3 死なない程度とは
死なない程度とは何だったのか。
いや、死んではいないけどさ。
この世界にトリップしてから、ひたすらサーラにしごかれていた。
朝起きて素振り、朝食を食べてからのフリーランニング(岩場を飛んだり跳ねたりしてひたすら走り続ける)、その後の手合わせ(という名のフルボッコ)、昼食後に魔術の訓練と、そして素振り。夕食食べながらの座学で、一日が終わる。
日付感覚がもう微妙になってはいるが、数ヶ月は続けていた。
最初は、軽くだった。素振り数十回するだけで死にそうだったし、ランニングも飛んだり跳ねたりはしていない。むしろ、座学や魔術の訓練が中心だった。
だが、徐々に肉体訓練が中心となり、最近は、しごきにも似たようなことをやっている。特に手合わせはヤバい。殴られて意識飛ばし、痛みで目覚める。殴り起こされることもあったか。おかげ様で避け方や死なない為の殴られ方が上手くなった。
ただ、元の世界では考えられないくらいに身体能力は向上していると思う。飛び跳ねたときの異常な高さとか、壁走りとか、普通じゃ出来ないことも出来るようになった。異世界万歳。
……と、そんなことを思いつつ、溜め息をつきながら良く分からない肉の焼いて齧っていた。
今は夕食だ。サーラが作った岩製の小屋で、食事を摂っている。彼女は器用に土魔術で家を造り、食器類や寝台なども作ってくれた。そして食事はどこからか入手した肉や野菜(というか野草)で、火魔術や水魔術で食事を作ってくれた。そして風魔術を駆使して、掃除までしてくれていた。それだけでなく、器用に裁縫までやってくれている。今俺が着ている服も、サーラが作ってくれたものだったりする。
まさにパーフェクト家政婦である。その上、戦う力まで持っているんだから、もはや最強である。
そして彼女自身は、食事を摂らない。大丈夫なのかと聞いたら「儂は竜神じゃからな!」と、無い胸を張っていた。そして説明になっていない。だがまあ、大丈夫なら大丈夫なのだろう。
そういうわけで、俺は独りで食事をしていた。目の前にはサーラがいるが、ふんふんと鼻歌を歌いながら俺の大剣を磨いている。
普段なら座学なのだが、今日は剣の状態を見たいとサーラが言ったのだ。
ちなみに普段の座学では、主にこの世界のことを教わっている。
この世界は、五つの主要な大陸と、一つの大きな島からなる。
「アインヘルツ大陸」「ダーナ大陸」「コルトナ大陸」「ミストラル大陸」「魔大陸」
そして「竜神島」である。
四つの人族の大陸は、火水風土の竜神たちが君臨し、残る魔大陸では魔竜神が統治している。そして竜神島には、この世界を創世した創竜神がおり、この世界の調和を保っている。そしてこの創竜神こそ、この世界を創造した神様――というのが人間たちの中での定説らしい。
サーラに言わせれば「この世界を創り賜うた存在は、もっと次元の違う何かよ。我々はただの管理者として生み出されたに過ぎんわ」と、鼻で笑っていたが。
創竜神というくらいだから、実際に世界創造したわけじゃないのか、と聞いたら「この世界に生まれる綻びを修正するだけよ」と言っていた。
またサーラも使っていたが、魔術がフツーに存在する。
これにはテンションがあがった。
何せ魔術だ。男の子なら一度は憧れる剣と魔法の世界で、その魔法を使えるようになるなんて。これでテンション上がらない奴がいたら、そいつはもはや人じゃない。
魔術は四属性――火、水、風、土が基本だ。特殊な魔術として、聖属性と魔属性、そして月属性と太陽属性というものもある。聖属性は治癒魔術や浄化魔術などを指し、魔属性は魔族の使う魔術の総称。月は時間や空間に関する魔術で、太陽は味方の能力向上や大規模な攻撃魔術といった団体戦向きの魔術だ。
聖、月、太陽はスキル持ちしか使えず、特に月と太陽の持ち主は滅多にいない。
また、月魔術は嫌われている。というのも、神話に「太陽が天高く昇ったとき、神は人を創った。満月の夜に、神は魔を生み出した」とあるからだ。そのせいで、太陽は人のもので、月は魔族のものという認識があるらしい。
結果、月魔術の使い手は嫌われ、迫害の対象になっているとか。
……まあ、俺には関係ないことなので別に良いのだが。
俺には『火属性適性(小)』がある。(小)だから期待はしていないが、頑張ればそれなりになると思っていた。努力は人を裏切らないものだ。
しかし……ひじょーに残念なことに、俺には魔術適性が皆無だった。
スキルのある火属性のみ、普通の魔術師並、という程度だ。
魔術の訓練では、唯一適性のあった火属性魔術を鍛えること、そしてサーラの生み出す魔術を大剣でレジストすることが中心となっていた。サーラの牙だけあって、魔術抵抗が高いおかげだ。
しかし、魔術を鍛えるにしてもなぁ……ホント、マッチ棒みたいな炎しか出せないんだよな。「おぬしホントに才能無いな」と、サーラに呆れられるくらいだ。
