学校と不安
助けて。コメディーが息してないの。
買い物後、時間にして16時前である。通常なら6限目の終わりに差し掛かる辺りであろう。そんな授業中の間にユウは姉と共に学校の面談室を訪れていた。
「……という訳でして」
「はあ……事情は分かりました。そちらの女子になった那谷君は通学の意志があると言う事ですね」
「はい」
担任の先生である「谷 忍」と学年主任は顔を合わせて「どうしましょう」と言った感じであった。
前もって連絡しておいた学校に来たら事務の人に身分証明書として姉は運転免許をユウは学生証を提示して来客証を貰い担任を呼び出して貰った。何事かと駆けつけて来た谷先生に事情を説明して、自分だけではと谷先生が学年主任にも相談を持ち掛け同様の事情を話して今に至る。
「本人であるという証言はご家族からも頂いているので勿論通学は出来ますが……」
「ですが?」
「いえ……何分性別が変わった生徒というのは初めてなモノでして。正直どう対処すればいいのかと」
「ご家族曰く一時的なモノだと仰ってましたがそれでも性別が変わるというのは大きな事でして」
「そう……ですよね」
性別が変わるだけで学校生活でも変えなきゃいけない事は沢山ある。何を女性として何を男性として振り分けるか……一番分かりやすいのは体育の授業だろう。ユウ自身は男子としての授業を望むであろうが体は女子である。男子として扱っても体がついて行けないだろうし、他の男子生徒からの視線や扱いも別物になってしまう事は想像に難くない。
「意識が男性でも体が女性である以上、授業……学校上では女子生徒として扱ってしまう事になりますが那谷君はそれでよろしいですか?」
「…………学校側が言うなら従います」
「わかりました。では他の担当教師にも伝えておきます」
その後は生徒手帳に記載されている女子生徒としての注意点の確認といくつかの決め事を行う。
「制服と体操着は女子の物を使用する事。トイレは教員用の女子トイレを使用して下さい。ロッカー等は前の場所のを、背が届かない場合は空いている所を使う事。更衣室はクラスメイトと相談して場合によっては女子トイレの使用を……一先ずこれ位でしょうか。那谷君これから大変でしょうけど先生達も支えますから頑張りなさい」
「……はい」
「ご家族も支えてあげて下さい」
「勿論です」
話し合いの終わりと共に授業終了のチャイムが鳴る。谷先生は帰りのホームルームでクラスメイトだけにでも報告するか?と尋ねるが明日の方が良いと断ってしまう。
「では那谷君また明日。制服なんかは忘れずに買う様にね。朝は職員室に必ず寄る事。お姉さんも本日はご足労いただきありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ急にすいませんでした。ユウの事よろしくお願いします」
挨拶を済まして谷先生と面談室前で別れ購買部に寄り夏用のシャツ3着にブレザー2着、スカート2着に学校指定ソックス3着と体操服2着、ローファー1足と上履1足その他小物の購入を済ませる。
途中ホームルームが終わった生徒達が目撃して転校生か!?と話題になったのは後に知る事になる。
……
一方教室はと言えば。
「えー。今日は休みの那谷君ですが明日から来れるそうです。今しがた連絡を貰いました」
「あっよかった。ユウくん来れるんですね」
「てかセンセー欠席理由は聞いてないんですか?」
「欠席理由は聞きましたが……まあ説明出来るものでは無いです。命に別状とかそんな理由では無いから安心して」
「はーい」
…………
……………………
「ただいまーはぁ」
「お疲れ様ユウ。今日はもうゆっくりしといて。家の事はやっておくから」
「でも姉さん昨日まで仕事で疲れているだろうし手伝うよ」
「い!い!か!ら!買った物を整理でもして部屋で休んでて!」
「……わかったよ」
手洗いうがいを済ませて姉に言われた通りに買った物を自室まで運び買って来たカラーボックス2つに服と下着とを分けて入れ込み制服はハンガーに掛けておく。ある程度部屋を整理して布団を敷き寝転ぶ。
「……本当に女になったんだな」
今更ながらにそう呟き腕で目を抑える。本当に急で心の整理がつかずに流れるままに行動した一日であった。こうして時間が出来てしまうと意識していなかった不安が募っていってしまう。
「…………ってアレ?何で涙が……?」
止まれと思うも意志に反して涙が溢れ出る。外では緊張と他者の視線があったために思っていた以上に溜め込んでいた気持ちが、家に帰って来て1人である安心感と共に出てしまった。
何度止まれと思っても止まる事は無い。そんな涙の意味を理解してしまう。
「………………やっぱりさ……不安だよ姉さん。周りの反応も何もかもが怖いよ……」
諦めて気持ちに逆らわずに言葉にする。
「学校には行きたいけどさ……男として皆とバカやって過ごしていきたいよ」
今の姉には絶対に見せられない不安そうな声と顔。それでも止まらないし止められない。
「いつ戻るんだよ……疲れるよ……大変なんだよ……」
何かを言う度に涙が溢れ出てしまう。
「………ッ!」
朝の姉と同じ様に声を押し殺す。これ以上は言ってはいけない事だから。今の自分では耐えられない事だから。そうして思考を放棄し眠りに就く。姉が起こしに来たのは3時間後の事であった。