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最終話 星に願いを

 いつの間にか全員が手に持っていたクラッカーを一斉に鳴らす。なんだなんだ? サムライブルーの凱旋帰国? えっ、なんかキャンペーンに入賞でもしたっけ? ???


「おめでとうございま~~す」


 さっきまで激オコだったはずの小山社員が小さな花束を手に近づいてくる。


 ん? 


 そうか…… そうだった…… 


 忘れてた……  私、誕生日じゃん。。。


 こんな小さな支社なんですもの。お誕生日くらいささやかにお祝いしましょうよ。そう発案したのは私だった。四年前の着任日。自分の誕生日が過ぎていたこともあって、気楽な気持ちでそう持ちかけた。あの時、自分は支社長だということを忘れ、ただ、思いつきでアイデアを出しただけだった。

 あれからずっと、誰かの誕生日には決まって花束が贈られるようになった。ほんの思いつきなのに、みんなよく付き合ってくれるわ、そう思っていた。


 だけど…… よくよく考えれば、あれは私の命令だったのだ…… 不用意に、なんの考えもなく口にしたこともでも、今のこのオフィスの中で、私の言葉はほとんどが命令として伝わるのだ。


 そんな当たり前のことにも気づいてなかったなんて……


 自分はなにもできちゃいない。ただ、お飾りとしてこの場所にいるだけ。彼や彼女たちに選ばれた存在でもなんでもない。それなのに、偶然居合わせたこのメンバー達は、ちゃんと御輿を担いでくれている…… だから、ここはちゃんと回転している……


 特別な存在でありたい、日本一になりたい…… そんなこと、意味があったのかしら。。。


「え~、それでは、恒例でございますので、ご本人からお誕生日のご発声をいただきたいと存じます。諸事情により、何度目のお誕生日であるかの発表は控えさせていただきますので、各自余計なご推測などされないように。 では、足立さん、どうぞ」


 地味だとばかり思っていた葛原に、いいように仕切られて挨拶させられる。


「みなさん…… 」


 並んだ顔をひとりひとり見渡す。彼らのこと、ついさっきまで、無愛想だの不機嫌そうだの、鼻毛抜いてるだの、ゴシップばっかだなどと思っていた自分が情けなく恥ずかしい。もっというと、日本一の支社にするのだと思いあがっていたこと、なにもできていないなんて不満に感じていたことも含め、ここ数日間の自分が情けなく恥ずかしかった。そんなことを思うからか、次の言葉がなかなか見つからない。


「みなさん…… ありがとう。みなさんも、健康には気をつけて……」


 涙声で健康に注意…… しばし沈黙…… 一瞬にして凍りつくメンバーの顔、顔、顔……


 ハッ! 


「あっ! ごめん! なんでもないよ! 健康診断全部マルだから! ホント、健康なのよ! うそっ! ごめ~ん、そういうんじゃないから!」


 懸命に言い訳する遥。涙声で言葉少なに語ったかと思えば、慌てふためいて言い訳している…… 


 そんな遥の姿がおかしかったのか、嘱託社員の美濃さんが爆笑し始めた。その大笑いが徐々にメンバーに伝播し、いつのまにかオフィスには、飛び切り明るい笑い声が溢れた。



✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤✤



 メンバーから背中を押されるように、遥はその日、夕方早くオフィスを後にした。まだ明るいうちに帰るなんて、少し罪悪感。夫の恭平に今日は早いよとメッセージを入れると、駅で待ってると返信があった。


 改札を出ると、娘の知佳が走り寄り、夫の恭平は軽く右手を上げた。娘のリクエストでチェーンのイタリアンの店に入り、パスタとピザを注文し、恭平とグラスワインで乾杯した。帰り道、デパ地下でチーズとワイン、それと知佳が選んだデザート類を買い足して、梅雨明け間近の夕闇の中をバスに揺られた。


 知佳が眠ってしまうと、窓際に椅子とテーブルを寄せて、恭平とふたりで遠い都心の夜明かりを眺めながらワインを飲んだ。こういうこと、ここに移り住んだ頃には時々あったような気がするが、この四年の間には一度もなかったかもしれない。


「もうじき七夕だね」


 時計が午前零時を回る頃、恭平がふとそんなことを口にした。


「ホントだね。お母さんも、いっそのこともう一日出産を遅らせてくれれば、私も晴れて七夕が誕生日だったのに……残念だわ」


「そう? 誕生日を祝っていると七夕の日がやってくる、そっちのほうがよくないか?」


「そうかなぁ…… 七夕は明日の夜だよ。織姫と彦星は明日の夜、天の川が夜空を彩る頃、ようやく会えるんだよぉ」


「いや、午前零時を回ると会って、明日の夜、午前零時を前に離れ離れになる」


「え~~~、じゃあ明日雨になるとどうなるのさ?」


「そりゃ…… そのまま一年間一緒に暮らすわけだよ。帰れないから仕方なく」


「え~~~、仕方なくなの! ショック……」


「なんだよ、ショックでも一年間一緒のほうがいいだろ?」


「…… そうかもしれないけど」


「そんなもんだよ。何かが特別であるより、何も特別じゃないことの連続のほうがいいんだよ、何事も」


 恭平は時々こんな意味のあるようなないようなことを言って遥を不思議がらせた。でも、そうかもしれない。特別な何かより、何も特別じゃないことの連続、それも素敵なことかもしれない。


「私ね、まだがんばろうと思ったよ、今日」


「おやおや、先週の内示の日にはこんな会社もう辞めてやる! くらいの勢いだったけどね」


「人間だもの、そんな日もあります」


「簡単に立ち直るところが遥のいいところかもね」


「立ち直ったんじゃありません。気づいたんです」


「そう。よかった」


 それっきり恭平は黙ったまま静かにワイングラスを傾けた。


『星に願いを…… 支社のメンバーがそれぞれに夢を叶えられますように』


 なんとなくそんな気分だった。


 でも、ついでにこんなお願いをしていた遥を、神様はちゃんと知っている。


『来年こそ、本店に異動になりますように……』


 そんな遥のことを知ってか知らずか、恭平は穏やかな顔でうたた寝を始めた。


『あの頃の未来…… いる感じかも』


 遥はなんとなく嬉しくなって、ごくりとワインを飲み干した。天の川は見えないけれど、都会の明るい夜空に、ひとつふたつの星がきらめいていた。

最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。

励みにもなりますので、様々ご意見ご感想をお聞かせくださいますと喜びます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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