1 こんにちは異世界、初めましてドラゴン
何年か前に書いたのを放置プレイしていたので、再利用
目覚めると、目の前に巨大なトカゲがいた。
岩のように粗々しい赤い肌。黄金に光る瞳。大きな鼻から漏れ出る息は、それだけで家くらい吹き飛ばしそうだった。
極めつけは、一対の大きな翼。
俺の目の前にいるそれは、ゲームやアニメの中に出てくる竜そのものだった。
「いや、いくらなんでもこれはないわ……」
というか、なんで俺はこんなところにいるんだ?
確か、あの日、俺は幼馴染で婚約者だった彩夏に別れを告げられたはずだ。凄く苦しい時期だったところに、トドメのような最悪の裏切り。もうどうしていいか分からなくなっていたことは、よく覚えている。
それから、俺は山に登ったはずだ。
何もしなきゃ、そのまま腐り落ちそうだったから。気持ちを整理するため、そして今後どうしていくか考えるため、彩夏との思い出の山に登ったんだ。
でも、その途中で足を踏み外し、崖から落ちてしまって……。
その後の記憶がない。
次に気付いたら、まさかの竜。どうしろってんだ。困惑しか無いわ。
……などと考えていると、竜が長い首をもたげて、顔をこちらに向けた。
「のう。ぬしは落ち着いておるようじゃが、儂をみて何とも思わんのかの」
「……いや、すごく驚いてますよ」
喋った。いや、別に変なことじゃないか。高位な竜は人語を解する。よるあるパターンだよな……うん、よくあることだよ。だってこんな大きな竜だもの。人間の言葉くらい楽勝だよね。
などと自分を無理矢理納得させて、俺は竜の目をまっすぐに見遣った。
「すみませんが、一体ここはどこか知りませんか? 気付いたらこんな場所に飛ばされてて、もう何がなんだか……」
どうやらここは洞窟のような場所らしい。辺り一面、白濁した滑らかな岩に囲まれている。
そして目の前には、ちょっとした校舎くらいはありそうな、大きな赤茶のドラゴン。
「ここはミストラル大陸北部の大星窟の最深部。儂の寝床よ」
「……ミストラル大陸? 大星窟?」
聞き覚えの無い単語。いや、ドラゴンが出たときから思っていたけど。
もしかして――これは異世界転移?
そんな俺の困惑が伝わって来たのか、ドラゴンが目を細めて、
「ぬしは、ぬしが住んでいた世界とは異なる世界に喚び出されたのじゃよ」
「……まさか本当に、そんなことがあるとはな」
ラノベ読んだりアニメ観たりしていたので、意味は分かる。現実味はないけども。
ということは、テンプレ通りだとこのドラゴンは、神様か何かか?
「あなたが私を喚び出したのですか?」
「いや、儂は横取りしたんじゃが」
本当に成功するとはのう――などと、聞き捨てならない事を口にするドラゴン。
「……横取りってどういうことでしょうか?」
「おお、おぬしは勇者の1人として喚び出されるはずだったんじゃよ。それを儂が、横からかっさらった」
「おいこら待てや」
丁寧語はやめだ、このトカゲ。
「色々と聞きたいことはあるが……一体何故だ?」
「何故、とは?」
「なんで勇者として喚ばれる俺に横やり入れたんだ」
「そりゃ、儂は殺されるの嫌だしな」
「説明になってないわ」
ちゃんと説明しろトカゲめ、と心中で毒づく。
「うむ……簡単に言うとな、勇者はの、儂を討伐する為に喚び出されたんじゃ」
このトカゲの話によると、今回の勇者召喚は、この世界における強国の一つが行ったらしい。
この世界は創竜神を崇めており、邪竜神として魔王に付き従っていると”勘違いされている”このトカゲも、勇者たちの討伐対象になっているらしい。
その勇者たちの中で、一番脅威だと感じた俺を、勇者にさせぬべく横取りしたという話だ。
……ちなみにこの勇者召喚、この世界では色んな国で行われている儀式らしい。元の世界に不満などを抱えて「ここではない何処かへ行きたい」と思っている人間や才能あるものを呼び込むのだとか。
「つまり横やり入れた理由は、俺が勇者の中で中心人物だった。もしくは、俺があんたに有効な能力を有していた。そんなところか」
「その通りじゃ。正しいのは後者じゃが――ぬし、スキルと言って分かるか?」
「なんとなくは。元いた世界と意味が違うかもしれない。念のため教えて欲しい」
トカゲ曰く、この世界にはスキルという特殊能力があるらしい。しかも、ステータスも見られるとか。どんだけテンプレだよ。
「頭の中で、ステータスと唱えてみるとよい」
ステータス――唱えると、頭の中に文章が浮かんだ。
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◯名前
柳 彼方
◯性別
男
◯年齢
24歳
◯職業
無職
◯スキル
・竜殺し
・質量無視
・火属性適性(小)
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無職っていうところは見えない。見えないったら見えない。
「どうじゃ見えたか?」
「……一応。これ、スキルを詳しく見ることできるのか?」
「それぞれのスキルに関して、詳しく知りたいと願えば見られるぞ?」
言われた通り試してみる。
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・竜殺し
エクストラスキル。
竜(亜竜を含む)との戦闘中に限り、基礎能力が大幅に向上される。
戦った竜の強さと数に比例して、基礎能力が向上される。
・質量無視
レアスキル。
身に付けた物体の重さを可変できる。
ただし、物体本来の重さ以上に重くはできない。
・火属性適性(小)
火属性魔術の適性がある。
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「どうじゃ。『対竜属性』や『竜斬り』のスキルがあったか?」
ん? 俺のスキル把握していないのか?
