17.変化
「……で、結局は無事にピンチを乗り切ったってわけだね」
さすが社長さん、と心にもないことを言ってぱちぱちと拍手をする男を、高遠はぎっと睨みつけた。
まずい、と如月は首をすくめる。
「それというのも、お前が携帯の緊急連絡を無視するからだ!」
いったいどうするんだ、警察に目を付けられたんだぞ、と憤る高遠社長をまあまあ、と宥めつつ、如月は思案する。
(警察も結構やるじゃん。全く証拠を残さなかったのに高遠社長にたどり着くなんて。……でもまあ、確実なものは何も掴めていないはずだ。社長さんが捕まる心配は今のところないはず)
何しろ、犯行当日高遠社長は現場にいなかった。侵入して仕事をしたのは如月だ。
高遠は犯行のサポートをしたとはいっても、傍受不可能な通信機で、安全な場所から侵入路の指示をしただけだ。如月が彼との通信記録を証拠として提出でもしない限り、社長自らが盗みに関わったという証拠は何も出てこないはずだ。
如月があまりに動じないので高遠もだんだん気持ちが落ち着いてきた。
(まあ、こいつの仕事は完璧だ。警察が真相にたどり着くことはないだろうな)
漸く肩の力を抜いた高遠は、部屋に備え付けの高級ソファに背を預けた。
ここはいつものマンションの一室だ。警察の目が気になるこの現状でも、セキュリティが万全のこの建物内では張り込みや居場所の特定は不可能である。
かちゃり、という音とともに高遠の目の前に湯気の立つコーヒーが置かれた。高遠の胃の調子を心配してか、ミルクが多めに入っている。如月が淹れる薫り高いコーヒーと、甘いミルクの匂いがいい感じに溶け合って高遠の鼻をくすぐった。
「ああ。すまんな」
笑顔を見せてカップを受け取る高遠に、如月も、どういたしまして、と笑みを見せる。なんだか妙に寛いだ雰囲気になった。今まで仕事のとき以外で接点を持たなかった二人だったので、こんな穏やかな雰囲気に浸るのは初めてだった。
「ところで、一つ聞いていいか」
この心地いい雰囲気を壊す気はないが、高遠には、どうしても相棒に聞いておきたいことがあった。
「どーぞ」
如月も和やかに答える。
「昼間、どうして携帯に出られなかったんだ?」
一応聞いた高遠だったが、内心、今回のことで怒るのはもうよそうと思っていた。
普段から如月はよほどのことがない限りめったに高遠からの連絡をやり過ごしたことはない。バイト中でもない限り必ず電話に出るし、その場で取ることができなかった場合でもすぐにかけ直してくる。……まあ、仕事の最中に通信を切られたことはあるが。
「ああ、そのことだけど」
如月が思い出したように言った。
「俺、今後授業中は携帯に出ないことにしたから」
「…………は?」
「いや、だって、授業をサボるわけにいかないじゃん。当たり前のことだろ?」
笑顔で如月は言う。言ってることは間違ってない。確かにその通りである。一般高校生としてはそれが正しい。だが。
「確か、以前に如月、お前が『どんなときでも情報を見つけたら必ず連絡しろ。授業中だろうと関係がない。一秒を争うときがあるから後でなんて思うな』って私に約束させたんだよな?」
高遠は記憶を頼りに言う。なんだか、百八十度違うことを言われたので、いまいち自信がない。
「ああ、確かにそう言った。でも、やっぱり高校生なんだから真面目に学校に通わなくっちゃね。友達に心配かけちゃ悪いし」
あ、遅刻もなるべくしたくないから、これからは夜の打ち合わせも早めに切り上げるからね、となんだかとろけそうに嬉しそうな顔で言う如月に、高遠は絶句した。
……何が、こいつを変化させたんだ。
いくら考えてもわからなかった。