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BLUE WIND  作者: kataru
10/60

10.あってほしくない再会

 結局、如月に案内してもらい、和海は無事に教科書を買うことができた。

 和海を本屋まで案内した如月は慌ててバイトに向かった。向かう方向が繁華街の方だったことで、クラスのやつに知られたらまた如月が不良だって誤解されるんじゃないかと和海の表情は曇った。

 彼らは本当の如月を知らない。

 如月は不良の問題児なんかじゃない。それどころか、クラスのやつから羨ましがられたり、憧れられたりしてもおかしくない。いや、そうなるべき人間だ。だって、五年前のガキの頃でさえ、大人顔負けにいろんなことができたし、和海が引き合わせた友人たちみんなが彼に惹かれたのだ。笑顔が似合う、さっぱりした性格のいいやつだったんだ。

 高校生活を彼と一緒に送ってきたクラスメイトより、子どもの頃たった数週間一緒に過ごしただけの自分の方が如月を理解しているなんてなんだか寂しいと思った。


 悶々と考えているうち近所のコンビニにたどり着いた。夕食を今から作るには時間が遅すぎるだろう。今日は弁当でも買って帰ろう。  

 そう思った途端、自分がオートロックによって締め出されていたことを思い出した。兄貴が先に帰ってるといいんだけど……。

 ことさらゆっくり弁当を選び、ついでに雑誌のコーナーで立ち読みをして時間をつぶした後、恐る恐る家に戻ってみた。

 玄関のノブを回す――開かない。

 ドアチャイムを鳴らしてみる――反応なし。

 期待を裏切り、まだ兄の和洋は帰宅していないようだった。



「あー、寒い。腹減った」

 思わず、情けない声が出る。時計を見ると、八時半。結局、家を出てから三時間近くたっている。

 空腹に負けて、和海はマンションの下の公園で弁当を食べることにした。不審人物に見られたって知るものか。かえって通報されたほうが兄貴に連絡がついていいかもしれない。

 公園のベンチでまだ温もりが残るコンビ二弁当を広げようとしたときブウォンとエンジン音がして、公園の入り口に一台のバイクが止まった。街灯の明かりに照らされ、大きな車体を停めてメットを取る人物の首で黒いマフラーが揺れているのが見えた。

「和海? こんな寒いところで何やってんだ」

 さっき別れた如月の声がした。バイクを入り口に置いてこちらへ走ってくる。

「凌、お前こそ、バイトは?」

 逆に聞き返してしまう。だって、あんなに慌てて行ったのに。

 如月は決まり悪そうに笑った。

「あー、あまりにもぴんぴんして行ったら怪しまれると思って、ちょっと具合悪そうな演技をしたら、心配されちゃってさ。いつも頑張ってるんだから今日は帰って休めってさ」

 店から追い出されちゃて今帰ってるところ、と如月は肩をすくめて見せる。で、お前はどうしたの、と和海の顔と膝の上の弁当を交互に見た。

 あまりにも間抜けすぎて話したくなかったが、誤魔化しようがない。和海は小さな声でオートロックに締め出されたことを話した。……案の定、豪快に笑い飛ばされた。


「……まだ笑ってるのかよ」

 マンションの階段を上りながら、隣で肩を震わせる如月を睨み、和海が不機嫌な声を出す。それに、ごめんごめんと謝りながら、如月はまた口元を綻ばせた。

(そうじゃないんだ、和海。お前のことを馬鹿にして笑ってるんじゃない。あんまりお前が変わってないからあの頃のことを思い出しちゃったんだよ)

 如月にとって、和海は特別な友人だった。

 物心着いたときから父親に連れられて放浪生活をしていた如月にとって、同年代の少年たちと遊びに明け暮れるという子どもらしい時間を過ごしたのはあの夏だけだった。

 あの楽しくて特別な夏をもたらしてくれたのは和海の一言だった。


『あのさあ、暇なら一緒に遊ばない?』


 自分に言っているのか、と驚き、始めはなんとも間抜けな反応を返してしまった如月少年だった。


 あの街を離れてから如月の生活は変わった。

 楽しかった夏のつけを払うかのように、一気に生活が暗転した。父親が突然失踪し、生死は未だ不明。独りぼっちになった十二歳の如月は生きていくために自分の能力を駆使して金を稼いだ。もう、普通の少年になりようがなかった。

