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BLUE WIND  作者: kataru
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20.練習

「凌、待てよ!」


 和海が漸く如月に追いついたのは、校門を出たところだった。

 そのまま駅方面に歩き出そうとする如月の腕にタックルするようにして無理やり立ち止まらせる。

「なんだよ、和海」

「話がある」

「時間がないんだけど。歩きながらでもいいか?」

「ああ」

 本当に急いだ様子の如月に、さっきの態度に腹を立てて追いかけてきたはずの和海もすっと興奮が冷めてくる。

 そうだった。こいつ、何でか知らないけど放課後はバイトしまくってんだった。そんな彼に、放課後を練習のために空けろなんて無理な話だったのかもしれない。


「で、何?」

 隣に並んだ和海を横目で見ながら如月が促した。

「ああ。その……」

「あ、バスケのこと? お前も怒ってんの」

 参ったな、という表情の如月に、和海は首を振る。確かにさっきまではそうだったけど、今は違う。

「違うんだ。……悪い。お前が時間ないの知ってたのに無理にメンバーに入れちゃって」

 力なく言う和海に、逆に如月の方が気を遣ってしまう。

「いやいや。決めるとき寝てた俺も悪いんだ。だから、それはいいんだけど。でも、どうして俺をバスケに押したんだ?」

「俺さ、なんか、お前がクラスで浮いているのがいやなんだ。クラスマッチで活躍したらみんなの目も変わるんじゃないかって思ってさ」

 でも、こんなの大きなお世話だよな、と今さらながら和海は思った。如月が自分だけじゃなくクラスのやつにも認められて、みんなの中で笑っていてほしいなんて、自分の勝手な願望だ。

 如月はそれを聞いて戸惑ったような顔を見せた。

「俺、別にクラスで浮いてても気にならないけど」


 和海にはもちろん言っていないが、如月は学校に長く通うつもりなどなかった。

 父親の手がかりがつかめ次第、何の未練もなくまた旅立つつもりである。だから、素行が悪くて目をつけられようが、留年しようがまったく気にしてはいなかった。――少なくとも、和海と再会するまでは。


「でも、和海がそんなに心配してくれてたんなら、何とかやってみるよ。バスケ」

「え?」

 ぽかんとする和海に、如月は笑顔を向けた。

「だから、和海バスケ教えてくれよな」

「あ、いや。俺、実はバスケできないんだ」

「なにー! 自分ができもしないのに、同じ立場の俺をメンバーに押したのかよ」

 憤慨する如月に、確かにそうだな、と和海は反省した。

「じゃあさ、俺が交代しようか?」

「え、ほんと? 和海は何に出るんだ」

「駅伝だけど」

 これなら、走るだけ。特に練習も必要ないだろう。そう説明する和海の前で、如月がぶんぶんと首を振った。

「…………遠慮します。バスケでいい」

 スポーツ万能で、瞬発力も器用さも抜群の如月だったが、唯一、持久力だけは自信がなかった。


「ところで、お前、ほんとに放課後練習できるの?」

 心配顔の和海に、如月は自信たっぷりに答えた。

「いいや!」

「おい。話が違うじゃないか」

「練習するとは言ったけど、放課後はバイトがあるから無理だ。だから、それ以外の時間にやればいいんだよ」

「まさか、授業中に、なんて言わないよな」

「あれ、何でわかったの」

「おい! それじゃ本末転倒だ!」

 青筋を立てる和海に、如月は冗談冗談と笑い、駅前の駐輪場に入っていった。ほどなく、大きなバイクを押して出てきた。いつの間にか制服の上に明るいグレーのロングコートを羽織っている。

「おいっ。バイク通学は禁止だろ」

「大丈夫。通学用じゃないから」

 これは、通勤用、とにっこりと笑って言って、ポケットからサングラスを出してかけた。ぱっと見ると、とても高校生には見えないいでたちになる。じゃあねと言ってひらりと手を振ると、如月はものすごい勢いでバイクを発進させていった。


 

 それから数日後。


 昼休み。学食に急ぐ吉村篤志よしむらあつしの耳にダンダンというボールの音が聞こえた。あれは、バスケットボールのドリブルの音か? でも、誰もが昼食をとるこの時間、体育館を使用しているクラスはないはずだ。

 気になって体育館をのぞいて見た吉村の目の前に、白い影がさっと走っていった。ドリブルをしているとは思えない素早さだった。

 そのままゴール下まで行ってシュートをする。

 わずかに外れた。

(おしい。体を妙にひねりすぎだ)

 そう吉村が思ったとき、いったん着地した影がすぐに飛び上がった。自分が外したボールを再び空中でキャッチしてそのままもう一度リングに投げ込む。

 小柄だがものすごい跳躍力だった。今度こそボールはゴールに吸い込まれた。とんっと軽く着地した人物を見て、吉村は固まった。

(如月!)

 学ランを脱いだだけで、カッターシャツに普段用の上履きのままボールを追っていたのは、練習なんかする気もなさそうだった、吉村の中ではとっくにメンバーから除外決定の如月凌だった。

 

 その途端、ポン、と後ろから肩を叩かれた。

「吉村? こんなとこで何見てんの」

「あ……深町?」

 そこにはパックのジュースを手に持った深町和海が立っていた。和海は吉村の視線の先を見て、舌を出した。

「体育館、使用禁止の時間なんだけど、凌が休み時間しか練習できないって言うからさ。悪いけどこれ、内緒な」

 口止め料、と飲みかけのジュースを手渡されそうになって、吉村はあわてて尋ねた。

「それより、何で如月が練習をしてるんだ?」

 なぜか和海は困った顔になった。

「実は俺さ、お前に、凌はバスケ上手だって言っただろ。あれ、嘘なんだよね」

「嘘?」

「ああ。実は見たこともなかったらしくて。で、俺も小学校のとき授業で習ったくらいの知識しかないんだけど、教えてんの」

 俺が記憶を頼りにシュートとか教えたから、凌もなんか変なフォームになっちゃって、練習にも行き詰ってるところ、と和海は情けなさそうに言った。

(だからなのか。動きは素早いし身体能力は高そうなのに、なんかフォームに無駄が多いんだよな。しかもドリブルとか反則すれすれだし)

 納得顔の吉村の腕を、和海はさっさと引っ張って中に連れ込んだ。


「お、おい。何すんだよ深町」

「悪いけどさ、吉村、凌にバスケ教えてやってくれ」


 有無を言わせない強引な誘いに、結局、熱血バスケ少年は昼食も返上でバスケの個人練習に付き合わされる羽目になったのだった。



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