帰宅と置き土産
大変お待たせしました。久々に文章を書きました。
「ただいま」
「おかえりーお風呂にする?ご飯にする?」
マンションの入り口で阿久根と別れ、玄関のドアを開けると、姉が新婚2択をリビングで迫った。
「先にご飯かな。てか姉さんはゆっくりしてて。自分で出来るから」
ユウはキッチンに置かれたラップを被せてあるおかずを横目に、疲れているであろう姉は休む様に促す。
「ねぇユウ」
「ん?何?」
おかずと味噌汁を温めていると、姉が話しかける。
「学校どうだった?困った事無い?」
ユウの女子としての初めての学校生活。それを心配そうに尋ねる。
「あー……困ったというより、気疲れしたな。正直落ち着かなかった」
「うん……そうだよね。学校でも気を張るよね。ただでさえ慣れない体だし」
「とはいえ、まさか阿久根の家で寝落ちするとは思わなかった。昨日に続いてごめん姉さん」
「ううん……ユウは気にしないで。本当はもっと落ち着いてから行っても良かったのに」
苦い顔をするユウを姉は宥める。
「明日からは流石に視線は減る……はず」
「いやー……まあうん、そうだと良いね」
ユウの思惑は叶わないだろうと思いながらも、曖昧に返すしかない姉。物珍しさ「だけ」で1週間は間違いなく視線が集まると予想していた。
ボーッとしながら女性となったユウの体を……胸を眺める。そこで思う事はただ1つ。
「男子からの視線は減らないだろうね」
ユウが自分の体である事と、好きな相手が相手なだけに、女性の体格を気にする事は少ないが、健全な男性なら見ざるを得ない体つきだろう。
その自覚無き弟……妹はご飯を温め終わりリビングの席に着く。
「いただきます」
「召し上がれ」
早速食べ始めるユウ。今日は昨日の様な暗さは無く、だが明るい訳でも無く黙々と食べ進める。前と比べて小さくなった口に、ちまちまとご飯を運ぶ。
男の時と違い可愛らしく見えるその動作に笑みを浮かべながら、退屈しない様に話しかける。
「朋也君と公美ちゃんはどうだった?やっぱり驚いた?」
「ん?……んぐ。まあ驚いてた。てか驚かない人はいないと思う」
「確かに」
そして倉須院の事も交えながらも、各々のリアクションを語って行く。やはり親友の事となるとユウの憂いは減り、明るい口調になる。
「長良さんは、最初こそ驚いてたけど、割と淡々と対応して来たなぁ……ただ午後辺りから呼び方が那谷さんになるのは勘弁」
「あはは……倉須院さんらしいかな。完全に女子扱いだ」
「高橋さんが一番リアクション大きかったかな。でも今までと変わらず接してくれてる。むしろ前よりも距離が近い……かな?」
「うん、まあ距離は近くなっただろうね。身長と性別的に」
「んで阿久根は……昨日から分かってたっぽい。リアクションが一番薄かった。躊躇いなく話しかけてくれたし。あれで救われたよホント」
「朋也君は変わらずかー。彼らしいね」
その後クラスメイトの話を聞き、幼馴染2人はユウを男性扱いで、他は女子扱いかな?と辺りを付ける姉。そんな風に話が弾みながらも、ユウの食事が終わり片していく。
「私がやっとくからお風呂入ってきて。時間かかるだろうし」
「え、でも……」
「いーいーかーらー。一時髪解かずに寝たから痛んでるだろうし」
「うぐっ!」
大切な髪の事を指摘されると声が詰まる。ある種の忘れ形見であるそれを無碍には扱えない為、ユウが折れるしかなかった。
「……わかった。入ってくるよ」
「素直でよろしい」
そうしてお風呂の道具と着替えを取りに部屋へ向かうユウ。そこで自分の机の上に見知らぬ紙袋が置いてあった。
「なんだこれ?」
茶色いそれを持ち上げる。中は覗けず閉じてある紙袋を訝しむ。重さは軽い方であるが、中身は検討が付かない、付くはずも無い。
「姉さんなら知ってるかな」
お風呂道具を取る前に紙袋を持って姉の下へとんぼ返り。この紙袋は何なのか尋ねる。
「あーそれね。遼子がユウに必要になるだろうから渡してって。会社の備品を詰めた物だって」
「備品?なんだそりゃ?ここで開けて良いのかな」
「いいんじゃないかな?変な物入れる性格でも無いし」
姉が言うなら間違いは無いだろう。そう思って中身を確認すると。
「……」
束の間の硬直の後にサッと袋を閉じるユウ。その顔は真っ赤で理解したくないけど、理解してるという表情である。何が入っているのか姉は知らない。が、凡その予想は付く。
「……ユウ」
「……はい」
「その中身……もしかしなくてもさ」
「……」
「せい……」
言葉を聞かずに紙袋を置いて逃げ出すユウ。それは昨日のユウの心理状況的に買えなかった類の物であった。そもそも本当にあるのかも怪しいのが本音だ。
「確かに持ってた方が良いけどさ……今のユウには荷が重いよ遼子」
姉が置き去りにされた紙袋の中身を確認して苦笑い。敷くタイプと差し込むタイプ両方のそれと痛み止め、中が見えない様にするための白色のポーチまで入っていた。
溜息と共に中身を取り出し、白いポーチに詰めておく。そしてドタドタとお風呂に向かう音を聞き、その白いポーチを置手紙と共に部屋に置いておく。
『使うかどうかは別として鞄に入れとけばいいと思う』
そう書くしかなかった姉であった。




