5 無職改め闘竜神の弟子
本日2回目の投稿
最初、何が起こったか分からず、力が抜けて地面に倒れ込んだのに気付くまで、しばらく時間がかかった。
思ったより疲れていたのか……いや、これは違う! 体が思うように動かない……痺れている……!?
そう自覚した後、妙な音が聞こえてきた。
木の枝を折ったときのような、バキバキと何かを砕くような音だ。
何だろうかと痺れる体を無理矢理動かし、周りを見渡すと――サラマンダーが逃げた穴の近くに、先ほどまでは無かった大きな花が咲いていた。赤一色の花弁をもつつ巨大ラフレシアといった具合で、何十本も生えた緑色の触手を器用に使い移動をしていた。その触手で、死体を掴み、花弁の中央に出来た口のようなところに放り込んでいた。
ゴキュ! ガキュ! ゴシュ!
嫌な音を立てて、咀嚼をしていた。
……サラマンダーしかいないんじゃないのかよ!?
どう見てもアレは魔物。少なくとも竜には見えない。だとすれば、俺の「竜殺し」は発動しない。
この大星窟は、魔大陸に近い場所にあるため、あの魔物は強いはずだ。
逃げなければ、喰われてしまう。動けない俺など、ただの餌だ。今はまだサラマンダーの死骸に気を取られているようだし。
しかし痺れて動けない。あいつが気付いてしまう前にどうにかしないと……!
……と、魔物がこっちに口を向けた。
――標的にされた!
奴は俺の方へ、触手を使ってゆっくりと移動し始めた。足が遅いのはありがたいが、そんなこと言ってられる状況じゃない。
……上手いこと時間を稼げば、サーラがこちらへ来てくれるかもしれない。
薄い願望だったが、他に良い方策が思いつかない。
俺は花の魔物を凝視し、狙いを定める。
……奴は花だ。俺のショボい火魔術でも、時間稼ぎくらいはできるはずだ。
奴自体の動きは鈍いが、触手の動きは速い。ならば射出速度を上げた一撃でどうにかするしかない。
射程ギリギリまで引き付けて、魔術を撃ち出す。これしかない。
生きる為、魔術の構成を開始した。
……ヤバいなこれ。怖い。
逃げることもできず、自分を食おうとする魔物を待ち構える。先ほどまでの虐殺とはまるで違う。これが戦い。
…………………………どうしてだろう。夢破れた上、何より大事だと思っていた恋人を――彩夏を奪われて、生きる目的が無くなったはずなのに。死んだって何も問題ないはずなのに。
まだ、死にたくないな。
じりじりと近づいてきた魔物が、俺の射程に入った。
――いけ!
俺が生み出した拳大の炎は真っすぐ魔物へ突き刺さり、爆発した。
「ギャーーーーーーー!!!」
魔物が耳に響く甲高い悲鳴を上げる。火球の当たった花弁は弾け飛び、触手まで延焼していた。
……前より、かなり威力が上がってるな。
いや、考えるより前に倒さなきゃ――相手が怯んでいる間に、更に火球を生み出し、撃つ。撃つ。撃つ!
「何事じゃ!」
サーラがあわてて広場に入ってきたときには、何発も何発も火球を打ち込んで原形を留めていない魔物がいた。それを見たサーラが眉をひそめる。
「あ、ひゃーら」
舌が回らねえ。
俺に気付いたサーラは、近くまで来て、手をかざした。
……聖魔術か。
サーラは得手不得手はあるが、全属性を扱える。術者が限定されるはずの聖魔陽月含めてだ。そんな彼女の聖魔術は、俺の体の痺れを消し去ってくれた。
「……申し訳ない。まさかデスプラントが紛れておるとは思わなんだ」
「それ、あいつの名前か?」
頭を下げて謝罪するサーラに対し、起き上がった俺は、魔物の残骸を指差して確認する。
サーラは頷いた。
「本来ならば土のセクションに生息しているはずなんじゃがな。餌を求めて彷徨っていたようじゃ。大星窟の中では弱い魔物とはいえ、本当にすまなかった」
「いや、もうそれはいいよ。何とかなったし。むしろ、何とかなった理由の方が気になるし」
どうしてあんなに火魔術が強くなったのか。
サラマンダーを倒したから?
