6 巣立ち
あれから一年が過ぎた。
この一年間、俺はサーラと共に修行に明け暮れていた。
あのサラマンダー掃討から、サーラは俺を洞窟の色んな場所へと連れて行き、戦闘訓練を行わせてくれた。
特に、地水火風の四属性の亜竜を中心に戦い、属性への適性を高めようとしてくれた。
……結局、火属性以外はほとんど使えなかったが。
魔属性の亜竜も、倒しても変化は無かった。聖属性は、そもそも亜竜自体がここにはいなかった。月と太陽も同様だ。
また、レッサードラゴンやドレイクなどといった属性を持たない亜竜退治も行い、最終的には亜竜の中でも強者の代表格である飛竜ーーワイバーンの討伐も行えるようになった。
なので今後は、ここ以外で竜種と戦うことが目標になるかな。
後は、洞窟探索を行うようになった。
魔力を辿って目的のセクションへ移動するなど、魔力探知の訓練。
自然発生したトラップへの対処法。
予想外の場所から襲ってくる強力な魔物との戦闘。
……などを経て、俺はこの洞窟で自由自在に動き回れるようになった。
それから、魔術に関しては、火魔術に限ってだが、かなり上達した。
距離なら数百メートルは飛ばせる。火のサイズはまだまだだが、同時に何発も放てるようになったのは大きい。
特に、親指大の火球――俺は火弾と呼んでいるが、それの扱いが得意になった。何百発も同時に放てるし、一発ならそれこそ狙撃のように使える。着弾すれば、岩塊を爆破させられる程度の威力はある。
そのおかげで、洞窟の魔物の大半を討伐出来るようになった。物理攻撃が効きにくい魔物には魔術を、それ以外には大剣で倒せた。
……ただまあ、サーラには未だに勝てないけどな。やっぱり竜神は格が違う。
ただ、そのおかげで世界を見て回ろうという気になれた。サーラからも「これでそうそう、死ぬことは無いわ」と、太鼓判を押してくれた。
そんなわけで、巣立ちの時がやってきた。
「カナタ、大丈夫か? 忘れ物は無いかの? ちゃんと装備は整えてあるかの?」
「問題ないよ」
「時々は連絡するんじゃよ? 困ったことがあればいつでも相談しにきていいからの?」
「わかったって。あんたは俺のお母さんか」
「気持ちはそんなもんじゃ」
と、胸を張るロリ(中身おかん)。
……ま、サーラは師匠だが、この異世界での育ての親みたいなものだし、間違っちゃいないか。
俺はサーラから餞別で貰った荷物袋を肩に掛ける。高級品のマジックアイテムらしく、中には見た目の十数倍もの荷物が入る。
身につけているのは、駆除したワイバーンや、ドレイクという亜竜の皮などを組み合わせ、サーラが加工して作った鎧だ。
あんた鎧まで作れるんだなと呆れたら「儂は大したもんは作れん。魔術付与も強いものではないしな」とのたまった。仮にも闘竜神が作る武具が「大したことない」なんてわけがない。
悪目立ちはしたくなかったので、その上から偽装魔術の掛かったフード付きのマントを羽織っている。
もしものための保険だ。
「じゃあ、とりあえず行ってくる」
「いつでも戻ってきて構わんからな?」
「ちゃんと独り立ちできたらな」
じゃあな、と手を振りながら俺はサーラの下を去った。
俺は彼女の姿が見えなくなるまでずっと、手を振っていた。
サーラも、同じく手を振ってくれた。
ほとんど庭と化した大星窟を鼻歌まじりで駆け抜ける。
歩いてたら魔物やら何やらに絡まれて面倒だからだ。まだ勝てない魔物もいるし。逃げ方は教わったので大丈夫だが。
走りながら、俺は今後の計画を反芻する。
まず第一に、勇者に会わないこと。特に、一緒に喚び出された勇者には会いたくない。そのためにも、早くミストラル大陸から脱出したい。
