14 カナタの夢
「船が出ていない!?」
思わず大声を出した俺に、周囲の視線が集まった。
俺らは別の大陸へ行くために、港に訪れた。
朝の港は喧騒に包まれていた。大型の帆船や外輪船、そして珍しいところでは海竜船なんてのもある。字の通り、亜竜である海竜に運んでもらう船だ。
そんな中、俺はゲイルと共に連絡船受付に来ていた。港の統括事務所に併設されており、大きな街だからか、受付はかなりの大きさだった。
そんなところで大声をあげたものだから、周囲の注目を集めてしまっていた。
「……大声出して、すみません。しかし、どうして、船が出ないのですか?」
「そう言われてもね。勇者様のお披露目があるのに出て行こうなんて奇特な方はいないからね」
受付の中年の男が、苦笑いになっていた。
「一隻も出ないんですか?」
「ああ」
「アインヘルツ大陸だけじゃなくて、コルトナ大陸にも、ダーナ大陸にも?」
「しつこいな。出るのは勇者様方のお披露目の後だけだ」
半ば呆れ顔でそう言われると、どうしようもないのだろうと分かる。
「……また後日、お願いしにきます」
「すまねえな」
とぼとぼ、俺は港を後にした。
……先に確認すべきだった。大失敗だ。
「というわけなんですよ」
「はあ、それは残念でしたね」
探索者ギルドに戻った俺たちは、シェリアさんに愚痴った。
困り顔ののシェリアさん。まあ、そんなこと言われてもどうしようもないしな。
はあ、マジでどうしようかな。
「船以外で別大陸に行く方法とかないですかねー」
「アインヘルツ大陸とダーナ大陸は橋で渡る方法とかありますけど、ミストラル大陸は離れてますからねー」
「ですよねー」
良い方法、なーんにも思いつかねえやー。
「竜と契約して、飛んで渡る方法もあるぞ?」
隣にいたゲイルがそんなことを言い出した。
……いや、善意からの申し出なのは知ってる。前にも言ってくれたし。でもそれやると、目立つどころじゃねえよ。
「さすがに難しいと思いますよ?」
それにはシェリアさんも同じ意見みたいだ。
「もし乗せてもらえたとしても、海を渡るほどの竜となると、それなりの階位の竜じゃないと厳しいでしょう。伝説の竜騎士であるまいし」
「竜騎士、ですか」
「ええ。竜の痣を持つ男が土竜神の信託に従って、山で将来土竜王となる竜と契約を交わし、竜騎士になったという伝説です。アインヘルツ王国の建国記にも出てくる、というかアインヘルツ王国を建国したと謳われている人物です」
「へえ」
「アインヘルツ王国自体が世界最古の王国なので、どこまで事実かは分かりませんけれど。かなり有名な話なので、よっぽどの田舎でなければ知っている話――あ、すみません」
「いえ、気にしないで下さい」
知らなかった俺への悪口になると思ったのだろう、慌ててシェリアさんが頭を下げてきたので、笑って流す。
しかし……そうか。やっぱり竜の背中に乗るのって難しいんだな。
「第一、ゲイルさん。純粋な竜種に出会う事すら難しいのに、更にその竜に実力を認めさせて絆を結ぶなんて、最低でもA級の探索者でないと無理ですよ」
「むう、そんなものか……しかしシェリア。貴女ならできるんじゃないのか?」
「さすがに無理ですよ、私なんかじゃ」
「…………」
笑って否定するシェリアさんに、鋭い視線を向けるゲイルだったが、溜息をついて目を閉じた。
「……まあ、どう足掻いても船が出るまで待つしか無いな」
諦めて引きこもるかな……。
「あ、勇者様たちのお披露目式を見学する気がないのでしたら、こんな依頼はどうです?」
と、俺が引き蘢りを決心しようとしたとき、シェリアさんがある依頼書を出してきた。
それには、こう書いてあった。
・依頼内容:リノア山の探索
・依頼条件:Dランク以上
「……これは」
「探索用の依頼書です。この間までワイバーンが住み着いていたのでBランク以上だったのですが、以前はDランクに昇格したばかりの方にオススメしていました。そのワイバーンも討伐されたので、条件が緩和されました」
「へえ。普通の依頼書とだいぶ違うんですね」
「探索というのは、依頼主がいるものではありませんからね。守れば良い条件も、約束された報酬もありません」
「それでも、これをオススメする理由は?」
「これが探索者の最も大切な依頼であり、また普通の依頼以上に儲かる可能性があるからです。そして、何より」
「何より?」
にこり、と笑うシェリアさん。
唇が動く。
「未だかつて誰も見た事の無いものを発見する。これに勝る喜びはない――と、上位の探索者の誰もが言いますね」
「……………………」
「あれ、カナタさん?」
ああ――そうか。なんで気付かなかったか。
俺がどうして探索者になりたかったのか。
世界で初めてを見つける喜び。
あの日、大学の研究室で、先生が語ってくれた「研究者としての喜び」だ。
俺が求め、そして才能が無いと諦め、なおかつ元カノとの将来を考えて捨てた道。
今ここにあるのは、それとはまた違う道だ。それは分かってる。
でも――俺が求めている根本は同じだ。
無意識のうちに求めていたのだ。世界を探索し、誰も知らない初めてを見つける事を。
「わかりました。その依頼、受けさせて頂きます」
笑いながら、俺はその依頼を受けた。
多分、シェリアさんには初めて見せた――いや、この世界に来て初めての、心からの笑顔だった。