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BLUE WIND  作者: kataru
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11.真夜中の会談

 和海の方はと言うと、あっという間に去って行く如月を唖然として見送ったあと、とりあえず兄の鍵で部屋に入った。

 台所に立つと、まず、疲れた様子の和洋にお茶をいれて渡してやる。

 サンキュと言って笑顔で受け取った和洋だったが、一口飲んだ後、渋い顔をして、そこに座りなさいとテーブルを指差した。お茶が苦かったわけではない。


「で、和海。さっきのやつは誰なんだ」

 思春期の娘を持った父親のように、和洋は苦い顔でとんとんとテーブルのふちを指で叩く。

「如月のこと?」

「如月って言うのか。あいつとどこで知り合ったんだ」

 こんな夜に家に来るなんて、と憤慨している和洋だったが、まだ九時前だ。

「あいつは、高校のクラスメイトだよ。隣の席なんだ。で、今日たまたま町で会ったんだ」

「こんな遅くに? お前、町をふらふらしてたのか」

 和洋の目つきが鋭くなる。

「違うって。教科書を買いに行ってたんじゃないか」

「ああ……そっか」

 自分が今日、金を置いて出たことを和洋は思い出した。

 けれど、なんで偶然会ったクラスメイトが家まで来るんだ、と再びテーブルを指で叩く。

「あのな、和海。あいつは不良だぞ」

 何しろ、深夜の飲み屋街をうろついていたのだ。彼が高校生だとすれば不良と言われてもおかしくない行為だ。

 不良、という言葉に和海は引っかかったようだった。途端に兄にくってかかった。

「凌は不良なんかじゃねえ。今日だって、俺がうっかり道で摺られた教科書代を取り返してくれたし、ここに来たのだって、鍵がなくて締め出された俺のために鍵を開けてくれようとしたんだからな!」

 同居してから初めて見る和海の剣幕に驚いたので、そのとき、和洋は弟が言った内容を聞き流してしまった。だが、落ち着いてよく考えると……

(人ごみで摺りから財布を取り返した? オートロックを素人が自力で解除しようとした? 何者だよそいつ)

 和海のフォローは、とにかくそんな怪しいやつをかわいい弟に関わらせないぞ、と兄に硬く決心させただけだった。



 それから二時間後。住宅街の分譲マンションのエントランスに怪しい人影が立っていた。

 見た目からして怪しかった。黒いロングコートに身を包み、顔の半分を覆うくらいのマスクをしている。そして、極めつけはこの時間帯に全く必要ないであろうサングラス。その用途が日よけではなく、顔を隠すためであることは子どもでもわかる。

 姿を見られたくないが故の格好のであろうが、明らかに目立っている。このまま街中を歩けば怪しさのあまり通報されてしまうことは間違いない。

 ちょうどそのときマンションに到着した高遠朗は、その男の姿を見て頭を抱えたくなった。

「……なんだ、その格好は」

「あ、遅かったじゃん。社長さん」

 陽気な声は、予想通り自分よりずっと年下の仲間のものだった。


 如月凌――裏の仕事の仲間である。高遠よりずっと年下だが、仕事の上では彼の方がずっと能力が高い。各国の主要言語は不自由なく話すことができ、記憶力はコンピュータの如く正確。メカ、工作、プログラミングの腕は専門家並み。運動神経も抜群。

 如月は仕事の計画、潜入、裏工作、実行など、すべてのミッションを一人で行うことができる。仲間だといっても高遠にできるのは、裏や表の顔の広さを生かした情報収集や、潜入の際のサポートぐらいだ。それも、如月が「楽しちゃった」と言って喜ぶ類のものである。労さえ厭わなければなんでもできる如月に、実際のところ協力者は必要ない。

 それくらい高遠はこの仲間を信頼していた。――彼の天才的な仕事の腕だけは。

 仕事以外の如月は、常に面白味を求める彼の人生観に基づくはた迷惑な言動や、危機感の薄い能天気な性格など、高遠に心配をかけ通しだ。仕事では非の打ち所のない仲間だが、なぜか高遠が心因性の胃痛に苛まれる原因の80%は彼が作っているのだった。


「とりあえず、部屋に入ろう」

 あまりにも怪しすぎる仲間の格好を見て知らず胃を押さえながら、高遠は力なく呟いた。

 マンションの監視カメラの死角を歩き、如月と高遠はいつもの部屋に到着した。ここは仕事の打ち合わせ用にと、架空の名義で高遠が用意した部屋である。

 如月は部屋に入ると、早速お気に入りのソファーの定位置に身を沈めた。少し遅れて、コートを脱いだ高遠が向かいに腰を下ろした。

「……で、その奇天烈な格好はなんなんだ」

 俺の胃への嫌がらせか、と内心思いながら高遠が聞いた。

 部屋に入ると、自動的に定められた室内温度になるよう設定している空調が、低い音を立てて動き出した。温かい風が流れてくるのを待っていた如月は着ていた怪しげな扮装をようやく脱いで無造作にソファーの背に放り投げた。

「ああ、これ? あまり遅くに高校生の外見で歩くと、警察に目をつけられちゃうからね。用心のために」


 如月は、先日うっかり補導されかけた相手が大切な友人、和海の兄だったことに対して非常に落ち込んでいた。

 きっと印象は最悪だろう。家で和海にもきっと、あいつは不良だから近づくなとか何とか説教したに違いない。

 これ以上悪い印象を与えないようにしなくてはならない。もう決して夜の街をふらふら歩く姿など見せないようにしなくては。

 そういうわけで、急遽顔を見られない扮装を考えたというわけだった。……必死で考えたそれがあまりに極端な格好だったのは、彼の動揺の大きさを物語っている。

 もっとも、そんな個人的な詳しいいきさつは高遠には一切語らなかった。


 何を今さら、と高遠は思った。

 そもそも普段の素行からして、如月が街中で補導されかかったことはこれまで数え切れないくらいあったはずだ。しかし、夜遅くに繁華街をうろつく若者はいくらでもいるから、警察に補導されたからといって如月の裏の仕事に気づかれるはずがない。

(いや、まてよ。突然警察の目を気にしだしたのには何かわけがあるのか)

 そう思い立って如月の身を案じ始めた高遠だったが、続けられた如月の声に、思わず脱力した。


「それにさあ、不良と思われるのやだし」

 

 ゴン。


「おーい。すごい音したけど、ひたい大丈夫?」

 如月の、心配そうな声。だが、何かがずれている。

 今まで学校関係者に見られても、そのために不良呼ばわりされても、如月には気にした素振りは微塵もなかった。学校の生活指導の先生に見つかってもしれっと逃げおおせていたし、規則を堂々と破って深夜のバイトだってしているではないか。間違いなく学校では性行不良の問題児と言うレッテルをべったり張られているだろう。

(そもそも、不良と思われたくないのなら、何でその格好なんだ? ……いや、もう詳しく聞くのはやめよう。くそっ、さっきからやけに胃が痛い……)


 高遠社長の胃の痛みとともに、真夜中の会談はまだまだ続く。


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