「あんた、俺のスキル知ってるんじゃないのか?」
「いや、おぬしが儂の脅威になるスキルを宿していること以外はわからぬ。そこまで正確に人のスキルを把握するとなると、かなり特殊なスキル持ちじゃないと無理じゃよ」
「そんなもんなのか……俺のスキルの一つに『竜殺し』ってのががあったよ」
『竜殺し』の性能を説明すると、このトカゲが悩ましげに唸った。
「それはまた、とんでもないスキルを持っていたのだな。というかおぬし、複数スキル持っているのか?」
「それも珍しいのか?」
「あんまりおらんのう。大抵は一つか、たまに二つといったところかの」
やはり勇者は違うのう、と零した。
そんなもんか。
「一応、俺は三つ持っていたんだが。『竜殺し』『質量無視』『火属性適性(小)』」
ついでに、各々のスキルの説明もした。
「スキル三つ持ちなんぞ、そうはおらんぞ」
「さよか。ちなみに『質量無視』はレアスキル、『竜殺し』はエクストラスキルだったよ」
「エクストラもレアも持っておるとは……横やり入れて良かったわい」
ふぅー、とトカゲが溜め息のような鼻息を吹き出す。
「……ところで、横取りした俺には、一体何をさせるつもりなんだ? 勇者でも討伐させるつもりか?」
勇者がどの程度の力を持っているかは知らないが、俺の能力を加味しても相当な潜在能力を持っているのは想像がつく。できれば全力で避けたい。というかそもそも、人殺しをそんな気軽にやりたくはない。
しかしこの大トカゲの言うことは、俺の予想に反していた。
「いやー、別に好きに生きたらいいぞ? ぬしに願うことは、まあ精々、儂や儂の同胞をむやみに殺さんでくれ、ってことくらいじゃな。今は無理じゃろうが、竜殺しを持っとる限り、危険なことに変わりはないしの。残念ながら儂には元いた世界に還すことはできぬがの」
「……まあ、そんな簡単なことでいいなら構わないけど」
元の世界にあんまり未練は無い。親とかは心配するかもしれないし、一度は帰りたいけど、もう一度あの辛くて苦しい日々過ごしたくはない。それに、あの世界の人間関係に色々と絶望したし。
ただなぁ……。
「好きにしていいと言われても困るんだが。好きにするも何も、俺はこの世界のことを何も知らないし」
異世界転移モノだと、王城とかが多いため、フォローも受けやすい。魔境や秘境なんかに転移された人間の場合、運と機転でどうにかする事が多い。だけど、俺には難しいだろう。
考えるのは嫌いじゃないけど、咄嗟の判断とか得意ではないし。運は悪くないけど、それに頼るわけにはいかない。
そんな俺の心境を慮ってくれたのか、目の前のトカゲは「ふむ」と呟き、
「そうじゃな。この世界についての知識と、生きて行く為の手段くらいは身に付けられるよう手伝ってやろう」
「ありがとう。ところで、あんた名前は何て言うんだ?」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったな」
そして、告げられた。
「儂の名は、サーラ。神代より生きる竜神の一柱、闘竜神じゃ」