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ドラゴンキラーはおよびでない  作者: 坪倉凛
1章 竜殺しは修行中
8/23

7 ズタボロになるまで止めません

 大星窟を出て三日後、俺は大断絶へとたどり着いた。


 大荒野は……なんていうか拍子抜けだった。

 魔物も大して強くなく、荒野に適応した大サソリとか擬態した草花系の魔物だとかが多い。サーラから弱点も聞いていたし、そんな苦労せずに倒すことができた。


 大断絶は、その昔、創竜神と邪竜神ーーまあサーラのことなんだが、その二柱の戦いの余波で生まれた土地らしい。大陸の一部が削り取られて生まれた土地だ。対岸が見えないところがほとんどで、吹き上げる風で飛んで渡るのも難しい。


 そのせいで、マトモな方法で通れるルートが3箇所しかない。そのうち、この神国ルートは「竜の谷」と呼ばれている。

 目の前には大きな谷があるが、他の場所とは異なり、対岸が見える程度の長さだ。風も強くはなく、底も見える程度の深さで、頑張れば降りれるかもしれない。

 そして何より、空から谷底まで、多くの竜が飛び回っていた。

 ……壮観ってやつだな。色んな竜が入り乱れて飛んでいる。こんな光景を見られるだけでも、異世界転移して来れてよかったかもしれない。


 しばらく見上げてると、一匹の竜が空から降りてきた。そして、俺の目のまでくると、そこでホバリングをし始めた。深緑の体が美しい、立派な風格のある竜だ。

 ……風竜か。

 風竜は、竜種にしては小柄である。

 とはいっても、成体で3メートルにはなる。大きな翼膜に、長めの首。ワイバーンと似ているが、脚が逞しいところと、体色が緑なところが違う。何より、亜竜と真なる竜とでは、その風格が異なる。断然、格好良い。とても良い。

 ーーと、そんなことを考えてると、


「私は風竜王ヴェントゥスの仔ゲイルである。貴公は何用でこの地に足を踏み入れるのか」


 少し中性的な声質。とても美しく凛々しい声だった。

 自然と、俺の背筋も正された。


「私はカナタ=ヤナギと申します。闘竜神サーラの下で修行を積んでいました。世界を旅するため、竜の谷を通らせていただきたいと思っています」

「ほう」


 フードをとって挨拶した俺を、ゲイルさんは目を細めて見つめてくる。


「サーラ様のところから来たのならわかっているだろう。ここを通るための方法を」

「ええ、知っています」


 竜の谷を通るための方法。それは、谷に住まう強い竜に、その強さを認められること。

 背に吊るした剣を手に取り構える。


「いつでも構いません」

「では行くぞーー!」


 同時、ゲイルさんの咆哮が木霊し、ビリビリと空気が震える。

 魔力を上乗せし、その声自体が武器となっている。威圧する力も増しているように感じる。


「でも、この程度なら効かない」


 俺が浴びてきたサーラの咆哮は、こんなもんじゃない。

 咆哮が効いていないことを悟ったゲイルさんは口を開き、風の魔力を纏ったブレスを吹いた。

 大剣を振り上げ、ブレスのタイミングに合わせて振り下ろす。ブレスは掻き消え、微風程度に弱まる。

 それも効かないとなると、ゲイルさんは真っ直ぐに俺へと飛びかかってきた。口を開き、咬み殺そうと向かってくる。


「見切ってるよ……!」


 切り上げの剣圧で、ゲイルさんの動きを阻害し宙に留め、魔力を込めた蹴りを腹に入れた。


「うぐっ!!」


 といううめき声を上げ、ゲイルさんの動きが止まる。

 その隙に、大剣を腹に叩き込む。

 一瞬、魔力防護に止められるが、すぐにそれを突き破り、腹へ攻撃が届く。硬質な表皮を破り、肉を斬り裂く。


「ぐおおおおお!!」


 魔力を乗せた悲鳴が響く。一瞬硬直するが、すぐさま後ろへ飛び退き、噛みつきを避ける。

 俺の一撃は、内蔵までは届かなかった。

 たがしかし、傷口からは赤い血が滴り落ちる。軽傷ではないように見える……が。


「ちっ、やっぱりダメか」


 煙を上げながら傷口が塞がって行く。

 竜と亜竜は、どちらも魔力を持つ。この二種の大きな違いは、竜が必ず持つ魔力防護と高速自動修復にある。

 前者は竜を包み込む護りの壁であり、後者は傷つくと同時に発生する疑似治癒魔術だ。この二つのおかげで、竜は凡百の亜竜とは隔絶した強さを持つ。

 そんなわけで、先ほどの攻撃もゲイルさんに効いた様子は無い。


「なかなか鋭い一撃だった。だがしかし、その程度では、私には届かないぞ!」


 吼えるゲイルさんを睨みつけながらも、俺は挑戦的な笑顔を作る。


「望むところです!」


 竜相手にもちゃんと戦えている。修行の成果が、間違いなく出ている。自分の努力が報われていることを実感するのは、毎度のことながら楽しいな!

