。あいつらの仲間じゃないのか。磯崎をかばうなんて……)


 ほんの数分前。うっかり組織の人間に居場所を知られて捕らえられ、ピンチに陥った後輩刑事の姿を見たとき、深町を始め警察側には打つ手がなかった。

 自分たちが姿を見せればボスの怒りの火に油を注ぎ、磯崎もろとも全員撃たれるだろう。だが、姿を見せないで麻薬組織の人間すべてを誰一人の犠牲もなく取り押さえることは五分と五分の危うい賭けだった。

 そんな中、今にも撃たれそうになった磯崎を、組織の人間のはずの一人の男が庇ったのだ。銃を握る男の腕に被さるようにして弾道を逸らし、銃を床に落とさせた。

 銃声が響いた瞬間彼の背中がわずかに跳ねた気がした。

 だが、逸らせた弾が当たったのでは、と心配する暇もない。好機を逃さず警察は動いた。その結果、麻薬組織を一網打尽にすることができたのだ。

 しかも、すぐそばまで来ていた海外に本拠地を構える取引相手の方も、もう一つの捜査チームが追っている。結果だけ見れば警察の大勝利だった。

 そして、気がつくと磯崎刑事を庇った男は混乱する現場から煙のように姿をくらましてしまったのだ。


 慌しく動く捜査員の姿を見ながら、深町はうずくまる後輩刑事に近づいた。

「磯崎、平気か?」

「深町さん。俺……。すみません!」

 殴られた後の残る痛々しい顔の磯崎は、深町の方を見ずにうな垂れたまま謝った。

「いや。お前が無事で何よりだ。早く病院に行って来いよ」

 磯崎の肩を軽く叩き、深町はポケットから携帯電話を取り出した。


「……ああ。おれだ。こっちはうまくいった。取引は押さえられたよ。で、そっちのほうはどうだ? 動いたか」


 少し離れた都心の一等地にある大企業TAKATOカンパニー本社ビル前で張っている同僚からすぐに返答があった。

『あ、深町か。こっちは退社時間の後にビルを出たのは秘書の水城さやかだけだ。高遠朗は朝から全く動いていないよ』

「そうか。俺の思い過ごしかな。すまん。張り込みはもういいから、こっちに合流してくれ」

 もともと現場での大捕り物に参加したがっていた同僚の刑事に無理に別行動を頼んだ深町は、電話越しにすまなそうに謝って、通話を切った。

 決して正体を掴ませない謎の窃盗犯一味が、今回の麻薬取引を狙うのではないかと思ったのは、深町の勘だった。

 一味に繋がる人物として睨んでいた高遠が今回動かなかったということは、やつらはこの一件に絡んでいないのか。それとも、そもそも高遠朗が一味に繋がる人物だというのが間違った見立てなのか。


 考え込む深町に、捜査員の一人が近づいてきた。手に、ビニール袋を持っている。

「現場の床に落ちていました。さっき、磯崎刑事が狙われたときのものでしょう」

 証拠品を入れるビニール袋には銃弾が入っていた。

「血がついてる……」

 隣でそれを見上げた磯崎がかすれ声で呟いた。

 深町はすぐに通信機を手に取った。同時にビニール袋を持った捜査員に指示を出す。

「君、そいつは直ちに鑑識に回しておいてくれ。……全捜査員に連絡! 関係者の一人が現場から消えた。銃で傷を負っている模様。たぶん、被弾位置は……左の脇腹だ。麻薬密売の容疑者の逮捕がすみ次第、追ってくれ」

 無線を切った深町は、足早にその場を後にした。


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