それにしては威力が上がり過ぎな気がする。
……もしかして。
「サーラ。この竜殺し、属性竜を倒したら、その属性に関する能力も向上するのか?」
「うーむ、証明しようは無いが、おそらくはそうじゃろな? 心当たりはあるか?」
「なんて言うか……竜を殺したとき、そのエネルギーみたいなのが体内に入ってきたんだけど、それが火のイメージだった」
こんな抽象的な説明で伝わるかな、と思ったが、サーラは「なるほど」と首肯してくれた。
「まあ、良い。次からは、もっと注意して場所を選ぶことにしよう……では、このサラマンダーを片付けて帰ろうかの。もうカナタも実用レベルで火魔術が使えるようじゃし、鍛錬も兼ねて処理よろしく――ああ、サラマンダーの肉はいらんぞ。喰うにしても下処理が面倒じゃ」
そういうと、サーラは広場の入り口の前で仁王立ちになった。その間、俺はサラマンダーの死骸を強くなった火魔術で消し炭にしていた。
デスプラントの死体はもう消えていた。魔物の死体は、処理をすれば素材を手に入れられるが、放置すればすぐに消えてしまう。
ただし、竜は魔物ではないので、普通の動物と同じように死体が残る。それは亜竜も同じだ。
というわけで、穴の掘れない洞窟では、こうやって一つ一つ燃やして処理するのであった。
……途中でガス欠になってサーラに手伝って貰ったが。威力の調節もできるようにならないとなぁ。
俺が生活している月のセクションの広場に戻り、小屋に入ると、サーラと体面で座った。
「さて、今後のことを話す前に、カナタよ。ちょっとステータスを確認してみてくれんか?」
「ああ、わかった」
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◯名前
柳 彼方
◯性別
男
◯年齢
24歳
◯職業
闘竜神の弟子
◯スキル
・竜殺し
・質量無視
・火属性適性(中)
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・竜殺し
エクストラスキル。
竜(亜竜を含む)との戦闘中に限り、基礎能力が大幅に向上される。
戦った竜の強さと数に比例して、基礎能力が向上される。
属性竜を倒した場合、対応した属性の適性が向上する。
・質量無視
レアスキル。
身に付けた物体の重さを可変できる。
ただし、物体本来の重さ以上に重くはできない。
・火属性適性(中)
火属性魔術への適性がある。
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「……あれ? これって」
火属性適性が小から中へ変化している。
サーラに確認しようと顔を向ける。
「サーラ、火属性適性が中になっているんだけど」
サーラは笑みを浮かべて頷いた。
「カナタよ、ぬしのスキルは竜を倒すごとに変化して行くかもしれぬな」
スキルというのは基本的に生まれてから死ぬまで変化しない。
しかし、特殊な体験をして新たなスキルを手に入れたり、既存のスキルが変化することも、ごく稀にあるらしい。
「俺の場合、竜殺しのスキルによる成長により、火属性適性が向上したのか?」
「その可能性もある……じゃが、向上ではなく、復元の可能性もある」
「…………は?」
「これは儂の仮説じゃが――カナタが召喚されたときに儂が横やりを入れたせいで、本来ならば手に入れていた能力が弱体化したのやもしれぬ」
マジかよ。
「……今まででも十分凄い能力だったと思うんだが、これ以上なんてあり得るのか?」
「この間、友人が遊びにきていたの、覚えているか?」
あー、あの綺麗なお姉さんね。
「ああ、月竜神ルナだっけ?」
「そうじゃ。あやつが教えてくれたのじゃが、どうやら今回の勇者の中にユニークスキル持ちがいるそうじゃ」
