阿久根家と帰り
「……んぁ?」
すっかり眠っていたユウが目を覚ます。部電気が消されているが感覚で幼馴染の部屋だと気付く。ゴムを解かれた髪に気付かずに寝ぼけたまま枕元に置かれていた携帯を手に取り時間を確認する。
「…………って8時過ぎてるじゃねぇか!とにかく姉さんに連絡を!ん?」
慌てて姉に連絡を入れようとしたユウであるが先に連絡が来ている事に気付く。内容は阿久根から連絡は貰っているからゆっくりしててという物であった。あと帰りは気を付ける様にと。
「うわー……姉さんに2日連続で任せる事になるとは……連絡入れてくれた阿久根にも感謝しないとな」
それに加えて自分がベッド占領して寝ていた事の罪悪感もある。
「なんにせよ起きないと」
ベッドから起き上がり服を整えて部屋を出る。阿久根が居るであろうリビングへ顔を出す。
「すまん寝ちまった……ん?」
今は夜8時過ぎである。当然ながら阿久根家の家族は全員揃っている時間である。阿久根とその母は変化について知っていたが父と弟は説明されているか知らない。
リアクションを見るにしていない様だと察する。阿久根の表情からすると忘れてた訳ではなく説明出来なかったという感じである。
「朋也。確か那谷くんが来てると言っていなかったか?」
「そうだぜ兄貴。どう見てもユウ兄じゃねぇじゃん。彼女か?」
「違うっての。こいつが正真正銘本物のユウなんだよ」
なあとユウにも説得するように目線を送る。幼馴染と自分にあらぬ誤解が生まれぬようにと言葉を選びながら説明する。
「どうも。こんな見た目と体ですが本当に那谷ユウです。お邪魔してます智雄おじさんに和弥。おじさんは……えーと去年の冬休み以来で和弥は春休みに一度会ってるか」
「む……下の名前を知っているか」
「俺のもだ。兄貴どこまで教えてんの彼女さんに?」
「だから彼女じゃねぇよ。ユウだっての」
下の名前程度じゃ信じない様だ。幼馴染の名前を名乗る見知らぬ女子など普通信じなくて当然なのだが。むしろ簡単に信じた母の方が珍しいのだ。
「えーとどう説明すれば信じて貰えますかね?」
「そうだな……君が那谷くんだと言うなら当然だが姉であるアイさんの連絡先を知っているな?」
「当然でしょう」
「ふむ。ならば」
そう言って差し出されるのは幼馴染宅のコードレス電話。
「掛けて見たまえ。応対は私がする」
「あっはい。自宅でもいいですか?それとも姉さんの携帯に?」
「出るのならばどちらでも構わない」
じゃあと自宅に掛ける。お風呂に入ってなければいいけどと思いながらもコールを押した電話を手渡す。
3コール目程で電話が繋がりいくつかの確認を済ませてお礼を言い電話を切る。
「確認は取れた。疑ってすまなかった那谷くん」
「構いませんよ。普通信じられませんもんね。俺も阿久根が女になったって言われても疑いますし」
「いや……それでもすまなかった」
「そんな畏まる必要無いですって……今まで通り接してくださいよ」
頭を下げる阿久根父に頭を上げさせて改めて自己紹介をする。
「えーでは。改めて女になってしまった那谷ユウです。いつ戻るか分かりませんけど変わらず接する様にお願いします。あと彼女じゃねーからな和弥」
「あっはい」
「このままトモの彼女になってくれてもいいのよ。ユウくんって家事もこなせるんでしょ?良いお嫁さんになると思うわ」
「いやそれは俺が勘弁してくれ。ユウが彼女とか高橋から刺されるわ」
冗談よと笑っているが目は若干本気であった。キッパリと断る阿久根に苦笑いと同時に少しモヤっとした感情が浮かぶ。それが何なのか分からないユウであった。
「して那谷くんよ。晩御飯はどうするかね?折角だしウチで食べて行ってもいいんだぞ」
「あらあらいいわねー。とはいっても私達は既に食べ終わっているんだけどね」
「いえお暇させて頂きます。姉さんが作って待っててくれているので。お気遣いありがとうございます」
「そうか。じゃあ朋也送って行ってあげなさい。いくら那谷くんでも今は女性だ。夜1人歩かせるわけにもいかんからな」
「あいよ。じゃあ部屋に戻って荷物取ってこい」
言われるままに部屋に戻り少ない荷物を持ち玄関に待たせた阿久根と共に夜道を歩く。
「悪かったな。途中で寝ちまって」
「別に構わないが。にして……くくく」
「なんだよ」
「いやお前の寝顔を姉貴に送ったらよ」
「んな!?寝顔とか撮ってたのか!?……いや寝てた俺が全面的に悪いわ」
寝顔を取られる事自体は別に問題ではない。むしろ何で寝たのか理由を聞かない温情に感謝しなければいけない。そう思いつつも何故か顔を赤くしてしまうユウ。
「まーまーそれでな返事がよ」
「どれどれ」
阿久根が携帯を目線に合わせて下げる。そこには寝ちゃったかーという言葉と10分後に1枚の画像。その後に髪は解いててという指示。
「なんで猫耳加工されてんの?姉さん暇なの?」
「いやー猫ってのが今のユウっぽいなと思ってな。落ち着かない借りて来た猫っていうの?そんな感じ」
「落ち着かないのは否定しないが猫耳付ける意味が分からん……俺なんかにつけても似合わんだろ」
「そうか?」
「そうだろ」
ユウはどこまでも自分が男であると思い女性としての自己評価が低いのである。そう認識した阿久根は茶化す事なく流してゲームの話題に切り替えながらも家まで送り届けて別れる。
「じゃあな」
「あぁ。今日はありがとな。また明日学校で」
別れ際の笑顔がとても眩しかったと心の内にしまう阿久根であった。
ものすごく今更ながら幼馴染の阿久根に名前が付きました。1話にも加えてあります。