 ゲイルさんは、空中を縦横無尽に高速移動しながら、俺を攪乱し始めた。


「……速い」


 ワイバーンよりも、ずっと速い――何とか視認できるし、気配も読める。だが、どうにも規則性の無い動きで、俺の速さじゃ捉えようが無い。

 今の俺が竜を倒すには、自動修復する暇を与えない程の波状攻撃を仕掛けるか、自動修復の必要がない程の重傷を負わせるか。


 今回は、相手に認めさせるための戦闘。ならばーーこれならどうだ!

 火弾をできる限り創成。数百個の火弾を、全方位に一斉掃射。

 しかしこの火弾では、ゲイルさんの魔力防護を破ることができない。ほんの少しだけ、動きを止めるくらい。

 だが、それで十分!


 俺の持てる最高速の火弾を、できる限り高威力にして放つ。火弾はゲイルさんが逃げる間も無く一瞬で魔力防護に届き、貫き、そして爆破した。


「うぐ……!」

「まだまだいくぜ!」


 先ほどと同じ威力で、しかし数は増やして絶え間なく撃ち出す。マシンガンのように撃ち続け、相手に身動きを取らせない。


「ぐおおおおおおお!!」


 ゲイルさんが吼える。どうやら、連続で着弾する火弾に対して、恒常的に展開している魔力防護とは別に、防御魔術を行使しているようだ。

 そんなもん焼け石に水だ!


「まだまだぁ!!」


 ――ひたすら撃ちまくり、どれくらい経ったか。

 魔力をほぼ使い切り、弾幕が張れなくなった後、爆煙の向こう側でぼろぼろになっているゲイルさんを視認した。ふらふらとホバリングするのが精一杯の様子。翼膜は大きく傷ついた箇所がいくつもみられ、体表もボロボロ。右目は潰れて血が流れ、爆発による衝撃で体の至る所から血が流れ出ていた。


「……カナタとかいったか。おぬし、一体何者だ?」


 ぼろぼろの状態のゲイルさんが、俺に問うてきた。

 ……どういう意味だ?


「……闘竜神の弟子ですが?」

「いや、儂は本当に人間なのかどうか聞きたかっただけなのだが……」


 勇者になり損ねた男は、確かにただの人間ではないか。


「ま、まあ良いわ。多少油断が無かったとは言わんが、まさかこうも一方的にやられるとは思わなかったのでな」

「あー」


 まだ本気出してないでしょ?とは、さすがに突っ込まない。魔力的には、もっと強いはず。俺の『竜殺し』込みで、ほぼ同格ではないかと思う。


「まあ、特殊なスキル持ってますので」

「特殊なスキル?」


 勿体つける必要もないし、俺の強さの源である『竜殺し』について説明した。


「ううむ、そのようなことが……すまないが、私の一存では、どうにもできない。他の方に確認しても良いか?」

「はい、構いません」

「では、すまないがここでしばらく待ってくれ」


 と、会話中に少し治った体をゆっくりと動かし、谷底へと消えて行く。

 ……つーかなんであれだけズタボロにしたのに、治り始めてるんだろうか。あの弾幕でも無理となると、何とか隙をついて大剣で重傷を負わせるしかない。

 他の竜達は、俺を遠巻きにみている。俺たちの戦いをみていて手出しできないと思った……というよりは、ゲイルさんの確認待ちって感じか?

 大剣を地に差し、その場に胡座をかいて座る。どうせ魔力切れでマトモに身体強化もできないのだから、待つしか無い。


 しかし、ここはホントに竜が多い。これだけの竜に囲まれていれば、確かに人は通らないだろう。

 この世界の人々にとって、竜は特別な存在だ。実際、この世界の神は竜なのだから、それも当然だろう。亜竜はともかく、純粋な竜種は敬意や崇拝の対象になっている……サーラみたいな例外を除いて。


 そんなことを考えていると、谷底から尋常じゃない気配をした何かが上がってくるのを感じる。

 これは……もしかして、サーラやルナさんと同格か?