魔術は、呪文を唱えりゃいいってもんじゃない。それでも使えるが、イメージから生み出すのが基本らしい。火属性魔術なら、火の大きさ、指向性の有無(打ち出すか、留めておくか、広げて行くか等)、持続性、それから特殊な火(聖火、魔火、冷たい火などなど)にするかどうか――そういった沢山の要素をイメージして生み出すものらしい。
最初はややこしい!って思ったが、慣れればパズルみたいなものだ。それ自体は問題ない。
ただ、火はマッチ棒、射程は二メートル前後、持続は十秒程度と、笑えるくらいにダメダメだ。当然、特殊な火は生み出せない。
魔力の総量は、才能にもよるが使えば使う程伸びるらしい。だが、俺のはまるで変わらない。「微増しているぞ」とサーラは言ってくれるが、実感が湧かない。
それでも毎日、やり続けている。努力は俺を裏切らない……俺の信条だ。だからこそ、ブレずにやっていけてる。
サーラとの手合わせは、『竜殺し』のスキルの有用さを実感した。
ただの訓練時よりも、格段に体のキレとか知覚能力とかが上がっているからだ。
だからって勝てる訳じゃないけど。勇者が最初の町を出て、いきなりラスボスに遭遇するようなものだ。仮に能力が十倍になったとしても、手も足も出る訳が無い。
ただ、ゲームと実戦は違う。ちまちまスライム狩りをするよりも、強い相手と組み手をして負ける方がよほど経験値は溜まる。
あと、素振りやサーラとの手合わせで、だいぶスキルの使い方にも慣れてきた。
ここまで来たら、大体分かる。次は多分――
「それでは、そろそろ実戦と行こうかの」
と、大剣のチェックをしていたサーラが告げた。
「剣も、ぬしの手にだいぶ馴染んできておるようだしの。その辺の輩で、竜殺しのスキル効果も確認せねばな」
「実戦を始めるのはともかく、剣が手に馴染んでるかなんて、剣をみて分かるものなのか? それよりなにより、お前は俺に竜を殺せというのか?」
「ぬしの剣は魔剣で、元々は儂の一部じゃったからな。剣と対話する方が色々と手っ取り早い。そしてぬしには、この洞窟で繁殖し過ぎている火蜥蜴――サラマンダーを退治して欲しいのじゃ」
待てこら。俺でも名前から想像できる奴だぞ。
サラマンダーといえばファンタジーじゃ定番の精霊だし、時々モンスターとしても現れるような有名どころだ。とてもじゃないが、弱いとは考えにくい。
「……一応聞くが、そいつって俺の実力で倒せるものなのか?」
「当然じゃろうが。火系魔術のレジストを重点的に教えたのか、わからんのか?」
…………あー。そういえば、四属性のレジストの練習の中でも、特に火属性は多かった。
単に俺の得意属性だからと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。
「ぬしの想像通りじゃ」
俺の表情から察したのか、大きく溜め息をつくサーラ。そんな呆れんでも。
竜殺しには「亜竜を含めた全ての竜との戦闘で、基礎能力が大幅向上する」というものと、どうやらもう一つ「戦った竜族の数と強さに比例して能力が上がる」というものがあるようだ。
戦った、つまりは竜との戦闘をこなせば強くなれる。
なので俺はサーラと毎日戦うことで、基礎能力が大きく向上されていた。
だけどこれ――戦うんじゃなくて、倒したらもっと貰えるんじゃないか?
そこで、ふと聞いていなかったことを思い出した。
「この場所、大星窟って名前だったよな? ここってミストラル大陸でも魔大陸寄りって話だが、魔物も強いんじゃないのか? 俺にそんな奴ら、倒せるとは思えないんだが」
魔物は魔大陸に近い程、強い。これが定説だ。
しかし、サーラは首を横に振る。
「竜と亜竜だけは別じゃ」
何でも、竜と亜竜に関しては、生息地による力の強さが関係ないらしい。「魔物と竜は、別物と考えた方が良いぞ」と言われたのは、いつだっただろうか。
「竜はむしろ、竜神や竜王のおる辺りに強い輩も集まりやすいかのう」
「なるほど……って、その理屈で行くと、ここは相当やべーんじゃねーか?」
何せ、サーラ――闘竜神がいるのだ。ふつーに考えて強いはずだ。
サーラは胸を張る。
「もちろんじゃとも! 儂の住まう場所に弱い竜などおらんわ」
「何度目かわからんがふざけんな」
「ふざけておらんわ。ぬしの今の実力なら、サラマンダーくらいは屠れるわ」
ふん、と鼻を鳴らすサーラ。
全く実感が湧かない。それに、サーラが自信満々のところ悪いが――ちょっと怖い。
生き物を殺すことに躊躇いは無い……と思う。サーラを手伝って動物の解体も行ったし、大学では動物実験もしていた。無意味に殺戮する趣味は無いが、今回のサラマンダーは増え過ぎて困っているだけだ。間引きを可哀想なんて言うほど馬鹿でもない。その時にならねば分からないが、そこまで忌避感はない。
ただ、今回は戦いだ。俺は命をかけなきゃいけない。戦闘訓練は積んだつもりだが、不安なことに変わりはない。
……悩んでも仕方ないか。やるだけやったるか。
「いつ出る?」
「明日、朝食後」
俺はしっかりと頷いた。