 そして今も、以前と違って学校に通ってはいるが、普通の高校生ではありえないことに手を染めている。

 裏の仕事は必要があってやっていることだったから、どうせやるなら楽しんでやろうと決めていた。小さな頃から普通の人がしない突飛な生活をし、普通の人がしない苦労をしてきた如月少年はそんな風に人生を達観していた。

 そんな彼にとって、別れてからも時々ふっと思い出す記憶の中の和海は眩しすぎる存在だった。当たり前の日常を送り、光の中を堂々と歩く普通の少年。――俺もそうなりたかったな。ときどきそう思わないでもなかった。

 和海にとってあの夏は当たり前の日常の一こまに過ぎなかっただろう。

 友達に囲まれて普通の日常を続けていくうちに俺のことなんて忘れちゃうんだろうな、と思っていたので、思いがけず再会した彼が自分のことを覚えていてくれたと知ったとき如月は驚いた。

 昼間学校で会ったときは自己紹介しても反応がなく、自分のことなど忘れているようだったので、やっぱりなと思っていた。でも、どうやら思い出してくれたらしい。

 やったぜ、ラッキー! 如月は心の中でガッツポーズをして、後ろにバク転をばっちりきめた気分だった。

 そして、心に誓った。

(絶対、秘密がばれないようにしよう。意地でも隠し通してやる。そしてまた、和海と友達になるんだ)


「着いたぜ。おい、凌。何、ぼんやりしてるんだ」

 気がつくと、マンションの一室の前に立ち止まった和海が怪訝そうに如月を見ていた。

「ああ、悪い悪い」

 笑って誤魔化しながら如月もドアの前に立った。さっきの話の流れから、締め出された和海のためにドアの鍵を開けてやろうということになったのだ。

「でも、凌。ほんとにこんなオートロックなんてものが付いてるドアが開けられるのか?都会のやつってそんなことできるの」

「ああ。任せて。都会ではよくあることだから、対処の仕方もちゃんと知ってるよ」

 もちろん、そんなわけがない。締め出される間抜けな都会人がそうそう居るわけがないし、もし締め出されたとしたらそれはもうビルの管理人か専門業者に頼むしかない。素人に開けられるわけがない。

 けれど、器用な如月にとっては簡単なことだった。鍵に近づき、その芸術的な技を披露しようとした途端、後ろから、鋭い声がかけられた。


「おい、何してる!」


 そこには、グレーのスーツを着た、長身の男が立っていた。

「あ。兄貴じゃん」

 突然の声に、如月同様驚いていた和海だったが、すぐにそれが誰だかわかったようだった。

 そして、如月も瞬時にその相手のことを見て顔を顰めた。

(うわ、まずい)



 深町和洋は、今朝弟に教科書代を渡そうと無理に仕事を切り上げて帰ってきたため、昼前に再び呼び出され、昨夜の大物企業と裏組織の一斉検挙の後始末に追われていた。

 そしてくたびれ果てて漸く帰宅すると玄関の前で怪しい人影が立っていたのだ。思わずドスのきいた声も出ようというものだ。     

 そのうちの一人がかわいい弟だとわかってひとまず緊張を緩めた和洋だったが、近づいてみるともう一人の人物にも見覚えがあった。

「お前は……、ひょっとして、あのときの不良少年じゃないか」

「……その節はどうも」

 三日前、高遠社長に頼まれた仕事に向かう前に繁華街で如月を補導しようとした刑事。それこそが、目の前の男、和海の兄だったのだ。


 それから後は、窃盗、詐欺、身分詐称を難なくこなす天才的能力を総動員して何とかその場をやり過ごし、如月は風のようにその場を離れた。

 和海のマンションから遠ざかりながら、われながら苦しい誤魔化し方をしたと思わず苦笑が漏れた。高遠社長あたりが聞いたら大笑いするだろう。

(それにしても、あの刑事が和海の兄貴だったとはね)

 あって欲しくない再会だった。

 補導されかかったとき、自分はどうやってやり過ごしたんだったか……

 たしか、あらぬほうを指差して『あ、引ったくり!』と叫び、相手が気を取られた隙に足にものを言わせて振り切った……ような気がする。

(あー、さいあく)

 がっくり肩を落としつつ、それでも、和海と友達になることはあきらめないと誓う如月だった。



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