スキルは、ノーマル、レア、エクストラ、ユニークの順に希少性が高く、強力なものになる。
特にユニークは固有スキルとも呼ばれ、そのほぼ全てがオリジナルスキルである。
この世界にいる勇者は、俺を除いて六人。全員がユニークスキルないしはエクストラスキルを所有しているらしい。そして、おそらくは「竜の勇者(仮)」の俺なら、もっと強いスキルを持っていてもおかしくはないらしい。
「その人、なんでそんなこと知ってんだ?」
「あやつは月竜神だけあって、月魔術が得意だからの。どこからか盗み見したんじゃろう」
と、サーラが肩をすくめた。
……が、すぐに真剣な顔に変わる。
「カナタよ。ぬしは、もっと強くなれる。ぬしの思っている以上に。じゃが、強くなる為には、今後も危険はつきまとう。今回のようなことがまた起こらないとも限らない」
「そりゃそうだろうな」
「……嫌なら、やめていいんじゃぞ?」
「えっ?」
サーラからの予想外の申し出に、俺は驚いて二の句が継げなかった。
「元々、鍛えるというのは儂が言い出したことじゃし。もう並以上の探索者と張れる程度の強さはあろう。生きて行くだけなら問題ない。最後に、近くの町くらいまでなら、連れて行ってやるし」
探索者というのは……冒険者みたいなものだ。未開の地を探索したり、魔物を狩って素材を手に入れたりする連中。
それの並程度には強い、か。
「サーラ、俺のことを真剣に考えてくれてありがとう……でも、俺はまだここで頑張るよ」
「何故じゃ? 麻痺させられ、補食されかけたんじゃぞ? それでも?」
思わず苦笑いになる。
「アレは俺の油断もあったからな。サラマンダー相手に無双してて、周りに目が行ってなかった。本当なら、もっと慎重にならないと行けないのにな」
だから、アレを理由に修行を止めることにはならない。それに――
「……俺、前の世界ではさ、身の丈に合わないものに憧れてたんだ。夢を抱いていた、って感じかな。頑張って頑張って、端っこに引っ掛かれるくらいにはなれそうだったんだ。周りも俺をそれなりに評価してたしな。でも……なんていうか、才能は無かったんだ。自分が必要と思う才能が欠けていたんだ」
努力は俺を裏切らない。努力した分だけ、俺の能力は伸びる。だが、努力したから夢を実現できるわけじゃないし、目標を達成出来る訳じゃない。
努力すれば叶うものなんて、そう多くはない。何もかもを叶えてくれる程、万能じゃない。
そしてその夢は、彩夏との将来を考える過程で、諦めた。これ以上、夢の為の努力を続けるよりも、彼女と結婚して家庭を築きたいと思ったのだ。
……結局、他の男に奪われたんだから無駄になったんだけど。
「だから、今度は俺、自分にしかない才能を伸ばしたい。やりたいことをやるんじゃなくて、自分にしかやれないことを極めたい」
強力だと思っていたスキルが、実はもっと凄いものかもしれない?
ならば、それを伸ばそう。前の世界での、自信をなくした自分は、もう要らない。
「サーラ、俺は頑張るよ」
勇者になれなかった?
全然構わない。
だって俺は、ここからやり直せるんだから。
「努力は俺を裏切らない。俺ももう、自分の努力を裏切りたくはない」
「…………カナタの想い、十全に受け取れたとは思えぬ。ただ、強い意思と信念があることは、理解した」
そして「元々根性据わっておるしな」などと嘯くサーラ。口元はにやけている。
「どうせなら、世界一を目指してやってみようかの」
「いいなそれ」
俺も口角をあげる。
俺たちはどちらともなく立ち上がり、握手を交わした。
「よろしく頼む、師匠」
「よろしく頼まれたよ、弟子」
こうして、闘竜神の弟子は、更なる激しい修行に明け暮れることとなった。
後に彼は「あの時期、死んだじーちゃんが川向こうから手招きしているのが見えたんだよな……何度も」と語っていたとか。