21.如月の事情
「なあ、深町。如月って練習なんかめんどくさいとか言って軽く見るようなやつとは違うと思うんだけど、何で放課後の練習には一回も来ねえのかな」
昼休みの練習が始まって数日たったある日の放課後。
例のごとく帰りのショ−トホームが終わるとともに風のように姿を消した如月を見送って、吉村が不思議そうに言った。
最近、急に仲良くなり、和海も彼と話す時間が増えた。スポーツ馬鹿でバスケのことになると熱血過ぎるが、吉村はやはりいいやつだった。
「凌は、何でだか知らないけど毎日結構遅くまでバイトしてるんだ」
「……へえ」
和海の答えに、吉村は眉を上げた。
「噂では言われてたけど、やっぱり本当だったんだ」
如月凌が学校で禁止されているバイトをしているという、わずかな悪意の混じった噂は、吉村の耳にも入っていた。だが、いろいろな思惑が混じる噂話を、吉村は信用しないようにしていた。
「でもさあ、だったらあいつ結構体力的にきついんじゃねえ?」
練習を始めてからの如月の上達は目覚しく、ついつい熱が入ってきた吉村は、最近は朝錬も行っているのだ。如月は猛反対したが、和海に説得されていやいやながら参加している。
そうは言っても練習を始めればすばらしい動きの如月だったが、その反動か、授業中は以前にも増して本格的に眠るようになっていた。昼休みは練習しているため、昼食もほとんどとっていないだろう。和海や吉村は短い休み時間に早弁をしているが、如月はそれも睡眠時間に当てている。
練習中の動きは全く不調を感じさせず冴えまくっているが、如月の生活を想像すると、他人のことながら心配になる二人だった。
***
友人二人の心配をよそに、如月の生活はますます多忙を極めていた。彼の体力は普通の少年のそれとは桁外れではあったが、学校生活やバイト以外にも、最近は裏の仕事も進めているため、だんだん疲労が蓄積していくのは傍から見ても明らかだった。
「おい、如月。それ、違うだろ」
パソコンを操る如月の手元を見て、高遠が声をかけた。
「あ」
如月が手にしていたのはマウスではなくてそばにあった食べかけのあんぱんだった。
「おいおい。大丈夫か、お前」
高遠社長の心配も無理はない。
深夜に及ぶ打ち合わせの最中に、気がつくと携帯電話と間違えてテレビのリモコンに向かって喋っている彼の姿も見た。そして、如月の飲むコーヒーの濃度が通常より四倍くらい濃くなった。
「ゲッ、もうやめとけ。胃を悪くするぞ」
あまりにもどろどろに濃い液体に恐れをなした胃痛もちの高遠に止められることもあったくらいだ。
「そんな状態で、明日の決行は大丈夫なのか?」
高遠が心配するのは、二人が進めている裏の仕事のことだった。
今回二人が狙うのは、闇の麻薬密売組織だ。最近派手に活動しているその組織が、近々海外からブローカーを招き、大規模な麻薬取引を行うという情報が入ったのは最近のことだ。取引が行われる前にその用意された資金をそっくりいただいてしまおうというのが今回の二人の計画だった。
最近ずっとその準備に追われていた二人が、その組織が取引用に秘密裏に銀行の金を動かしたという情報を掴んだのは昨日のことである。金が動いたことを確認し次第決行、ということは前から決めていた。
ところが、如月は高遠の方をちらりと見ていった。
「その決行日だけど、翌日に延ばしてもいい?」
「何でだ?」
やはり調子が悪いのか、と心配する高遠だったが、如月は首を振った。
「実は、次の日が学校のクラスマッチなんだ。前日は大事をとって、お仕事はなしにしておきたいんだよね」
「…………わかった」
あまりにも健全な仲間の事情に、最近はいちいち驚かなくなった高遠社長だった。