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BLUE WIND  作者: kataru
19/60

19.反感

「バスケは今日の放課後から練習だってさ」


 和海の言葉に、帰り支度をしていた如月は訝しげな顔を向けた。

「俺、部活やってないけど?」

「知ってるよ。誰が部活の話してるんだよ」

「お前」

「こら、指さすな。……だから、俺が言ってるのは、クラスマッチの話だよ」

「クラスマッチ?」

 何それ、ときょとんとする如月を見て和海はしめしめと思った。

 

 はるかの話では、彼はこれまでクラスマッチの種目決めはずっとサボっており、練習はおろか当日も例のごとく欠席で、何の競技にも出ていないということだった。

 そこで、今回は先手を打ったのだ。

 先ほどのロングホームルームの議題はクラスマッチの競技決め。そのため休み時間から寝ていた如月を敢えて起こさず、勝手にバスケにエントリーした和海だった。

 バスケは、練習期間が短いわりに毎年レベルが高いためバスケ部員を含め経験者のみエントリーできるということだったので、勝手に如月を経験者だと売り込んでおいた。ちなみに、和海自身はバスケ経験がないためやむなく駅伝になった。


「……なんで俺、バスケになってんだ?」

 エントリーした記憶がないのだけれど、と不思議がる如月の肩を和海はぽんと叩いた。

「寝てたお前が悪い」

 きっぱり。

「とにかく、決まったからには頑張れよ」

 にっこり。

 途端に、如月は困ったような顔になった。

「ええと、バスケってどんな競技だっけ」

「……は? なに言ってんだ」

「俺、やったことないから知らないんだ」

「でも、見たことくらいは……」

「ない」

(そう言えば、こいつ、五年前にも、野球やサッカーっていう誰でも知っているような競技も始めは知らないと言っていた。それでも、やり方を教えればすぐに覚えたけど)

 でも、まさか、高校生にもなってこんなにポピュラーなバスケを知らないなんて思わなかった。和海だって学校の授業でしかやったことはないけれど、ルールくらいは知っている。

 でもいまさら仕方がない。どうせほかのチームメイトはバスケの経験者だ。練習しているうちに如月ならすぐにコツを掴んでうまくなるだろう。

「まあ、とにかく、練習頑張ってな」

 にっこり笑って励ました和海だったが、如月はますます困った顔になった。

「練習なんて、俺、無理だぜ。放課後時間ないし」

 何しろ、週に五つもバイトを掛け持ちしているのだ。生活がかかっているので遅刻したり休んだりするわけにもいかない。最近、真面目に最後まで授業を受けているので、これでもぎりぎりなのだ。それに仕事の打ち合わせだってある。

「とにかく、無理だから」

 言い捨てると、如月は慌てて教室を出て行った。

 仕方なくそれを見送る和海の横から声がかけられた。


「あいつ、今日の練習、無理だって?」


 クラスで唯一のバスケ部員だという男子生徒だった。クラスマッチに燃えているようで、今日からバスケチームは練習だと決めたのも彼だった。確か、名前は吉村といったか。

「ああ。急だったから予定入ってたみたいでさ」

 自分のことのようにすまなそうにする和海に、吉村は苦笑した。

「まあ、突然決めたからな。今日はしょうがねえよ。でも、あいつがバスケ経験者なんて、お前よく知ってたよな」

「あ……ああ。あいつとは小学校のとき一緒に遊んだ中でさ。バスケ、超得意だったぜ(練習すれば、多分)」

 見えない部分に冷や汗をかきながら和海は答えた。

 ふうん、だからあの如月を名前で呼んでるんだな、と吉村は全く疑っていない。

「とにかく、凌も、明日からは練習参加するって言ってた(と思う)」

「そっか。じゃ、深町も駅伝頑張れよ。絶対両方優勝しような!」

 吉村は爽やかに言って、バスケのチームメイトのほうへ歩いていった。


 吉村って、初めて話したけどさっぱりしてて結構いいやつだな、と思いながら手を振る和海の耳に、こんな会話が飛び込んできた。その内容に、和海は思わず顔をこわばらせた。

「おい、吉村。やっぱり如月来ないって?」

「ああ。なんか今日は用事があるみたいだな」

「ほら、やっぱりな」

「やっぱりって、何のことだよ?」

「吉村も知ってるじゃん。あいついつもクラスマッチ当日は欠席だぜ。今回もきっと出る気なんかないんだよ」

 数人の声が相槌をうち、さらに追い討ちをかけるように続いた。

「そうだって。あんな不良が真面目にスポーツなんかするかよ」

「俺、賭けてもいい。あいつ一回も練習来ないぜ」

「そうそう。で、当日もすっぽかしだな」

 聞いていた和海はだんだん腹が立ってきた。こいつらはまた、本人のいないところで……!


 そのとき、ちょっと怒ったような吉村の声が聞こえた。


「ばか。チームメイトをこき下ろしてどうすんだよ。あいつ、明日は練習に来るってんだから、もうそんなこと言うなって」

 強い口調だった。

 なんだ、あいつの肩持つのか、と弱弱しく反論をするやつもいたが、だんだん収まり、バスケ参加者の集団は当面の練習場である裏庭に行ってしまった。

(吉村って、やっぱいいやつだな)

 なんだか嬉しくなってきた和海だった。


 

 ところが次の日。


「如月、練習行くぜ。裏庭のバスケゴールのところだからな」

 放課後、わざわざ席の前まで来て声をかけてくれた吉村をちらっと見て、如月は言った。

「悪いな。時間ないんだ」

「……なんだと?」

 爽やかなバスケ少年の目が据わった。声が一段低くなる。

「なら、明日はこれるのか」

「いや、明日も無理そうだな」

「明後日は」

「うーん。十分くらいなら?」

「おい、ふざけんなよ!」

 ついに、吉村が切れた。

 怒りに任せた勢いで如月の胸倉に掴みかかろうとした。だが、それをあっさりかわして、如月は横をすり抜けていく。悪いな、と言葉を残して。

 憤りのあまりぷるぷる拳を震わせる吉村は、心配して駆け寄るバスケのメンバーに叫んだ。

「ふっざけんな、如月! もう知らねえ。試合になんか、出すもんかよ!」

 昨日は如月への誹謗中傷を止めてくれた吉村だったが、練習に来るつもりがなさそうな如月の態度に、かなり強く反感を持ったようだった。爽やかバスケ少年に見せかけて、じつは暑苦しい熱血スポーツ馬鹿だったのである。


 如月の言動を思い出すと、そんな吉村の態度も無理ないよな、と思いつつ和海は如月を追いかけた。



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