 その後すぐ、ゲイルさんが戻ってきた。

 ゲイルさんが伴ってきたのは、日本や中国の伝説に出てきそうな、蛇みたいに体の長い竜だった。全身の鱗が青色に輝く美しい体躯に、小さな腕。翼は無く、魔力で泳ぐように空を飛ぶ。今も体を揺らめかせて宙に浮いていた。立派な角と長い髭がカッコいい。


「待たせて済まない。この大陸を統治する水竜神のシュイ様だ」


 ミストラル大陸を統治する竜神。話には聞いていたが、竜の谷にいたとは。

 ……サーラめ。わざと教えなかったな。


「ようこそ、カナタさん。ルナから話は聞いているよ」

「お初にお目にかかります水竜神様」

「固くならなくて良いよ。サーラやルナと同じように接して欲しい」

「……わかりました、シュイさん」

「そんなところかな」


 そう言うと、シュイさんは俺の目の前でとぐろを巻いて座る。ゲイルさんは、その隣に降り立つ。

 

「結論から言うと、君がここを通ることは全く問題ない」

「……あ、そうなんですか?」


 ちょっと拍子抜けした。『竜殺し』のスキルがあるから勝てただけで、実力は認められていないのとばかり思っていた。


「スキルも実力のうちだからね。その点は問題ないよ」

「その点、ということは、何か他に問題があるのですか?」

「うーん、そうだね……。言いづらいことなんだけど、君のそのスキル、竜にとっては脅威なのはわかるよね?」


 頷く。

 竜に対して異常なまでに強くなり、さらに竜と戦うほど強くなるのだ。竜にしてみれば、恐ろしいスキルだろう。

 サーラが「竜の谷が良いぞ」と言われなければ、まず通るつもりはなかったくらいだ。


「サーラの庇護下にあった君に危害を加えるつもりはない。ただ、君が竜に対して過剰な危害を加えないか、監視をつけさせて欲しくてね」

「監視、ですか」

「ああ。こちらから竜を一匹、連れて行って欲しい」


 竜の数え方は基本「匹」だが、竜神に限り「柱」となる。まあ、神様だしその辺は当然だ。

 けど、監視かー。俺、人間の街を行くつもりなんだけど、さすがに竜は連れて歩けないだろう……。


「俺、人間の街に行くつもりなんですが」

「気にしなくても大丈夫。ちゃんと人間になれる仔にお願いするから」

「ああ、それなら構いませんよ」

「ああ、良かったー! 断られたらどうしようかと思ったよ」


 途端にシュイさんの口調が明るくなる。


「それでは、ゲイルに同行してもらおうと思うんだけど、良いかな?」

「……ゲイルさんは、よろしいのですが?」


 自分をボコった相手なんかと一緒に旅するのは嫌だろう。

 と思ったのだが、


「もちろん。これは私自身の希望でもある。是非とも同行したい」

「……そういうことなら構いませんけど。どうして同行を希望したのですか?」

「なに。折角修行でこの地を訪れたというのに、ここ数年はちょっと伸び悩んでいてな。良い機会だし、旅に出るのも悪くないと思ったまでのこと」


 そういう事情なら、俺の存在は渡りに船といったところか。


「それじゃ、よろしくお願いします」

「よろしく頼む、カナタ……ああ、私に敬語は要らないぞ。これから共に旅するのだからな、堅苦しいのは無しで行こう」

「ああ、分かった。よろしくな、ゲイル」


 そう言い終わるや否や、ゲイルの体が白く輝き始めた。

 サーラのときと同じだ。人間の形態へ変化するのだろう。

 そして光が消えて――濃緑色の長い髪の、美女が現れた。


「………………ああ、そういうこと」

「ん? 何か言ったか?」

「いや何でも無いよ」


 まさか男だと思っていたとは言えない。


 ゲイルは、かなりの美人だった。黒に近い濃緑色の長い髪に中性的な顔立ち。声も低めだが、背は高くてスタイルも良い。ちょっとつり目なところが、個人的には結構好みだったりする。まあ、今はあんまり関係ないか。

 視線をずらすと、くくっ、とシュイさんが笑いをかみ殺しているのが見えた。

 ああ、気付いてんな、これ。

 大体、竜の性別なんか分かるかよ。声が低めで物腰が何となく固かったから、男だろうと思っただけだよ。

 はぁ、と思わず溜め息が漏れた。


「……とりあえず、同行に関しては問題ないよ。歩いて行くってことでいいか?」


 ゲイルは飛べる。

 だが、町に近づけば目立ち過ぎる。それに、俺はこの世界をゆっくり見てみたい。


「ああ、問題ない。別にカナタを乗せて飛んで行っても構わないが、歩きたいのなら、それも構わない」

「じゃ、歩こう。もっと色々と見てみたいしな……とりあえず、この谷からだな」

「そうだな……とりあえずここだけは、私が乗せよう」


 竜の谷は、竜に認められねば通れない。

 その理由は――谷を渡るには、竜の背に乗せてもらわねばならないからだ。

 そういうわけで、竜体に戻ったゲイルの背中に乗せてもらって、谷を超えたのだった。

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