憎悪
目覚ましが鳴り響きカーテンの隙間からは朝日が覗く。
俺は、眠い目をこすり、睡眠中に丸まった背中を思いっきり伸ばした。
五月二十日、晴れ、今日もまた一日が始まった。
俺は日課のジョギングを済ませ既に母さんと父さんが座る朝食の席に着いた。
三柴家では特別な用事でも無い限り、朝食は家族皆で食べる決まりで、この日もそれに違わす俺と母さんと父さんの家族三人でテーブルを囲んでいた。
母さんが目玉やきを食べようと口に運んだとき思い出したように、
「母さんそう言えば今朝、ジョギング中に銀次を見掛けたよ。駅前の交差点で朝早くから隣地区の生徒と喧嘩してた」
朝食の場は家族団欒の場であり、家族とのコミュニケーションを子供の頃から徹底していた三柴家の近状報告の場でもある。
俺は早速、今朝の見た出来事を母さん達に話した。
銀次は近所では有名な不良少年で、悪い噂の絶えない人物だ。
中には犯罪に近い噂までありその中のいくつかは事実が紛れ込んでいると専ら噂で、その何個かは事実だと俺は思っている
。
火の無い所に煙はたたないとはよく言ったものだと思う。
「怖いわねぇ、明人あんまり、ああいう人とは付き合わないほうがいいわよ」
もちろん、頼まれても仲良くするつもりはない、俺はここ
「それよりも透、そろそろ学校に行く時間じゃないの?」
母さんに言われ時計を確認すれば家を出る予定の七時半を既に回っていた。
「あっやばっ! それじゃあ行ってきます」
俺は慌てて席を立ち靴を履いて玄関の戸を開けた。
何時もは歩いて行くところ、今日は走ってバスの停留所にむかった。
その甲斐あってか、遅れることなく目的のバスに乗ることはできたのだが、ここで顔をしかめることが起こる。
いつもはもっと遅いバスに乗る銀次が既に乗っていたのだ。
さっきまで喧嘩してたということもあって、目に何か圧を感じさせるものが残っている。
俺は、できるだけ目を合わせないようにして、銀次から離れた後ろの席に座った。
バスの窓から外をみると、スーツ姿の会社員が足早に歩いて
る。
あまりこういう景色は好きじゃない、どちらかというとみんな比較的急ぐことなくゆったりと進んでいるように感じる昼のほうが俺は好きだ。
そんなことを考えていると前から息をあげながら乗ってくるおばあさんが目にはいった。
周りを見ると席は空いていないようだ。
ほぼ無意識的に席を立つ。
「席どうぞ」
「ありがとう。貴方、優しいのね」
慣れ親しんだ「優しいのね」という言葉は俺の心を動かすことなく。ただのいつもどおりに挨拶として補完される。
どこにいっても、どんなときでも
俺は優しい人だと言われ続けてきた。
みんなに自分の印象を聞いても優しい人とまず一番に来る人それが俺だった。
「いや、当たり前のことをしたまでですよ」
ほんとに当然のことをしたまでだ。
よく席を譲らない人を見かけるが全く信じられない。
そう思いながら窓の外を見たとき窓に淡く映った銀次が席を立った。
まだまだ学校まであるぞ?そう思い銀次の方に目をやると、銀次はまっすぐに運転席に向かう。
何か嫌な気がする。そう思ったときにはもう遅く。
銀次のポケットから出てきた、鈍く光る銀色の刃は運転者の首元にピタリと押さえつけられていた。
「おい!!
このバスは俺がハイジャックした!!!」
最初みんなは何が起こったかわからずその場であちこちを見渡し状況を把握し始めたヒトからどんどん空気が凍りつき始める。
意外だったのはみんなの行動だった。
平日の朝のしかも利用者が全員高校生以上ということもあって、皆怖がりはするものの、下手に騒ぎ出すこともなく銀次を逆上させることはなかった。
銀次は運転手に向かって近くにいるのにわざわざ叫ぶ。
「このバスにある金を全部よこせ!!」
「えっ、あ、っ」
「さっさとしろ!」
銀次は首に刃を押し付ける。
「早くしねぇと、このナイフがお前の首をどうなるかわかってるんだろうな!!」
運転手はいち早くお金の入ってるボックスのようなものを見る。
「運転してる状態で開けるのは、、、」
運転手は消え入りそうな声で言った。
「じゃあ、バスのスピードを上げろ!しばらく走れ!警察が来ねぇとこまで走れ!」
「はい!」運転手はバスのスピードを上げた。
そのまま二時間近くずっと運転手は首元にナイフを当たられながら走り続けた。しかし、もう運転手の限界だった。
怖さの限界に達したのか、どんどんハンドルを持つ手に力がなくなってきた。
気づくとバスはカーブを曲がりきれず、道から乗り上げ乗客全員は衝撃でその場に倒れた。
そしてバスは急激な坂道に耐えられず横転した。
乗客36名中20人死亡、残り16人重軽傷、その死亡20人中に俺は含まれていた。