1.秘密の仕事
日付が変わろうという時間になっても、不夜城である首都の街は寝静まるということはない。しかし、昼間と比べれば活動する人間もぐっと減るというもので、少なくなった活動している人間たちも、昼間に比べると真っ当でない確率が高い。
オフィス街の中でも一際目立つ高層ビルにたった今忍び込んだ影も、そういう真っ当でない人物の一人だ。小柄で細身。線の細いシルエットは、未成年のものか。
有名な大手警備会社の機械に特殊な磁気を帯びたカードを近づけ、本社に記録を送る回線を無効にしたあと、慣れた様子でポケットから数枚のカードを取り出し、機械警備を解除していく。
やがて、音もなく開いた強化ガラスの自動扉の隙間にするりと体を滑り込ませると、あっという間に暗闇にまぎれた。
「なんか、病院みたい」
塵ひとつない、清潔を通り越して無機質な通路を歩きながら、少年は顔を顰めた。
警備を無効化しているため、無人となったこのビルを歩き回ってもセンサーに反応はない。といっても、用事が終われば警備は復活させておくつもりだ。
普段はここを歩く会社役員たちの磨き上げられた靴の音がカツカツと高らかに響く廊下であるが、今は全くの無音である。少年は無造作に歩いているようでいて、一切音を立てない。彼を取り巻く空気が動いているだけだ。
やがて、落ち着いたマホガニー製の扉が見えてくると、少年はその前に立ち止まった。
「到着」
低い声で呟く。襟元につけた小型マイクが彼の声を拾い、一瞬後、耳元でワイヤレスのイヤホンから、了解、と返答があった。
外見からは、マイクは襟元のボタン、イヤホンはピアスにしか見えない。全く普通のいでたちに見えるが、実は少年はほかにもいろいろな道具を身につけている。装備していないものは、人を傷つける武器の類だけだ。
皮膚と全く同じ色をした薄い手袋をはめた手が扉の取っ手にかけられようとした寸前、ぴたりと止まる。
どうした、とイヤホンから不審そうな声がかかる。もう室内に侵入したのか、と。
「いや、まだだ」
低く答えつつ、懐から取り出した箱状の機器をドアに近づける。幾つかのボタンを操り、メーターをちらりと見た後、やけに楽しそうな声で少年は告げた。
「事前情報と様子が変っている。どうやら室内に、独自の警備が追加されているようだな」
息を呑む声がイヤホン越しに聞こえ、すぐに冷静さを取り戻した声で、じゃあ、撤収だな、と確認してきた。
このような稼業をしている以上、想定外のことが起きれば、すぐに事後策を練らねばならない。新たな警備がどのようなものか、情報はないのだし、そのための用意もしてきていないはずだ。
無茶は即、身の破滅につながる。
仲間の確認は、至極当然のことと思えた。
だが、少年にとっては当然のことではなかった。
「何言ってんの。せっかく面白くなってきたんじゃない。破らせてもらおうじゃないの」
この日最大の楽しそうな声がして、インカムの向こうの人物が必死に制止しようとした気配を察したのだろう、あろうことか、通信機器のスイッチを切ってしまった。
***
数分後、少年を案ずる仲間のもとへ、再び通信が復活した。
「お仕事、完了♪」
ちょろい、ちょろいと、鼻歌のおまけつきだった。
初めて書いた長編小説もどきです。自分の好きなものを詰め込んで書きました。楽しんでいただけると嬉しいです。ご意見、ご感想等、どうぞよろしくお願いします。