22.クラスマッチ一日目〜吉村の受難〜
熱血バスケ少年吉村はもちろん、如月も実は楽しみにしていたらしいクラスマッチの日がやってきた。
朝から教室はお祭り騒ぎに沸いていた。
今日はクラスマッチ一日目。男子のバスケの試合と、女子のドッヂボールが行われる。女子がバスケや駅伝を練習していないのに気づいた和海がはるかに尋ねたところ、女子は毎回、全員参加のクラス総当りドッヂボールと決まっているのだそうだ。
和海たち二年C組の男子バスケメンバーは十人。このメンバーを二チームに分け、交代で予選を戦う。予選は全校を四ブロックに分けたリーグ戦だ。決勝戦はトーナメントになる。決勝にはクラスの二チームのうち活躍したメンバーでチームを再編成して望む臨むことにしている。
ちなみに、これらはすべて熱血のあまり二−Cクラスマッチ団長に選ばれた吉村が決めた。バスケでは当然キャプテンを務める彼のおかげで、人一倍練習時間をとったC組は、ほかのクラスと比べてバスケ部員が少ないにも拘らずほかのチームと引けを取らない実力をつけていた。
そろそろバスケの試合が始まるということで、今日は出番がない駅伝メンバーの和海も体育館に移動した。予選リーグの始めの試合は、如月も吉村もいない方のチームが出るらしい。二試合目がいよいよ彼らの出番だ。
「あれ、凌は?」
選手控え用のベンチに如月の姿がないことに気づき、吉村に声をかける。ちらりと和海の方を見て、自分の試合までには来るさ、と吉村は肩をすくめて見せた。
そんな吉村に、一緒にプレーするメンバーが声をかけてきた。心なしか青褪めている。
「なあ、やっぱり今日、如月も来るんだよな」
「当たり前じゃんか」
「なあ、吉村。何でやつを同じチームにしたんだよ。俺、怖いよ」
「そうそう。パスしないって怒ったりしねえよな」
「それより、シュート外したからって殴られたりして。頼むよ、吉村。あいつを外してくれよー」
「だめだって。もうメンバー登録しちゃってるんだから」
吉村はすました顔で言っているが、心では苦々しく思っているんだろう。
「なるほど。こんなこと言われてたら、如月君もベンチに座る気にならないわよね」
気がつくと和海の隣に河野はるかが立っていた。かなり寒いのにジャージではなく、元気にハーフパンツから膝こぞうがのぞいている。
「河野さん、ドッヂは?」
どきどきしながら和海は尋ねた。
「ん、今からよ。深町君、応援よろしくね」
にっこりとしたはるかの笑顔に、和海は二つ返事で女子のドッヂボールが行われる第二体育館へついていく。
「おおーい。俺たちも今から試合なんだけどー」
吉村の呼ぶ声は全く耳に入らなかった。
***
女子の試合を応援しながら、時々入ってくるバスケの情報に和海は満足げに頷いた。
(やっぱり、強いな、うちのクラス)
練習を重ねただけあって、あっという間に予選リーグをブロック二位の成績で通過してしまったのだ。
今のところ、如月のことについて、いつもはサボる不良が試合に出ている、といった驚きの声はあったが、特にプレーで大きな活躍をしたという驚きの声はなかった。まだそんなに強豪と当たっていないということもあるが、何より、吉村が鍛えすぎて二−Cはたいていのクラスには負けないくらい強くなっていたのだ。
如月のすごさを見せ付けるという本来の目的とはやや外れていたが、自分のクラスが勝っているということは嬉しいものだ。
女子のチームは健闘を見せていたがさっき惜しくも敗れ、優勝の可能性はなくなってしまった。決勝トーナメントからは男子の方の応援に行こう、と思ったが、
(その前に、河野さんをお昼に誘っちゃおうかな)
一瞬にして目的地を変更し、はるかの姿を探す和海だった。
***
決勝トーナメントを目前にして昼食をとろうと学食に向かう吉村を呼び止める声がかかった。
吉村が振り向くと、バスケ部の三年生だった。彼の後ろに同じクラスなのだろうか、バスケ用のゼッケンを付けた大柄な生徒が二人立っている。
肥口というその三年生は、もう受験で部活は引退している時期だが、バスケで大学推薦が決まり、今でもちょくちょく部活に顔を出してくれる先輩だ。
と言っても、最近ではもっぱら手より口出しが多く、二年生の次期キャプテンの吉村とは、練習方法でもめることも多かった。
『だったら、先輩が見本を見せてくださいよ!』
あまりに難しいフォーメーションを言われて、思わずそう言い返してしまったこともある。そのときはうやむやにされてしまい、彼らの模範プレーが披露されることはなかったのだけれど。
「肥口先輩? どうしたんですか」
尋ねる吉村の前に肥口が立った。ちらりと周りを見回し、口を開く。
「吉村、次の決勝トーナメントで、俺たちのクラスと当たるよな」
「ええ。そうですね」
話しているうちに、吉村には相手の意図がわかってきた。
要は、バスケ推薦を決めている自分のチームが下級生チームに負けることはないはずだが、苦しい展開になっても困る。だから、先輩を立てろ、つまり、負けろと言っているのだ。
今、勢いに乗っている二−Cチームだが、その中でバスケ部員は吉村だけである。彼が力を発揮しなければあとは問題にもならない、と肥口は思っているようだった。
「そんなこと、できるわけないじゃないですか」
吐き捨てるように吉村は言った。彼の性格上、そんなアンフェアなことを受容できるはずもなかった。
そして、そんな彼の性格は同じ部活で過ごしてきた肥口もよくわかっていた。
「そう言うと思ったよ。じゃあ、お前が試合でわざと力を抜くっていう望まないことをしなくてもいいようにしてやるよ」
肥口がそう言った途端、今まで黙って見ていたほかの二人が近づいてきた。三年生の中でもあまり柄がよくないといわれている二人だ。吉村はいやな予感がした。
「吉村?」
昼休み終了間近。もうすぐ決勝トーナメントが始まるという時間。
人気のない渡り廊下を通り、体育館へ向かう吉村を見て、如月が声をかけた。午前の試合終了後、同じチームのメンバーと離れて一眠りし、時間になったので体育館に戻っているところで吉村を見かけて声をかけたのだが。彼の様子を見て、如月は眉を顰めた。
「おい、お前、足をどうかしたのか?」
明らかに足を引きずっている。
「いや、ちょっとな。でも、ぜんぜん平気だから」
午後からもがんばろうな、と笑って誤魔化そうとする吉村の腕を、如月はがしっと掴んだ。なんだ、やめろよと抗議する声を無視して、有無を言わせず掴んだ腕を肩に担ぎ、保健室へと向かった。
「捻挫ね」
保健室で彼らを迎えた、生徒の間で美人養護教諭と名高い美咲ゆりは、吉村の腫れた足首を見ながら言った。
「俺、どうしても次の決勝トーナメント出たいんです。先生、痛くないんですから、出ていいでしょう?」
吉村が必死に言う。痛みのため冷や汗をかいているくせして、頑固に出ると言い張る。
足の怪我には何か事情があるな、と、壁際に軽くもたれて手当ての様子を見守りながら如月は思った。
「いいわ。じゃちょっと我慢してね」
と言って、美咲は吉村の足首を細い指でがしっと掴んだ。そして……徐に引っ張ったりぐるぐる回したりし始めた。
「い……いててててててて!」
あまりの痛さに、すうっと気が遠くなっていく吉村だった。