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BLUE WIND  作者: kataru
23/60

23.クラスマッチ一日目〜試合の行方〜

 吉村の耳に誰かの話し声が聞こえた。素っ気ない、でもどこか心配そうな柔らかい女性の声。

『……で、あなたの方は大丈夫なの? あなたが来たとき、てっきりまた……だと思ったわ』

 それに苦笑を含んで答える低い少年の声。

『ああ。ちゃんと気をつけてるから、大丈夫。前みたいなことはないよ』

『海外で……の仕事をしたそうじゃない。そのときは?』

『えーと、ちょっと向こうの……のやつに追われたけど、全部うまくかわしたよ』

『本当かしら? もっとわたしを頼ってもいいのよ。危険な……を一人で全部負わなくても』

『ははは。ありがとう、ゆりさん。……あ、そろそろこいつ起こさなきゃ』


 そして。

 ぺちぺち。軽く頬を叩かれる感触がした。

「おおーい。吉村。平気か?」

 如月の声が耳に飛び込んでくる。吉村がはっと身を起こすと、目の前に笑っている如月の顔があった。

「いや、よっぽど痛かったんですね。先生の治療。さすがの吉村も伸びちゃうくらい」

 軽い調子の如月の声で、吉村の頭はだんだんはっきりしてきた。そうだ、試合だ。昼からの、決勝トーナメントはどうなったのか?

「ああ。俺たちは第三試合だからもう少しだな。で、先生、こいつ、出られるんですか」

 如月が時計を見ながら言う。昼休み終了のチャイムが鳴って、既に五分ほど経っていた。

「まあ、あまりお勧めはしないけど、筋は元に戻ったわ。まだちょっと腫れてるから本当は安静にしてたほうが治りが早いんだけど。でも、まあ、痛いのは自分なのだから私は止めはしないわよ」

 美咲の言葉に、吉村は恐る恐る足首を回してみた。痛みは嘘のように引いている。ただし、走ったりすればまた痛み出すとは言われた。

 けれど、吉村の心は決まっていた。

(卑怯な肥口の思い通りにさせてたまるか。絶対試合に出て、実力で勝ってやる!)

 行くぞ、と如月を引っ張って、二人は保健室を後にした。


 ***


 試合開始すれすれに戻ってきた二人を見て、チームメイトはほっとした顔をした。

 予選では二チーム交代に戦ってきたが、明らかに吉村、如月たちのチームの方が力は上だったからだ。

 特に吉村は司令塔として、コートの真ん中をあちこちと動き回り、適切な指示を飛ばしたり、隙を突いてうまくパスを通してチャンスを作った。彼のゲームメイクの手腕なくしてここまで勝ち上がることはなかっただろう。

 如月も素早い動きでボールを奪い、チャンスを作っていた。シュートの機会はあまり巡って来なかったが、少なくとも彼が打ったシュートは確実に得点になった。


 吉村と如月を加えた二−Cチームは、バスケットで大学推薦を決めた選手がいる強豪三−Fチームを相手に、試合開始をむかえた。

「よお、あんまり無理すると足がつぶれるぜ」

 すれ違いざまにほかの誰にも聞こえないような小さい声で、肥口が言った。それに、吉村は無言で肩をそびやかしただけだった。


 試合開始直後の吉村は普段通りの活躍をした。

 だが、試合が進むにつれて、明らかに、その動きはだんだん悪くなっていった。

 それをフォローするように動き回っているのは如月だ。力なく出された吉村からのパスを素早く動いて受け取り、遠くから三ポイントシュートを決めるなど目覚しい活躍を見せている。

 前半が終わってみると、両チームが同点だった。


 ハーフタイムになり、チームメイトがベンチに集まってきた。試合に出ない控えメンバーも心配そうな顔で選手を取り囲む。

「吉村、怪我してるのか?」

 誰の目にもそれは明らかだった。しかし、吉村をベンチに下げる余裕は二−Cにはなかった。それは決勝トーナメントの第一試合敗退を意味する。

 もっとも、それほど勝負に熱くなっていない如月だけは、吉村に無理をさせるより負けた方がましじゃないかと思っていた。でも吉村の意思ははっきりしていたのでわざわざそんな無駄な意見は出さない。

 代わりに、こう提案した。

「吉村は今までのポジションじゃ無理だ。だから、後半戦は、三ポイントを狙える位置で待ってろ。ボールを奪ったやつは吉村にパスを出すんだ」

 いい案に思えた。チームメイトは即座に賛成した。しかし、吉村は渋い顔で首を振る。

「俺にはありがたい意見だが、司令塔がいなけりゃ、パスのルートを読まれる。そのうち、絶対パスは通らなくなるぜ」

 そうだ、だったら、俺の代わりにお前が司令塔をやってくれるか、それならいいぜ、と吉村は、あろうことか自分のポジションに如月を指名してきた。

 残りのメンバーは、即、賛成した。今までの試合を通して如月の実力を認め、そして彼がチームメイトに決して乱暴な言動をしないことが彼らにはわかったからだ。

 如月はそれにかなり驚いた。

 驚きつつも、バスケをこの間知ったばかりの自分ではそんな大役はちょっと、と不安になったりは……もちろんしなかった。

 まあ何とかなるか、と結局は承諾したのだった。


 そして後半戦。

 はるかの隣で試合を見守っていた和海は驚いた。如月がチームの中心で指示を出しているのだ。しかも、彼の指示はたまに的外れなときもあったが、ほとんど的確でうまくゲームを組み立てていった。

 如月はコートの真ん中付近で味方からのボールを受け、うまくドリブルで敵をかわして吉村に確実なパスを出す。それでどんどん点が入った。

 たまにボールを奪った三年生チームが味方のゴールめがけて走り抜けようとすると素早く指示を出しつつ自分もマークにつき、鮮やかにボールを奪い返した。

 試合後半、ボールがセンターラインを超えて味方ゴール側に運ばれることはほとんどなく、ずっと攻め続けの展開だった。

「何者だ、あいつ……」

 試合を見に来たバスケ部員たちから、如月の神業のようなプレーを呆然と見つつ呟く言葉があちこちで聞かれた。



 結局試合は二−Cが勝ち進み、気がついたら、見事優勝していた。

「やった!」

「ばんざい、二−C!」

「お前ら、もうさいこ―!」

 クラス中が、ヒーローであるバスケメンバーを褒め称え、勝利に笑顔があふれた。

 それは、確かに和海の思惑通り、如月がクラス中に認められ、尊敬された瞬間だった。

 そんな中、如月は照れることもなく、得意そうな様子も見せず、試合終了後無理をしすぎて蹲った吉村を引っ張って保健室に行ってしまった。


 みんなで打ち上げに行こうぜ、と盛り上がったクラスメイトが、放課後、保健室に二人を迎えにいったときには、そこには吉村だけがいた。

「あれ? 吉村だけか。如月は?」

 足首にシップをしてもらい、ついでに着替えも済ませた吉村は、肩をすくめて、如月がいつものように急いで帰って行ったことを告げたのだった。


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