サーラの親友の月竜神ーールナさんの情報によると、俺が召喚された時に、一緒に喚ばれた勇者は、このミストラル大陸南部にあるシンシア神国にいるらしい。
ミストラル大陸の二大国家――シンシア神国、そして大陸北部にあるアザル帝国は、魔王軍に対抗する旗頭だ。当然この二カ国は、かなり強固な同盟関係にある。
故に、その勇者は、この二カ国を拠点として、活動をするだろう。
……なんかもう、嫌な予感が満載。そんなところで悠長にしていたら、変なフラグを立ててしまって、否応無しに魔王討伐に参戦させられそうだ。
折角避けることができた勇者の役目なんだから、このまま逃げたいところ。
第二に、旅をする場所だ。
肥沃な大地を持つアインヘルツ大陸、砂漠に覆われたダーナ大陸、そして大霊山が存在するコルトナ大陸には足を運ぶつもりだ。竜神島にも、できれば行きたい。
逆に、ここミストラル大陸と、魔大陸にはあまり行く気がない。何に巻き込まれるか分かったもんじゃないからな。
それから……サーラやルナさんから話を聞いて、会ってみたい人が数人いる。
その人達を探しながら各地を巡ろうかと思っている。
「……っと。こいつはまたデカいな」
セクション間の緩衝地帯に差し掛かった時、目の前に巨体が現れ、立ち止まった。
目の前にいる鋼色のトカゲも亜竜の一種ーードレイク。
四本足で羽も無く、首は短い。ただその巨体による突進は脅威で、下手な鎧など簡単に押し潰す程の威力を持つ。そして何より、その表皮の硬さは並の物理攻撃などものともしない。
俺の敵ではないが。
「グガァーーーーーーー!!!!」
俺に気付いたドレイクは、野太く響く声で咆哮する。威嚇のつもりか?
相手を選べよな。
背中に背負った大剣を構え、大剣に火属性を付与する。熱を帯び始めたことを確認し、相手の攻撃が来る前に間合いを詰めて――斬!
振り下ろした大剣は、ドレイクの体躯を真っ二つに切り裂いた。
「ま、準備運動には丁度良かったかな」
付与した魔術の影響で、切り口は焼けて血は出ない。
あまりかさばらない爪と牙だけ採取し、火魔術で燃やして先へ進む。皮は高価だが剥ぎ取りが面倒だし、処理にも時間かかる。一応やり方は習ったが。
ちなみに採取の時にはナイフを利用したのだが、これは『闘竜神の爪』という銘だ。もう、読んで字のごとくだ。
そしてまたしばらく走り続ける。月のセクションを出て、火のセクション、聖のセクション、風のセクションと渡り歩き――
「外か」
ワイバーンを狩るときに、何度か山頂から見下ろしていたが、本当にこの辺って見渡す限りの荒野だな。まばらに背の低い草木が生え、岩塊が転がる以外、何も無い。
さて、まずはシンシア神国を目指そう。
ここ大星窟は、北のアザル帝国と南のシンシア神国の国境沿い、その東端にある。言ってみれば、大陸中央部の東端だな。
『大断絶』と呼ばれる谷を超え、この『大荒野』を抜けて、ようやく『大星窟』へと至る。
大星窟に人が来ないのは、この道のりが大変なせいだろうーーと、サーラからこの辺の土地のことを聞いて考えていた。
まあ、それはいい。
とりあえず俺は、この荒野を抜けて『大断絶』に行かねばならない。
大断絶を抜けるルートは、全部で三つ。
帝国ルート
神国ルート
国境ルート
この三つだ。
その中で俺は、神国ルートを通る予定にしている。
今は太陽が天頂に来る手前くらい。神国ルートなら、この太陽の方角――南に行けばいい。
そう考えた俺は、周囲に気を付けながら、歩き始めた。
ちなみに神国ルートを選んだ理由は簡単だ。
俺にとっては一番楽で、他の人にとっては一番大変なルート――つまりは、竜の群生地を通るからだ。