登校と確認
梅雨明け特有のじめじめとした暑さの中。普段より小さい歩幅で学校へ向かうユウは周りの視線を気にしながら歩いていた。
「なぁ……あんな子うちの学校に居たか?」
「さあ?少なくともウチのクラスには居ないな」
「だよなー」
「…………」
高校近くの駅前に着いて登校中の学生が多くなるにつれて増えていく視線。そして聞こえてくるひそひそ所の音量では無いひそひそ話。
「おいあれって」
「昨日放課後ウワサになってた謎の転校生か?」
「は?何その話?詳しく聞かせろ」
「ああ実はな……」
「うっわ!何あの子胸ヤバい」
「スタイル良いしモデルさんみたい」
「アイドルの卵かもしれない!地方営業とかで来たとか?」
「下積み時代かー大変そう」
そんな大層な者ではないのだがと思いながらも無言を貫く。そして校門の数百m前に差し掛かった所で見知った背中を見掛ける。
「でさーその子が使うデッキがめっちゃ強くてさーもうボッコボッコにされたんだよ」
「あー……俺も初見で負けたわ。強すぎんだよなー」
「お前もか!それでガッチガチに対策したデッキでフルボッコにしたわ」
「ひっでぇな。地道にデッキ強化して辛勝した俺に謝れ!」
などと新しく買ったゲームとやらで別の友達と盛り上がっている阿久根である。いつもならユウが先に登校していて阿久根が後ろから追い付くというパターンが多いのだが、今日ばかりは歩幅やらで後ろを追いかける形になってしまっている。
「あ………」
声を掛けようとするが途中で止める。分かる訳無いよなと勝手に寂しさを感じながら口を閉じて楽しそうに話す阿久根の姿を遠目で見守りながら学校への門を潜ろうとするが。
「そこの髪の長い女子生徒ちょっと来なさい」
校門前にいる生徒指導の先生がユウに対して声をかける。先生に呼ばれた事により周りの視線が一気に集まる。
「……?自分ですか?」
「そうだ」
生徒指導の先生から怪訝な目を向けられる。何か校則違反でもしたっけと思いながら先生の下に行き事情を聞く。
「なんでしょうか?」
「君この学校では見ない顔だな。転校生が来るとは聞いてないし……生徒手帳は持っているのか?」
「えーと……はい。これでいいですか」
「中身を見せて貰う」
「はい構いませんが……あっメモ帳の欄も確認するのをお勧めします」
そういう事かと鞄に入れてある生徒手帳を提示する。そして生徒手帳を受け取り中身を確認した生徒指導の先生が「ん?」と疑問を持ち言われた通りにメモ帳欄を見る。
そこに書かれているのは谷先生と学年主任が書いたユウ本人である事を証明したサインである。しっかりと印鑑も押されているので証拠として十分だろう。
「ああ。君がか……いや悪かった実際見てないから分からんもんでな。通っていいぞ」
「はい。それとおはようございます」
「はいおはよう。すまなかったな」
「普通わかりませんし気にしてないです」
生徒手帳が返されて再度鞄にしまい今度こそ門を潜る。より集まった視線に対して何か言いたいが言える筈も無く早足で下駄箱へと向かう。
「届く……か?」
今の身長より20cm程高い自身の下駄箱の位置を見上げて上履きに履き替え脱いだローファーを持って腕を伸ばす。
「あっ普通に届きそ……う?」
ふと腕が軽くなる。後ろから誰かがローファーを持ち代わりに入れたのだ。重なる手の先を見て後ろを向く。
「ありがとう……?」
「どういたしまして?てかやっぱりお前ユウか」
「…………」
視線の先にはもう先に教室に行ったと思い込んでいた阿久根の姿があった。呆れ顔をしている阿久根であるが呼ばれたユウは驚きと共に1歩2歩と後退る。
「昨日休んだって言って心配したらっておーい?」
「…………!!」
呆れ顔のまま話しかけてくる阿久根の横をすり抜け顔を俯かせて走り出してしまう。それを見てどうかしたかと思いながら追いかける事無く見送る阿久根であった。
一方で話しかけられたユウはと言えば。
(俺だって気付いてくれた!けど知られたのがめっちゃ恥ずかしい!なんでだ!?てか何で分かったんだ!?やっぱりってなんだ!でも嬉しい!)
元凶の姉以外で変わった姿を見て一発で理解してくれた幼馴染に嬉しく思いながらもよく分からない感情を抱いたまま谷先生の居る職員室へと駆け込む。
………
「おーす。おはよう委員長」
「おはよう阿久根くん。なんか狐につままれた顔をしているわよ」
「いやーこれは言っていいのか?」
「どうしたの?ってそう言えば那谷くんは?今日は来れるって言ってなかった?」
「あー……来てるには来てるんだがな……」
「歯切れが悪いわね」
「おはよう阿久根くん。ユウくんは一緒じゃないの?」
「あー……うん。もうユウが来てから事情聴いてくれ」
どう説明すんだよと説明した所で高橋以外に理解されねーよと他のクラスメイトにも問いただされながら阿久根はただただ「学校には居る。あとは本人に聞け」以外の事が言えなかった。
…………
「あらおはよう那谷さん。息切らしてるけど大丈夫?」
「はぁ……はい。大丈夫です。おはようございます谷先生」
「それで那谷さん。来て早々悪いんだけど1つ確認しても良いかしら」
「なんでしょう」
「貴女の紹介は朝のホームルームでいいのよね?」
「……はい。それでお願いします」
自分の変化を受け入れてくれるかという不安が昨日からずっとある。だが少なくともクラスで1人は理解して尚態度を変えない人が居てくれる。不安と緊張の中でそれが今の救いである。
そうして時間が過ぎて朝を始めるチャイムが鳴るのであった。